1995年の秋から1998年の春までの約3年間にわたって全100点のCDが発売されたシリーズに《BBC-RADIOクラシックス》というものがあります。これはイギリスのBBC放送局のライブラリーから編成されたもので、曲目構成、演奏者の顔ぶれともに、とても個性的でユニークなシリーズで、各種ディスコグラフィの編者として著名なジョン・ハントが大きく関わった企画でした。
私はその日本盤で、全点の演奏についての解説を担当しましたが、それは私にとって、イギリスのある時期の音楽状況をトータル的に考えるという、またとない機会ともなりました。その時の原稿を、ひとつひとつ不定期に当ブログに再掲載していきます。そのための新しいカテゴリー『BBC-RADIO(BBCラジオ)クラシックス』も開設しました。
なお、2010年1月2日付けの当ブログにて、このシリーズの発売開始当時、その全体の特徴や意義について書いた文章を再掲載しましたので、ぜひ、合わせてお読みください。いわゆる西洋クラシック音楽の歴史におけるイギリスが果たした役割について、私なりに考察しています。
以下に掲載の本日分は、第1期30点の28枚目です。
【日本盤規格番号】CRCB-6038
【アルバムタイトル】ディーリアス名曲集
【曲目】
グレインジャー:ブリッグの定期市
ディーリアス:ブリッグの定期市――イギリス狂詩曲
:「イエルメリン」前奏曲
:ノルウェー組曲(フォルケラーデッド幕間音楽)
:夏の庭園にて(第1版)
:ダンス・ラプソディ第2番
【演奏】アシュリー・ローレンス指揮
BBCコンサート管弦楽団、BBCシンガーズ
ガース・ロバーツ(テノール)
【録音日】1974年8月3日、1974年1月12日
■このCDの演奏についてのメモ
イギリスの音楽ファンにとって、大好きなごちそうのひとつ、〈音による田園詩人〉とも言うべきディーリアスの作品の、自然で耳に優しい響きの特質がよくわかるCD。
ここで指揮をしているアシュリー・ローレンスは、ニュージーランドに生まれロンドンの王立音楽学校を卒業後、名指揮者のラファエル・クーベリックにも指揮を学んでいる。イギリスを中心にバレエ指揮者として研鑽を積み、王立バレエの指揮者陣のひとりに加えられたのが1962年のことだ。一方、バレエ指揮者としてのキャリアとは別に、このCDでも演奏しているBBCコンサート管弦楽団の首席指揮者に71年に就任し、軽音楽まで含めた幅広いジャンルの演奏活動で、多くのファンを獲得した。この方面でのイギリス音楽の魅力の表現に、生涯を通して尽力したが、90年の急逝が惜しまれている。
このCDでは、例えば「ノルウェー組曲」での、堂々とした音楽の構えを忘れずに、のどかで楽天的な音楽が鳴り響くのを聴くと、イギリスの軽音楽系の潮流のなかでのディーリアスの音楽の受け入れられ方が、手に取るように聞こえてくる。これは、ビーチャムやバルビローリといったディーリアスを得意にしている指揮者たちのシリアスなアプローチとは異なった、伸び伸びとくつろいだ世界に生きるディーリアスの魅力が満喫できるCDだ。おそらく、これがロンドンっ子たちの日常のなかでのディーリアスなのだろうが、これまでに日本で発売されたディーリアスの演奏にはなかったスタイルのように思う。(1995.9.15 執筆)