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Peace Waveの平和な日々~行く雲、流れる水のように~

気が向いたら、ボチボチ更新しようかと・・。(笑)

霜月

2010年11月01日 | 最近、思うコト

11月はいよいよ寒くなり、霜が降る月なので「霜月」という。

実際、広島でも山の方ではもう雪が降ったそうだ。

ここ最近、また急激に寒くなった。

 

今年の夏は猛暑で、いつまでこの暑さが続くのか?・・と、思ったものだが、いらぬ心配であった。

しかし、あーゆー猛暑だと作物に影響が出る。

野菜が高くなる・・。

食うものがなくなって山を降りてきたクマによる被害が全国で続出、今年もニュースで騒がれた。

確か、前にこんな猛暑だった夏のあともよくクマが出た。

 

で、季節外れの台風・・。

もう10月も終わろうって時だ。

いよいよ、地球もおかしなコトになってきたか・・?

 

なんにしろ、今年もあと2ヶ月。

 

いやー、時ばかりが過ぎて行くのぉ・・。

 


魅惑の石焼きイモ

2010年10月25日 | 最近、思うコト

この時期のサツマイモには、女性ならずとも惹きつけられる魅力がある。

となりのスーパーで石焼きイモが売られていて、思わず、うまそうなにおいにつられて買ってしまった。

 

黄金色のホクホクとあたたかく、甘みあるサツマイモは、それだけで”秋”を感じさせてくれる。 

栄養も豊富で、玄米とサラダをいっしょに食べるような栄養価がある。


玄米に匹敵するビタミンB1B2ナイアシンビタミンEを含み、疲労回復老化防止美肌にも効果があり、βカロチンはニンジン並みビタミンCはリンゴの10倍!

加熱してもビタミンは分解されないし、食物繊維いも類の中で最も多く含まれ、カリウムも豊富で高血圧にもよい



マロンやスイートポテト味のチョコやデザートもよく出回る時期である。

こんなものも売られていて、試しに買ったら・・



おっと!星型のピノが入っていた!

こいつはレアだね。

 

なんだか、いいコトありそーだ・・。


出雲へ

2010年09月24日 | 最近、思うコト

昨日は秋分の日で、店の定休日でもあったので、奥さんも休みをとって、自分が前々から行ってみたいと思っていた出雲へ。

もちろん、お目当ては出雲大社 

 

途中、海岸沿いの国道9号線から巨大な風力発電のプロペラが何ヶ所か見え、それだけでも、かなりテンションがあがってしまった。

出雲直前の道の駅、キララ多伎で、ちょっと休憩。

 

昨日は夜中から激しく雨が降っていたが、ありがたいコトに日中はそれほどでもなく、午後には、ほぼやんでた。

 

雲太のまち大社」と書いてある町の入り口。

出雲大社があるのは、島根県”出雲市大社町”  

「雲太」とは平安時代、源為憲『口遊』(くちずさみ)に、当時のでかい建物を順に謳った数え歌で「雲太、和二、京三」とあるトコロからで、それぞれ、出雲太郎大和二郎京三郎の略―すなわち、1番が出雲大社、2番が大和・東大寺大仏殿、3番が平安京・大極殿

当時の東大寺大仏殿は45m、出雲大社は48m(!)あり、そこへ上がる階段の長さは109mもあったとか! 

その馬鹿でかい本殿を支える柱が、3本の柱を束ねたもので、この入り口は、それをモチーフにしたもの。 

実は後々知るコトになるが、これと似たよーなのがあちこちにあった・・。

 

これが参道の入り口にある宇迦橋の大鳥居

高さ23m柱の直径2m額の大きさ畳6畳分(!)という日本一の大鳥居

 

これが一の鳥居で、車に乗ったまま通過し、二の鳥居に通じる神門通りを行く。

出雲大社に行くには、4つの鳥居をくぐらなければならない・・。

 

「ムスビの御神像」

この大国主命の像の写真が、よく本に使われたりする。

 

その向かいには「御慈愛の御神像」

因幡の白ウサギで有名なシーンだ。

 

いよいよ四の鳥居銅の鳥居をくぐって拝殿へ。

 

さすがの迫力!

