神学講座は毎月第一月曜日におこなわれているが、10月もお休みだったので、前回の続きを報告したい。
第二部は「使徒信条の解釈」と題されており、大きく二節にわかれている。第一節は「三位一体の神」というタイトルで、使徒信条の第Ⅰ項目(父の祈り・父を信じます)、第Ⅱ項目(子の祈り・キリストを信じます)、第Ⅲ項目(聖霊の祈り・聖霊を信じます)が講じられる。第二節は「人間の救い」というタイトルで、「五つの要素」(普遍の教会・聖徒のまじわり・罪のゆるし・からだの復活・永遠のいのち)が講じられる。今回はこの第一節をまとめ、第二節は次回にまわしたい。
第8講 「御父である神を信じます」
使徒信条の第Ⅰ項目は「私は『天地の創造主、全能の神である父』を信じます」という文章である。阿部師はここで、神は信ずる相手であって、論じる対象ではない、と主張する。言われてみればなるほどそのとおりである。でもどうしても論じたいのなら、見方を逆転させて、人間論的に考えた方が理解が進むという。人間は「神の似像」だからだ。具体的には、以下の三点を強調する。
①神は「父なる神」として捉えるべきだという。つまり、遠藤周作や井上洋治師のように「母なる神」と言いたくて仕方が無い人たちを批判する。これはこれで興味深い指摘で、いろいろ議論が可能であろう。
②「譬え」を用いてイメージ化して把握していけ、という。譬えの重視はキリスト教神学の特徴だが、これは神学者J.メッツによれば「物語的神学」とよばれるのだという。ここでは、伝統的な、スコラ的「論証的神学」が批判されていく。かなり明確な立場性の表明で、そこまで言っても良いのかと思うほど断定的である。
③神の三つの特徴として、天地の創造主・唯一の神・全能の父、の三要点が説明される。キリスト教はパウロ的な「十字架の神学」だけではなく、「創造論」を組み込んでいる。しかも他の宗教とは異なり、神の全能性、唯一性を強調する。キリスト教がなぜ創造論をユダヤ教、または、旧約聖書から引き継いだかについてはいろいろ議論があるようだが、(関根清三『旧約聖書の思想』1998、田川健三『書物としての新約聖書』1997)、師は創造論が使徒信条に組み込まれていることは所与のこととして講義を展開している。使徒信条の成立は新約聖書の本としての(正典としての)成立と切り離せないだろうが、阿部師はそこまでは立ち入らない。
第9講 「御子イエス=キリストを信じます」
第二項は、「私は、『神の独り子、私たちの主イエス=キリスト』を信じます」という文章である。イエス=キリストを「主」と呼ぶのはなぜなのか。「神」を「主」と呼ぶのはなぜなのか。それは、神が我々を呼ぶとき固有名詞で呼んでくれるからだ、という。ルカ10・41の「マルタ・マリア」の話が説明される。ルカ福音書と使徒行録(使徒言行録・使徒行伝)は一続き、一体のものと考えるならば、マルタが活動修道会を指し、マリアが観想修道会を指していると解釈できるのだという。そして教皇ベネディクト16世のキリスト論『ナザレのイエス』が詳しく紹介され、「人間中心主義的な歴史批判的聖書学」が批判される。ちなみに、「歴史批判的方法」とは、テキストを(聖書を)その成立当時の状況のなかにおいて検討する手法のことだ。現在の視点から論ずるのではないということを意味する。この歴史批判的手法への批判や、現代の史的イエス研究としての「第三探求」(これも論じ出すと切りがない)批判のトーンは強すぎる印象があるが、イエス=キリストを「神の似像」から「神の似姿」への「成熟」として捉える視点は新鮮で、わたしは学ぶところが多かった。
第10講 受肉と神化
第二項はさらに4段階に分けられるが、細かくは「10の要素」に分けられるという。第10講では①「聖霊によって人となり」、②「おとめマリアから生まれ」、の二つが説明される(訳文は阿部師のもの)。受肉論と神化論である。
受肉とは日本語としてはまだなじまない言葉だが、かっては「御託身」または「御托身」という言葉を使っていた。意味は、「神が肉になる」つまり「神が人間になる」ということだ(ヨハネ1・14)。「肉」という言葉(ヘブライ語のバーサール、ギリシャ語のサルクス)には「神から離れて生きる傲慢な生き方」という意味が含意されてとのことだが、日本語としてはこういう含意やニュアンスはないので、語感としてはいまのところ少し生々しすぎる感がしなくもない。いずれ日本語として定着すれば、つまり日本語を変えることに成功すれば、自然に受け入れられていくかもしれない。「愛」という日本語の言葉がキリスト教の影響のもとに性愛という意味を超え始めていることは誰も認めることだろう。言葉の内包と外延が深まり、広がってきているのだ。同じことが「肉」という言葉にも起こるかもしれない。
