カトリック社会学者のぼやき

カトリシズムと社会学という二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく

カリフは全イスラム世界を統一できるのか ー イスラム教概論18(学び合いの会)

2021-08-01 15:22:29 | 神学


【Ⅱ】イスラム政治論の展開

1 アッバース朝の変質

 アッバース朝では成立後100年もたたないうちにカリフ制が崩壊し始める。
各地の知事や軍司令官が地方権力を奪取して世襲を始める。奴隷出身の軍閥が多く「奴隷軍団」とも呼ばれたようだ。
 モロッコのイリース朝(786-985)、チェニジアのアグラフ朝(800-909)、イランのターヒル朝(821-873)、鍛冶職人から身を起こしたイラン東部のサッファル朝(867-908)、イラン系土着貴族のサーマーン朝(875-999)はサッファル朝を破る。やがてチェニジアのファティーマ朝(909-1171)はシーア派でカリフを称し、エジプトを侵略した。
 アッバース朝の建国後破れたウマイヤ家のアブド=アラフマーン1世は北アフリカに逃れ、756年にイベリア半島に渡って後ウマイヤ朝(756-1031)を起こした。かれらもカリフを称した。
 東方のイスラム世界ではトルコ系のセルジューク朝(1038-1194)が起こり、アッバース朝カリフから「スルタン」(sultan 支配者)の称号を得る。この後スンニ派のイスラム国家では君主の称号としてスルタンが用いられるようになる。このセルジューク朝に圧迫されたビザンツ帝国がヨーロッパのキリスト教国に助けを求め、十字軍の遠征が始まる。
 アフガニスタン起こったガズナ朝(962-1186)は11世紀初め頃から北インドに侵入を開始し、インド中西部はイスラム化していく。
 こうしてカリフは政治権力を失っていく。1258年にモンゴルによってアッバース朝が滅ぼされるとカリフ制は消滅したとされる。

2 古典的カリフ論

 カリフ制が実質的に崩壊していく時期に、スンニ派の古典的カリフ論が成立していく。

①カリフ制は、理性によるものではなく、神意による。カリフへの服従はムスリムの義務である
②カリフの選出はムスリムの選挙による(シーア派は指名制をとるので対立する)
③カリフは全世界に一人しかいない
④カリフの資格はクライシュ族出身の成人男子。善良で五体満足、シャリーアに通じ、行政能力を持つこと
⑤カリフの職務は宗教の防衛と維持、聖法上の争いの決着、領土防衛、悪人の処罰、ジハード(聖戦)、税の徴収、兵士への給与の支払い、官吏の任免など
⑥カリフの廃位は、異端的行為をしたとき、乱行、能力を失ったときになされる

 こういうカリフ制はウマイヤ朝(イスラム史上最初の王朝・アラブ帝国)(1)以後、世襲制が続くと、事実上機能しなくなる。カリフは預言者の代理人・後継者にすぎないため、支配の正統性の根拠が弱かったのであろう。

3 カリフ論の新展開

 1258年にモンゴル軍によりバグダッドが陥落してアッバス朝は滅亡する。ここに古典的なイスラム国家の時代は終わり、中世イスラムの時代が始まる。
 16世紀初頭、オスマントルコがアラブ世界を征服し、スルタンとして、やがてカリフとして、実権を握る。この帝国の歴史は長い(2)。この帝国は近世を生き抜き、1924年のケマル・アタチェルクの革命(トルコ革命)まで続く。スルタン制が廃止されたのが1922年、カリフ制は1924年に廃止される。こうして多民族国家オスマン帝国はトルコ民族の国民国家トルコ共和国に変わる。オスマン家に残されていたカリフの位は廃止され、一族は国外に追放された。

 その後アラブ世界でカリフ制の復活の動きはあったがことごとく失敗している。イスラム国ISILですら失敗した。今日、イスラム人口を多数抱える国々は王政や共和制をとってそれぞれ独立している。国民国家の形をとっている。一つの国家が全イスラムを統一し、一人のカリフが全イスラムを統治する、カリフ制全イスラム統一はない(3)。

 

(オスマントルコ帝国の領土拡大)

 



1 現在は「サラセン帝国」という呼び方はしないで、「イスラム帝国」と呼ぶらしい。アラブ帝国と区別する意味ならアッバス朝以降を指すのだろうが、なにかヨーロッパ的な蔑称なのだろうか。十字軍側の(キリスト教側の)用法という言外の意味があるらしい。
2 オスマントルコ帝国がどこでいつ頃始まったかは議論がいろいろあるようだ。オスマン朝は13世紀末には歴史に登場しており、1453年にはコンスタンティノーブルを征服してビザンツ帝国を滅ぼし、16世紀初頭にはマムルーク朝を征服してメッカとメディナを支配下に置く。スンニ派の超大国として君臨し、第一次世界大戦でドイツ側について破れて崩壊する。1922年にはスルタン制とカリフ制を分離し、スルタン制を廃止して消滅したとされる。
3 S氏はそれは「夢のまた夢である」と言っている。だが、カリフ制復活は単なる夢ではなさそうだ。中田孝『カリフ制再興 ー 未完のプロジェクト』 (書肆心水  2015)は、カリフ制復活は「未完のプロジェクト」で、アブー・バグダーディーの死は「捨て石」だという。カリフ制復活を夢見る人がいるのだ。かれは次のようにtweetしている。「全てはカリフ制再興の捨て石、布石。エルドアンが2022年にスルタンを宣言しても、それは真のカリフ制復活の先触れにしかならないだろう。アブー・バクル・バグダーディーと同じ。カリフ制再興は「未完のプロジェクト」。」
 ちなみに、アブー・バグダデッィ(1971-2019)はイスラム国ISILの指導者で、カリフを自称した。2019年に米軍により殺害される。エルドアンはトルコ共和国現大統領。

 

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