 

注連縄も、またでかいコト・・。

 

現在は平成の大遷宮の最中で、ご覧のようにすっぽり覆われており、残念ながら本殿を拝むコトは出来なかった。

 

となりの宝物殿に向かって行く後ろ姿の女性が奥さん。

せっかくの美人をお披露目できず、残念だが・・。

 

荒神谷遺跡の銅剣群が圧巻の古代出雲歴史博物館

 

館内は基本、撮影禁止だが、ホールにある、この発掘された柱は撮影OK。

 

帰りはご覧の天気。

お目当ての出雲そばの店は、結構混んでて、行きに寄った道の駅で、ちょっとおそめの昼食(夕食?)。

 

出雲そば

・・と言いたいトコロだが、そこで頼んだ割子そば。

しかし、だしがとても甘くて、これが出雲そばの特徴なのか?・・と驚いた。

 

出雲ぜんざい

小さい団子のような丸もちが入っており、中には草もちもあった。

 

候補地は他にもいろいろあったが、かなり、奥さんが歴史好きの自分の好みに歩みよって選んでくれてたようだ。

皆が休みの時に忙しくなる仕事なので、休日にあわせて休むのは、かなり大変だったようで、この1週間、早出や残業で相当しんどかったコトと思う。

ホントにありがとね。 

 

今回は日帰りだったけど、今度はゆっくり、泊まりでどっか行こうね。

 

 

 

 

 

 


だいぶ涼しくなりました

2010年09月15日 | 最近、思うコト

9月も半ば―ここ2、3日、朝晩はめっきり涼しく、過ごしやすくなった。

今年は各地で観測史上初!が記録される猛暑だった。

 

なんでも、今年は30年ぶりの異常気象(!)だとかで、エルニーニョ現象に続くラニーニャ現象に加え、偏西風がいつもより北側を吹いた上に大陸からの高気圧が云々・・。

しかし、地球全体の温暖化傾向ゆえ、数年のうちに同じような猛暑を経験する可能性が高いそうだ。

確か、2~3年前の夏は、もっと暑かった気がするが・・。

 

30℃でも、「今日はちょっと涼しいね」・・てなもんだ。

慣れというのは恐ろしい・・。

 

最近は夜、窓を開けっぱなして寝ると、朝方、肌寒く感じるほど・・。

それでも日中は、まだまだ30℃を越える日が続いてるが、ちょっと前までの35、6℃とゆーうだるような暑さではなく、せいぜい32、3℃・・。

 

それでも十分暑いのだが、それまでが異常な暑さだっただけに、そのわずかな気温の変化が余計に秋の訪れを感じさせる。

 

いやー、つくづく、慣れというのは恐ろしい・・。

 

 

 


妹のコト

2010年09月13日 | 最近、思うコト

昨日、カープのBクラスが決定したそうだ。

やっぱ、今年もダメだったか・・。

 

ところで、昨日は妹の誕生日。

ウチは男2人、女1人の3人兄弟なので、父親の、末っ子である妹のかわいがりようは、3人の中でもずば抜けていた。

もちろん、男の子と女の子に対する、男親の接し方の違い・・とゆーのはあるだろうが・・。

 

怒られるのは俺、かわいがられるのは妹、ほっとかれる(?)のは真ん中の弟・・とゆー構図で、真ん中はどこも難しいそうだが、弟は妹に対する複雑な思いがあったみたい・・。

小さい頃、年下の妹の方が背が高く、いつも自分が1番下に間違えられていたのも、また弟には面白くなかったようだ。

 

しかも、父親の手厚い庇護(?)を受けていた妹は、態度もでかくてマイペースの上、上の兄2人を見てきているので、要領もいい。

それがまた、火に油を注ぐ結果になってしまっていた。

 

妹は妹で、いじめられれば、なお、いっそう生意気な態度をとり、言うコトを聞かない・・とゆー悪循環・・。

 

今にして思えば、こんな兄弟の面倒を見る親の苦労とゆーものが偲ばれる・・。

さすがに今は、それぞれに家庭をもち、もう兄弟ゲンカとゆー年ではないが・・。

 

しかし、「三つ子の魂百まで」とは、よく言ったもの。

妹は相変わらず、マイペースで要領よく、でんとかまえて器がでかい。

 

結婚した時など、「あんたが全部、1番えートコ持ってったなぁ・・」と母親がしみじみ言っていたものだ・・。

 

まだ子どもがない兄2人を差し置いて、既に2児のママ・・。

なんなんだろねー・・とか思いつつ・・。

 

1日おくれだけど、誕生日おめでとー!

 

まあ、なんだかんで、お前が1番早く、親の苦労を知るコトになったのかな・・?

