1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
以下に掲載の本日分は、第1期30点の30枚目です。次回からは第2期20点のライナーノートを順次掲載します。
【日本盤規格番号】CRCB-6040
【曲目】ティペット:オラトリオ「我らが時代の子」
【演奏】ロジェストヴェンスキー指揮BBC交響楽団、BBC交響合唱団
ジル・ゴメス(ソプラノ)
ヘレン・ワッツ(コントラルト)
ケネス・ウーラム(テノール)
ジョン・シャーリー=カ―ク(バリトン)
【録音日】1980年10月15日
■このCDの演奏についてのメモ
イギリス作曲界の長老、マイケル・ティペットの代表作「オラトリオ《我らが時代の子》」は、この作品そのものが、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害への抗議を背景にした〈時代の落とし子〉的作品だ。第2次世界大戦が勃発する直前の悲劇的エピソードに霊感を受けたかのように、作曲者自らが台本の執筆をして書き上げられたこの作品は、平和を希求するティペットの心情が切々と伝わってくる作品で、これまでは、1957年に英デッカに録音されたジョン・プリッチャード指揮ロイヤル・リヴァプール・フィル他による演奏がよく知られていた。
今回CDで初めて紹介されたこの演奏は、旧ソ連出身の名指揮者ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーがBBC交響楽団の首席指揮者に就任していた時期の録音。同交響楽団の創立50周年記念の演奏会のひとつとして行われたコンサートのライヴ収録盤だ。
これまで知られていたプリッチャード盤は、録音された年代や当時のプリッチャード自身の年齢的若さもあってか、ストレートに怒りを叩きつけるような演奏だが、このロジェストヴェンスキー盤では、落ち着いた、陰影の細やかなニュアンスの間から、怒りや慟哭が悲しみとともに滲みでてくるといった趣きで、この濃密な音楽の気配からは、この曲が〈時代の落とし子〉にとどまらずに、平和を希求するすべての人のための使命を帯びて、普遍性を獲得しつつあることが感じられる。
ティペットのラディカルな作品も、歳月を経て、〈怒り〉の音楽から〈祈り〉の音楽へと変貌してきたのだろう。この作品が将来、ひとつの時代の古典としてレパートリーに定着するとしたならば、このロジェストヴェンスキー盤の役割は大きいに違いない。(1995.9.16 執筆)