カトリック社会学者のぼやき

カトリシズムと社会学という二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく

イスラエルの歴史とイエスの周辺世界(Ⅲ)(学びあいの会)

2018-07-26 10:41:31 | 神学


Ⅲ イエスの時代背景
 イエスが生まれ、活躍した時代背景を簡単に整理してみる。

1 政治的背景

BC6 ポンペイウスがパレスチナを征服し、ハスモン朝は終焉し、ローマの支配が始まる。

ヘロデ大王の死後、王国は3人の息子に相続された
①アルケラオ :ユダヤ・サマリア・イドマヤ
②アンティパス:ガリラヤ・ベレア
③フィリポ  :テラコニテス・パタネア

AD6 アルケラオがガリア(現在のフランス)に追放され、以後ローマ直轄となり、ローマ総督が赴任する。ローマはイスラエルの自治を認め、間接統治となり、一種の二重支配となる。イスラエルの統治の頂点には最高法院(サンヘドリン)があり、70人の議員によって構成されていた。メンバーは大祭司・大土地所有者・貴族であるサドカイ派、大商人であるファリサイ派からなっていた。ポンティオ・ピラトは26~37年の5代目総督である(注1)。

2 社会的背景

 社会階層から見ると(注2)
①貴族階級:大祭司・大地主・大商人(サドカイ派)
②中産階級:手工業者・小市民(ファリサイ派)
③下層民:貧農・小作人・日雇い労働者・奴隷・売春婦など民衆の大部分 「地の民」も含むが、かれらはユダヤ教からは排除されていたようだ
と区分されるようだ。
 この時期は経済的には資本の集中、土地所有の集中が進み、独立自営業者が小作人に落ちこぼれたり、農奴にされていく例が多発する。農作物の価格操作により大地主や大商人が法外な利益をむさぼり、困窮した庶民から、熱心党の支持者が生まれてくる。イエスは困難な時代を生きていた。

3 宗教的背景

 神殿喪失やバビロン捕囚により、律法中心主義が盛んとなり、ファリサイ派が登場してくる。預言者は姿を消し、律法学者が勢力を持ち始める。
サドカイ派:大祭司や貴族祭司からなるエリート層で保守派。モーゼ五書のみを信奉し、来世やよみがえりを信じなかった。
ファリサイ派:律法中心主義。律法の専門家である律法学者がリーダーとなる。かれらは学者であって、祭司ではない。シナゴーグ中心で、民衆の生活を圧迫する(注3)。
エッセネ派:厳格主義。律法を厳守するため荒野に行き、集団生活をしていた。ヨハネやイエスはこの影響下にあったともいわれる。
ゼロタイ(熱心党):過激な民族主義者集団。ローマへの武力反抗が中心。テロリストグループといってもよいかもしれない。66~70年の第一次ユダヤ戦争でローマに反抗する。

 これらの人々にとっての「救い」の意味は異なっていた。
サドカイ派:神殿で盛大な生け贄の礼拝を行うこと
ファリサイ派:律法を完璧に守ること
エッセネ派:厳格な宗教生活をおくること
ゼロタイ:ローマとの戦いに勝利すること
地の民:貧困・病苦・圧政から解放されること
 つまり、当時の時代思潮は、ローマ支配へのフラストレーションが強まり、貧富の差が拡大し、民族主義の機運が高まっていたといえる。ヨハネの黙示録の第6章をこの文脈でみんなで読んでみた。子羊が巻物の封印を解く話である。

「わたしは四つの生き物の間から出る声のようなものが、こう言うのを聞いた。小麦は1コイニクスで1デナリオン。大麦は3コイニクスで1デナリオン。オリーブ油とぶどう酒を損なうな」

 これは6・6で、七つの封印のうち第三の封印を開くときの話だ。よくわからないが、飢饉が起きるという話のようだ(損なうなとは飢饉に備えてとっておけという意味なのかもしれない)。ちなみに、コイニクスは量の単位で約1升、1.1リットルくらいで、1日分のパンの配給量らしい。1デナリオンは1日分の労賃だという。また、神殿税は年2デナリオンで、1/10税も課され(収入の1割の課税)、そのほか人頭税、徴税人への関税もあったという。軍隊は千人隊が5隊ユダヤに駐留していた(つまり5000人の部隊)という。
 イエスはこういう環境の中で宣教を始めたのである。武力に頼らず、かといって静寂主義にも陥らない宣教の道を模索し、歩み始めたのであろう。

 以上がS氏の講演の要約である。わたしの視点からの要約なので不正確な点があるかもしれない。この後感想が話し合われたが、雑談会になってしまった。といってもそこでの話題は興味深いものだったので、少し私見を交えて紹介してみたい(注4)。