 

 

 


カラスアゲハ

2010年09月07日 | 最近、思うコト

 

先日、友人の仕事を手伝って、山の中で草刈りをしていた時のコト。

暑い中、午前中から夕方まで、ほぼ1日がかりの仕事だったが、作業をしている近くに花が咲いており、そこへ1羽のカラスアゲハが飛んでいた。

それこそ、朝から飽きもせず、1日中いるのだ。

 

黒い羽が日の光に透けて、なんとも言えずきれいだ。

こっちは暑くて頭がボーっとする中、なんとも涼しげに、優雅に、花のまわりをひらひらと舞っている。

 

「花 無心にして蝶を招き 蝶 無心にして花を尋ぬ」

 

良寛の漢詩の一節だ。

 

  花無心招蝶   花 無心にして蝶を招き
  蝶無心尋花    蝶 無心にして花を尋ぬ
  花開時蝶来    花 開く時、蝶来り
  蝶来時花開    蝶 来る時、花開く
  吾亦不知人    吾れも亦人を知らず
  人亦不知吾    人も亦吾れを知らず
  不知従帝則    知らずして帝の則に従う

 

自然の、無心の美しさ・・。

ただ無心に花を尋ねる蝶のように、純粋に生きれたらいーなぁ・・。



秋よ、いずこへ・・?

2010年09月01日 | 最近、思うコト

いやー、もう9月・・。

今年も2/3が過ぎて、残すトコロ、1/3・・。

 

時の流れの早さには驚くばかりだが、季節はその流れの早さに置いてけぼりをくってる感すらある。

 

秋ー・・。

 

2~3年前も、こんな感じで暑かったが、10月くらいまで残暑が続いたかと思うと、いきなり秋をすっ飛ばして冬になってしまった・・て感じの寒さだった。

今年の冬も、寒さは厳しいらしいので、あの時みたいな感じなのかなー・・。

 

まーだセミが元気に鳴いてるよ・・。


弱音を吐こう!

2010年08月31日 | 最近、思うコト

我が家は2階なので、ベランダの真ん前にお向かいの家があり、ベランダからはそのお隣の屋根と、我が家があるビルとに切り取られたご覧のような空が見える。

 

今月はとにかく、ひたすら晴れ!!

 

何日か前に、29日連続熱帯夜で広島県の記録更新!・・とか言ってたから、既に1ヶ月はゆうに越えて、記録を更新し続けているコトだろう。

 

もう明日から9月なのだが、秋らしい気配はさっぱりない。 

強いて言えば、少々、日が落ちるのが早くなって、夕方はちょっと涼しくなったかな・・?

―と言っても、今までが相当暑いので、ムアッとする感じに、そう変わりはない・・。

 

いやー、しかし、アツイ・・。

 

小さい頃など、

「暑い、暑い、言ってるから暑いんだ!

・・などと、ムチャな理論をぶつ大人がいたものだが、まあ、言ったごとくになる・・というポジティブな考えがもてはやされる昨今、あながち、いい加減な話とも言えない。

でも、暑い時は、やっぱ「暑い」・・て言ってしまう・・。

 

話は変わるが、自分の父親は、とても寡黙な人で、まあ、およそ家族や子どもの前で、仕事のコトなど話したコトがない。

酒を飲んで、上司の愚痴を言って管を巻く・・なんてコトは、まずない。

それはそれで男らしい、尊敬できる姿であったが、子ども心にいつも感じていたのは、完璧すぎて、どこか近寄り難い、言い変えれば、「人間くささ」に欠ける・・そんな印象であった。

 

だから自分は、その反動で「弱音を吐こう!」と思って育ってきた。

今風に言えば、”負けるかしこさ”―ソフト・インテリジェンスとでも言おうか?

(カテゴリー/人生覚書き:「ソフト・インテリジェンス」参照http://blog.goo.ne.jp/kinto1or8/e/5e60671fc4f89b8b2d802c4760e9a032

 

しかし、後々知るコトになるが、それは父親の生き方そのものだったのではないか?・・と思う。

反発して、「父親のようにはならない!」と育った結果、父親と同じよーな人間になっている自分・・。

 

それはやはり、「血」なのか・・?

 

結局、親子は、どこまでいっても親子なのだなあ・・と、あらためて思わされる今日この頃・・。

 

普段はヘラヘラ三味線ひいてても、”本当に”苦しい時、ツライ時って、やっぱ、自分も弱音が吐けないもんなぁ・・。

 

 

 


スーパー熱帯夜

2010年08月20日 | 最近、思うコト

毎日、ハンパなく暑い日が続く・・。

微妙に増殖している我が家のベランダのグリーンも、洗濯物の陰で、かろうじて日差しをしのぎつつも、かなりのグロッキー状態・・。

 

外置きの洗濯機も強烈な日差しにマイコンがやられたか、最近、脱水の具合がおかしい・・。

(単なる寿命かな・・?