神が受肉したのは「人間を神化するため」だという。神化とは、神の似像としての人間が神の似姿へと成熟することをいう(似像と似姿の違いに注意)。神化とは救済論的な意味であり、存在論的意味(人間が神と同等のものに成り上がる)ではない。これは古代ギリシャ教父たちの考え方で、阿部師は詳しく説明している。ここは師の専門領域のようだ。
イエスは「おとめマリアから生まれた」。阿部師はここではマリア論に入る。「おとめ」とは生物学的な処女を意味するだけではなく、「純粋な信仰を抱く者」という意味で使われるという。マリアは「信仰者の模範」としてあがめられる。マリア崇敬を強調する阿部師はトマス・アクィナスを使ってマリア論を展開する。「三位一体の神が安心して居座る場所がマリアという人間である」とはトマス・アクィナスの言葉だという。神学上のマリアと歴史的なマリアがどうつながるのか、もう少し説明がほしいところである。
第11講 ポンティオ・ピラトのもとで
イエスの全生涯の要約の第二段階は、「③ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、④十字架につけられて死に、⑤葬られ」という文章だ。イエスの受難・死・埋葬のことだ。ポンティオ・ピラト論はおもしろい。使徒信条になんでピラトの名前が入っているのか、だれでも疑問に思うだろう。ローマ帝国から派遣されたユダヤ総督のピラトはそもそも悪者なのか、それとも可哀想な人なのか。けしからん奴なのか、哀れむべき人間なのか。評価はいつも分かれるようだ。ピラトの名前が残っていることについて阿部師は二つの理由をあげている。①キリスト者に人間の弱さを思い出させるための代表者として、②イエスの歴史的存在を保証するため、だという。ピラト論もいろいろあるようだが、わたしは勉強不足で阿部師のピラト論の特徴がどこにあるのかはわからなかった。
十字架上の死については、イギリスの神学者アリスター・マクグラス(1953-)を使って十字架の神学を説明する。マクグラスは聖公会の神学者のようだが、阿部師は良く読み込んでおられるようだ。マクグラスは日本では佐藤優が現代最高の神学者と評価していることでよく知られている。阿部師がここまでプロテスタント神学を組み込んでくることに驚きを感じた。というより、十字架の神学についてはカトリックとプロテスタントの違いはなくなってきているのかもしれない。
また、マルコ15・34の「わが神、わが神、なぜ私を見棄てるのですか」の解釈として、伝統的な、①死の絶望に襲われた人の叫び、②自分が見棄てられたことを知った人の叫び、の二つの解釈を否定し、ベネディクト16世の解釈、すなわち、この言葉は詩篇22を身をもって体験した義人の出来事、をとる。つまり、神への祈りだという。これはなかなかフォローしづらい説明だが、それは、ラッチンガーのような神学者の説明・解釈は、普通我々がおこなう個人主義的解釈を避け、教会としての共同体的解釈を優先するからだという。個人としてどう考えるかではなく、教会としてどう考えるか、が優先される。こういう議論の展開のしかたには阿部師も説明に苦労しているらしく、10頁近くを費やしている。
イエスの葬りについては簡単にふれているだけだ。墓に葬られるとは「完全に死んだ」ことを意味しているという。復活は蘇生とか、あの世からの舞い戻りと考えがちな日本人への阿部師の暗黙の批判のようにも読める。
第12講 よみに降るイエス
イエスの全生涯の要約の第三段階は、「⑥死者のもとに降り」という文章です。これは大事な点だ。信者の視点から見れば、イエス登場以前の人間は救われないのか、イエスを待ち望みながら死んだ人(殉教者など)はどうなるのか、幼くして亡くなった赤子はどうなるのか、堕胎で下ろされた子はどうなるのか(いわゆる水子問題)、キリストを知らずに生涯をおえる人、洗礼を受けていない人は救われないのか、などという切実な問いが周囲から寄せられる。これらの問いへの答えはシンプルだ。「まだ救いの無い状態に留め置かれている」となる。が、この答えは本当に説得力をもっているのか。アウグスティヌスの煉獄論もあまり聞かれない。遺伝子操作、ゲノム編集が可能な時代にも通じる説明がほしいところだ。