注1 ポンティオ・ピラトはイエスを処刑したので嫌われるが、実はかれの歴史的・宗教的評価は難しいらしい。かれはイエスを十字架につけるためにユダヤ人に渡したが、後にユダヤ人の暴動を抑えきれずにローマに戻され、自殺したとも言われる。評価が定まってはいないということなのであろう。
注2 ここでは、社会階層、社会階級という言葉を使っているが、社会学風の厳密な定義には従っていない。
注3 士師と預言者、祭司と律法学者の違いは大事だ。といっても実際には区別は難しかったのかもしれない。
注4 雑談会ではおもに二つの話題が出た。一つは最近の司教団の人事異動の話。もう一つはカトリックのカミングアウトの話。
 最近の日本の司教団は大分構成が変わってきたようだ。司教団は現在18名だという。菊池大司教が岡田大司教にかわって東京大司教区の大司教になり、大阪教区の前田大司教が枢機卿に任命され、大阪教区の補佐司教にアベイヤ師、酒井師が任命され、さいたま教区の司教に山野内師(サレジオ会の現管区長)がやっと決まった。司教団は高見・前田・菊池体制となり、路線に少しは変化が生まれるのではないか、という話題になった。正平協路線にひきづられた岡田大司教の時代は終わったことになる。東京と長崎の確執が残るとはいえ、日本の司教団は新しい時代に入りつつあるようだ。日本のカトリック教会も徐々に変わっていくことであろう。特に大阪教区の補佐司教になられた酒井師はオプス・デイの司祭ということで、ひとしきり属人区のことが話題となった。この学びあいの会にはオプス・デイに非常に近い方もおられるし、距離をとっておられる方もいるが、なにせ皆高齢者なので話し合いは穏やかなものだった。現在、日本の教会が変わろうとしているのではないかという認識では共通していた。日本のカトリック教会にとって大きな歴史的区切りになるのかもしれない。
 カミングアウトの話は面白かった。自分がカトリック信者であることがどこまで知られているか、という話だった。カミングアウトをアカデミックに議論し出すとキリが無いだろうが、ここではマイノリティ集団の自己公表という程度の意味で使っていて、キリスト教はマイノリティだからカミングアウトすると言ってもおかしくないのではないか、という話だった。自分が信者であることはみな「聞かれれば答える」という程度で、職場や近隣でわざわざ言って歩いてはいない、これじゃ宣教にもならないね、という話であった。子どもに信仰を伝えていくのですら一苦労なのに、人様にまで、という発言には皆さん苦笑されていた。実際にはこの学びあいの会にこられる方々は古くからの信者一家の方々ばかりである。カトリック信者の総数が徐々に減少しつつある現状の中で、ミッションスクールと家庭で細々と信者の再生産をしているだけでは縮小再生産になって了うのは致し方ないのかもしれない。もっとカミングアウトしましょうよ、で雑談は終わったが、さてさて高齢者のわれわれはもう世間が狭すぎる。

 

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イスラエルの歴史とイエスの周辺世界(Ⅱ)(学びあいの会)

2018-07-25 15:36:55 | 神学


Ⅱ イスラエルの歴史(旧約聖書から)

 古代イスラエルはざっと2000年の歴史を持つが、第二次ユダヤ戦争(AD132~134)で敗れて完全に消滅する。滅亡してディアスポラ(Diaspora 離散とでも訳すか)となり、なんと1800年間世界を流浪する。約1800年後、第二次大戦後の1948年のイスラエル建国まで国を失う。イスラエルの歴史は、初期(族長時代)、中期(王国の時代)、後期(他国支配の時代)の三期に分けることが一般的らしい(注1)。

(1)初期 ー 族長時代(注2)

<創世記>
 創世記は、天地創造の話に続いて、カインとアベルの話(兄弟殺し)、ノアの箱舟(洪水物語)、バベルの塔の話、など、殆ど伝説上の話が書かれた後、具体的な歴史の話が始まる。アブラハムの話が出発点だ(新共同訳なら11・27、フランシスコ会訳なら第二部)。アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフと話が続く。アブラハムは紀元前1850年頃、神から祝福と使命を受けカナン地方に移住する。イスラエル民族の祖とされ、あらゆる信仰者の父と呼ばれる。ヤコブには12人の息子がおり、イスラエルの12族の祖とされる。なかでも、ヨセフは、兄弟たちの策略でエジプトに売られ、やがてそこで出世する。カナン地方が飢饉に遭ったとき、ヤコブの一族はエジプトへ移住する。イスラエル民族はこうしてエジプトに住み着くが、400年間にわたり隷属状態となる。

<出エジプト記>
 出エジプトは、イスラエル民族にとって最も重要な出来事であり、宗教体験であり、ここからユダヤ教は成立する。
 イスラエル民族は、エジプトで400年間を過ごす間に人口が増え、エジプト人はイスラエル人を恐れて圧迫し始める。やがてモーゼが現れ、奴隷状態のイスラエル人を救う使命を神から授かる。神は自らの名を「わたしは、あるという者だ」と告げる(注3)。ファラオとの交渉、10の災い、過越の経緯、エジプト脱出の話が続き(注4)、紅海を渡り、40年間荒野をさまよい、マナ(聖体の前兆)の話があり、やがてシナイ山での契約(十戒)が語られる。
 この40年間の荒野のさすらいがユダヤ人を鍛え上げていく。

