怪しい中年だったテニスクラブ

いつも半分酔っ払っていながらテニスをするという不健康なテニスクラブの活動日誌

長かった49日法要

2009-12-29 22:36:01 | Weblog
12月27日は義父の49日法要でした。本当はもう少し後なのですが、年明け早々法事では何なんで、年末の暮れも押し迫ってやることになりました。
うちの祖母の時は法要はいつもお寺でやって、その後賀城園で宴会やって解散というパターンだったので気楽に考えていたのですが、それは都会の常識で田舎は左にあらず。
法要は家でやったのですが、8時前に家を出て1時間前に着くと部屋の敷居の戸を片付け、本棚とかたんすを移動して座布団を並べてと準備をしなくてはいけません。23~4人集まったのですが、お茶とお菓子の世話とか結構裏方は大変です。
法要は30分くらいで済んだのですが、そこからお昼を取る料理屋の手配したバスでお墓に行き納骨をします。納骨をするのは初めてなので、石塔の何処を開けて収めるかもよく分らなくてまごまごししまいました。兎に角何とか納骨をしてみんなで線香をあげて無事終了。この後またまたみんなでお寺に行ってお経をあげて焼香。もともと檀家になっているお寺なのですが、住職が亡くなり御庫裏さんしかいないので葬儀を始め和尚さんは豊川のお寺から来てもらっています。しかし地元のここも無視してはいけないということでのお参りです。
やっと一仕事終了して、料理屋へ。大松「滝山荘」というところで山の料亭です。実は結納の時連れて来てもらって美味しかった覚えがあって、その時以来ですが、私の希望でここにしました。川のほとりで、裏には石垣で出来た猪垣(写りが悪いですが写真があります)があって、これは何百メートルも続く珍しいもので、史跡に指定されています。でもこれで本当に猪が防げるのか疑問です。簡単の乗り越えてくるのでは?
4000円の料理だったのですが、法事用なので冬の名物の猪とか鹿はさすがに出てこないのですが、山の中の料亭といえどもなかなかのものがでてきました。葬儀会館の初七日法要の時の料理と比べると雲泥の差です。どうも葬儀会館は料理で口銭を取る為当たり前でしょうがぼったくるのです。ここでビールを飲んで一応喪主として挨拶もしたので御役御免かと思ったら、ここからまた家に戻って、あろうことかまたみんなでお経を上げるという。喪主が代表して木魚を叩いて読めというので冗談じゃない。何とか固辞して本家筋の方にやってもらいましたが、一日何回お経を上げるのか。
そこから一しきりおしゃべりをして茶を飲んで、やっと御開き。ここから部屋を復旧して、いただいた果物なんかを親戚に分けて持っててもらい、みんなを見送って帰れたのは5時過ぎ。長い法要でした。子供たちも付き合わせたので、申し訳なかったのですが、これも社会勉強と思ってもらうしかありません。
家に帰ったら、貰ったご仏前を整理して、全部終わったらドット疲れが出ました。唯一天気がよかったのは救いでした。これで雨だったら納骨は悲惨だったでしょう。まだまだこんな調子で初盆、一周忌、三周忌とあるかと思うとうんざりですが、親戚一同にとっては大切な行事なのでつつがなくこなすしかありません。世間の義理は辛いものです。
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