イエスが到来する以前の死者が赴いたところを「よみ」(陰府)という。かっては「古聖所」とよんでいた。死者は死後すぐに天国に行くのではない、地獄に落ちるのでもない、「よみ」にとどまっている、というのがローマ・カトリック教会の説明だ。だが、阿部師は、教会は「死後の世界」についてほとんど語っていないという。『カトリック教会のカテキズム』では、死者のもとに降るイエス=キリストに関する記述はほんのわずかだという。ヨハネ・パウロ二世の許可を経て発表された教理省書簡『終末論における若干の問題について』(1975年)はこう述べているという。「聖書も神学も、死後にくる未来の生命についてふさわしく描写するために十分な資料を与えているわけではない」。ここでは、イエス=キリストが死後の世界にまで降りていく、つまり、イエスは生者のみならず死者をも救おうとする点が強調されており、死後の世界そのものについてはあまり語られない。仏教、ヒンズー教、イスラム教ではどうなのだろう、と考えたくなるがそれはまた別問題となる。
第13講 復活・昇天・高挙・再臨の際の裁き
イエスの全生涯の要約の第四段階は、「⑦三日目に復活し、⑧天に昇って、⑨全能の御父である神の右の座に就き、⑩生者と死者を裁くために来られます」という長い文章だ。つまり、イエスの地上での生活のあと何が起こるのか、という問いへの答えだ。阿部師は「意味のある完成へ」向かう、と表現している。意味のある完成とは抽象的な表現だが結局は救いのことだろう。師は、「無意味な人生はありません」と述べる(182頁)。
阿部師はまず復活論を詳しく説明する。イエス=キリストの復活には六つの意味が込められているという。
①神の愛の勝利 ②新しいいのちの始まり ③強烈な愛の思いの実現
④豊かな人生の歩みの開示 ⑤ともに食事をして連帯する
⑥シャローム(平和)の呼びかけ
この六つのメッセージが詳しく説明されるが、なぜ六つかは述べられていない。また、内容も特に変わったことが述べられているわけではない。思うに阿部師の復活についての考え方なのであろう。
阿部師の復活論の特徴はむしろ「弟子達の復活体験」の説明にあるように思えた。まるで黙想会での講義のような丁寧な説明である。おもにマタイ福音書を下敷きにして論じているが、共観福音書のなかでもマタイ福音書をたかく評価しているようだ。マルコよりマタイを重要視しているところに阿部師の特徴が表れているように思えた。また、四福音書の並べ方に関する阿部師の理解の仕方が垣間見えて興味深かった。つまり、われわれが知っている「マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネ」という順番での並べ方(いわゆる東方型)とは異なり、「マタイ・ヨハネ・ルカ・マルコという西方型の並べ方を想定しているように思えたが、これは私の早合点かもしれない。
「天に昇り」とは主の昇天のことだ。「御父によって御子が高く挙げられた」(高挙)という表現もある。高挙はフィリポ2・9での出来事を指しているという。
わたしが興味深いといつも思っているのは、「神の右の座に就く」という表現だ。なぜ「右」なのか。これは「御父から見て右」であり、仰ぎ見る我々から見れば「左」となる。阿部師は「右」は日本で使われる「上司の右腕」と同じ意味だと言っている(177頁)。本当にそうなんだろうか。
普通の日本文化論では日本文化は「左の文化」と言われる。左の方が右より上、偉い、ということになっている。紫宸殿の「左近の桜、右近の橘」はよく知られている。京都の皇居から見て(南に向いて)左側が偉い、重要ということになっているらしい。北を向けば、左京区は右側、右京区は左側にある。お雛様でひな人形を飾るとき、「男雛」と「女雛」の位置を思い出してほしい。結婚式で花嫁の座る位置はあなたの地域では(結婚式場では)花婿の右ですか、左ですか。基本的には「左の文化」が生きていると言ってよいだろう(地域性があるので断定はできない)。キリスト教は「右の文化」だと阿部師は考えているようだ。ユダヤ教やキリスト教で「右」が重視されるのは、「右」が「善」や「正義」を象徴し、「左」は「悪」のシンボルだからだ。日本の「左の文化」論のように上下・優劣を表すのではない。比較の軸が異なる。阿部師がキリスト教は「右の文化」で「上司の右腕」と同じだというのなら、師のさらなる説明を聞いてみたいところだ。
「再臨」とは世の終わりにイエスが再び来ると言うことだ。死んで、復活して、昇天して、再臨する。阿部師はこれは現代人には「奇異なものと映るかもしれない」と認める(178頁)。が、師はここで「心性史」という手法を用いて説明を始める。社会構造を重視する従来の歴史学とは対立的な心性史の立場だ。具体的にはF・ブローデル(1902-1985)に代表される「アナール学派」の「再臨論」を展開する。中世ヨーロッパの神学ではなく、社会構造ではなく、迷信や習俗をとおして民衆の再臨観を描く。阿部師がアナール学派をこれほど高く評価していることに驚いた。