 

全国でも、熱中症で亡くなってる方は100人を越えるそうだ・・。

ところで、最低気温25℃以上の夜を「熱帯夜」と言う。

まあ、これはよしとしよう。

 

―が、先日、TVの天気予報で聞いて、はじめて知ったのだが、最低気温27℃以上の夜を「スーパー熱帯夜と言うのだそうだ・・。

 

誰かが言ってたが、決して「熱帯夜」とゆー名のスーパーではない。

その場合、

 

「スーパー

 

・・とゆー発音になるが、「スーパー熱帯夜」の場合、

 

「スーパー

 

・・となる。

 

「スーパーマン」の「スーパー」と同じだ。

(どっちでもえーわ・・

 

 

空には見事な入道雲・・。

今夜もスーパーな夜なのかなぁ・・。

 

―ん?

よく見ると・・

 

ゴリラのガッツポーズ!(笑)

 

・・いやー、脳ミソとけそう・・。

 


65と100

2010年08月16日 | 最近、思うコト

昨日は終戦から65年目の日。

様々な戦中・戦後の特番やドラマがTVで流れる中、深夜枠で「平和公園に眠る故郷~CGでよみがえる記憶の町」という番組がやっていた。

原爆の爆心直下で、現在は平和記念公園となっている広島市中島町の被爆前の町並みをCGで再現した映像作家のドキュメント番組だ。

 

その映像作家は、以前に会った、広島に行ったコトがあるというアメリカの新聞記者が、「爆心地が公園だったから、被害が少なくてよかった」・・と語っていたの聞いて、愕然として、この企画を思い立ったという。

 

当時の中島町の住人は、「自分には故郷がない」・・という思いで、今も生きているという。

 

すべてが灰燼に帰した爆心地には、”町並み”の面影や、欠片さえ残らなかったからだ。

しかし、かつて、そこは広島でも最もにぎやかな繁華街で、映画館や、多くの店や家が軒を連ね、多くの人々が生活していた場所だったのだ。

 

その中島町にあった旅館で、母親が働いていたという人は、母がどんなトコロで働いていたかも知らないまま、被爆直後の「ほうきで掃いた」ような状態の、既に町はない”中島地区”を見て以来、失意に打ちひしがれたまま、65年間、そこへ行ったコトがなかったそうだ。

しかし、その旅館の息子さんが生き残っており、その証言をもとに再現されたCG映像を見て、65年ぶりにその旅館跡へ行き、当然、今は何もない、公園の敷地の一画で両手を合わせ、「長い間、ごめんなさい・・」と涙ながらに頭を垂れていた。

 

記憶をたどる寄る辺さえない・・というのは、どれだけつらいコトなのだろうか・・?

ある日、自分の住んでる町一帯が、この地上から忽然と消えてしまうのだ。

それは想像を絶するコトだろう。

 

65年という歳月は、その当時の記憶をもつ人々さえも、この世から連れ去ってしまう。

その記憶は、語り継ぐ者がいなければ、やがて忘れ去られてしまう。

 

同時に昨日、お隣、韓国では65年目の光復節

今年、2010年は、日韓併合条約が締結されて以来、100年目の節目にあたる。

 

先日、発表された首相談話の中にも「 政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷付けられました。」・・とあるが、そのあたりの歴史を、我々日本人は、どれだけ認識しているのだろうか?

 

アメリカの新聞記者の「爆心地が公園だったから、被害が少なくてよかった」・・という発言を、我々日本人はどう受け止めるだろうか・・?

広島に住む人、爆心地の中島地区に住んでいた人は、どう受け止めるだろうか・・?

 

―しかし、それと同じような無神経なコトを、我々日本人は、してきてはいないだろうか・・?

 

65年の倍近い100年という歳月は、当時の記憶を風化させ、日本人の脳裏から消し去るには十分な時間なのかもしれない。

実際に当時の様子を知る人は、今はもういないだろう。

 

しかし、被爆した町をCGで再現する試みが、当時の追体験と記憶の再生をもたらし、子や孫へ語り継がれていくように、同じような追体験と記憶の再生は、韓国でも行われているだろう。

 

少なくとも、被害者から、その心の傷が消えるコトはないコトを、我々は忘れてはならないだろう。