「神の裁き」は公平を実現する最後の手段だ。伝統的に「私審判」と「公審判」の二つを受けるとされている。私審判は個人レベルでどれだけ愛情深く生きたかが問われ、公審判では所属する共同体や人類全体とどれだけ連帯して生きたか、が問われる。公審判は「最後の審判」と呼ばれ、「主の日」とも呼ばれる。最も重要な審判だ。私審判と公審判との間には時間差があると考えられた時代もあったという。だが阿部師はここでもバランス感覚が重要だと主張する。私審判も公審判もともに「共通善」を追求しなければならないと述べる。バランス論者の面目躍如である。「裁き」とは世俗法による裁判所の裁きとは異なる。ヨハネ福音書によれば、「裁き」とは「せっかく到来した光を、自分から避けて暗闇のなかにとどまろうとする人間の傲慢不遜な態度において生じてしまっている自業自得の事態」だという(ヨハネ3・19)。光を感謝して受け入れていない人はすでに「裁かれている」のだという。ちょっと護教的な表現だが、阿部師らしい言い方ではある。
第14講 聖霊を信じます
使徒信条の第Ⅲ項目は聖霊を信じますという宣言文だ。ここでは阿部師の聖霊論がはっきりと示されている。聖書論としては阿部師はヨハネ福音書を使って、聖霊を「弁護者」として説明する。これはオーソドックスな視点だが、阿部師の特徴は聖霊論がなぜ必要かを述べるところにある。「聖霊こそが諸宗教対話のキー・ポイントになる」と述べる。宗教対話を強調し、聖霊論を強調する、というのは司祭として当たり前の発言のように見えるが、第二バチカン公会議以降の半世紀をみるとこれは勇気のいる発言だ。
宗教対話なんて、結局カトリックの独自性を曖昧にするだけだ、という批判、わたしは賛同しないが、そういう批判は根強い。聖霊論なんて、はやりの「スピリチュアリズム」と紙一重、聖霊復興運動なんて教会を壊すだけだ、という批判もある。こういうなかで、K・ラーナー、K・バルト、門脇嘉吉師、宮本久雄師を援用しながら、アジア的アニミズム信仰、宇宙信仰を堂々と弁護し、何でもヨーロッパ的な聖霊概念を押しつけようとするバチカンを強烈に批判していく。「アジアには、人間を超え、人間を根源的に活かす内在的原動力を信じる霊性的傾向が見られます」と述べる(191頁)。バチカンの言いなりになることを是としない日本のカトリック教会の姿が垣間見える。
諸宗教との対話では、排他主義・多元主義を避け、包括主義をとると宣言する(193頁)。つまり、救いはイエス=キリストにおいてのみ可能だという立場を譲らない。司祭として当然と言えば当然だが、「聖霊をとおしての他宗教との対話」路線が包括主義とどういう風につながるのか、もう少し説明がほしいところだ。
わたしはここでどうしてもW.ジョンストン師のことを思い出す。「諸宗教との対話」の強調はジョンストン師の原点だ。阿部師と同じだ。だが、ジョンストン師は多元主義者ではないが、かといってかれを包括主義者として一括してくくることにはわたしは躊躇を感じる。私にはそれは彼の聖霊のとらえ方が独特だったからだと思えて仕方がない。かれが日本語に訳した『不可知の雲』(14世紀イギリスで書かれた著者不明の神秘主義的神学書、日本語訳は20011年エンデルレ書店発行)はかれの学位論文のテーマでもあったが、この神秘主義神学における聖霊概念は阿部師の言っている聖霊概念とは、アジア的聖霊概念とは、異なるように思える。カト研の皆さんはどう思われるだろうか。
ジョンストン師の聖霊論とはなんだったのだろうか。かれは「聖霊来たりたまえ、聖霊来たりたまえ」(Come, Holy Spirit. Come, Holy Spirit) といつも祈っていた。今でも彼の祈りの声が聞こえてくる。でも、かれは聖霊論は展開しなかったのではないだろうか。彼の著書『愛する』(2004)には「聖霊」への言及は多い。でもそれは体系化された聖霊論ではない。それはいったいなぜだったのだろうか。カト研の皆さんのご教示をいただきたい。
話を諸宗教との対話に戻せば、阿部師は、アシジで開かれた「世界諸宗教者平和祈祷集会」を紹介している。ヨハネ・パウロ二世の回勅『聖霊ー生命の与え主』(1986)に触れている。ジョンストン師もこの祈祷集会について講演会などで折にふれ話していたし、著書でも言及していた。「これは神学者の会議ではなく、<祈る人々の集まり>で、ローマではなく、アシジで開かれたということがすべてを物語っている」、と述べている(Mystical Journey, 2006,p.219)。かれのこの集会への高い評価とローマへの冷ややかな視線を感じさせる文章である。だが、この集会もこのあとまた歴史の波に飲み込まれていく。が、それはまた別の話である。
聖霊論は難しい。