<レビ記>
イスラエルの民の中で守られてきた律法や規定をまとめたもの(注5)。典礼規定集のような性格をもつが、バビロン捕囚後にまとめられたものという。

<民数記>
 シナイ山を出て、40年間荒野を旅し、約束の地カナンに入るまでの記録。この旅のあいだに不信仰と反逆が繰り返される。なお、民数とは Numbers で、民数記は英語では The Book of Numbers だ。二度行われた人口調査を意味している。

<申命記>
 約束の地を前に、モーゼがおこなった三つの説教。モーゼの遺書といえる。なお、「申命」とは漢文の素養が無いとわかりづらい言葉だが、英語では Deuteronomy で律法の写しという意味らしく、ヘブライ語では「言葉」という意味らしい。漢字では単純に命令を繰り返し申しわたすと理解しておいてよいのではないか。ここまでがいわゆるモーゼ五書である。

<ヨシュア記>
 モーゼの後継者ヨシュアによるカナン攻略の記録。モーゼはヨルダン川を渡れなかったが、ヨシュアは長い戦いの後ようやくカナンの地に住み着く。

<士師記>
 ヨシュア以降の150年間にわたるイスラエルの民の労苦に満ちた生活の記録。士師とは裁判官のことで、英語訳ではJudges。この時代はまだ王国は成立していない。つまり王はいない。かわりに士師たちが秩序を維持していた。逆に言えば、王国が成立すると、士師の出番は無くなる(注6)。

(2)中期 ー 王国の時代

<サムエル記・列王記>
 サムエルはイスラエル最後の士師で、最初の預言者ともされる。
サウルはイスラエル最初の王。
ダビデはイスラエル王国を統一し、エルサレムを首都と定めた。イスラエル最高の王であり、王の理想像とされる。
ソロモンはダビデの子で、イスラエルの絶頂期の王。神殿を建設する。
 だが、ソロモンの繁栄は長くは続かず、その子の代になると、北イスラエルと南ユダヤ王国に分裂する(BC935)。やがて、北イスラエル王国はアッシリアにより滅ぼされ(BC722)、南ユダヤ王国はバビロニアにより滅亡され、バビロン捕囚となる。ここに王国時代は終わりを告げる。
 王国時代は預言者の時代でもある。預言者(注7)とは、神の言葉を代弁する人々のことだ。王が神の意志を体現しないから、神に選ばれた預言者が出て王を批判する。

(3)後期 ー 他国支配の時代

 紀元前587年のバビロン捕囚以後、(ハスモン王朝の100年間を除いて)、イスラエルは常に他国の支配を受けることになる。イエスは、ローマ支配の時代に生まれる。

BC687~537 バビロン捕囚(新バビロニア)
BC538 キュロスの勅令(アケネメス朝ペルシャ帝国のキュロス二世 ユダヤ人の解放)BC333 マケドニア アレクサンドロス大王の支配
BC323 エジプト プトレマイオス朝の支配
BC200頃 シリア セレオコス朝の支配
BC163~BC63 ハスモン朝 (マカバイ記 ダニエル書)
BC63 ローマ ポンペイウスによる征服
BC37~4 ヘロデ大王の支配
AD6 イスラエルがローマの直轄領となる
AD66~70 第一次ユダヤ戦争(神殿壊滅)
AD73 最後の砦マサダ(熱心党 『ユダヤ戦記』)
AD132~134 第二次ユダヤ戦争(イスラエル消滅)
AD1948 イスラエル建国 (注8)

 このように、イスラエルはバビロン捕囚後、バビロニア・ペルシャ・エジプト・シリア・ローマによって支配された。(唯一の例外はハスモン朝)。この中で独特な思想が生まれてきた。
①メシア思想 イスラエルは神の選民なのにこのような苦難に遭うのは神に従順でなかったからである。だが、メシアが現れ、民族をこの悲惨な状況から救ってくれるという思想が高まる(イザヤ書)。
②終末思想 悲惨な現状からの脱却として終末への期待が高まる。
③黙示思想 黙示文学が栄える(ダニエル書など)
④律法主義 エルサレムの神殿を失うと、異国で神殿での礼拝の代わりに律法の遵守が重視される。ここに律法学者が生まれる。王がいないため預言者も稀になり、代わって律法学者が指導権を持つようになる。
⑤ヘレニズムの影響 特にシリアのセレイコス朝はヘレニズム思想を強制したため、軋轢が生じる(マカバイ書、ダニエル書などの殉教物語)。

 このような思想的背景の中で、さまざまなメシア像が生まれる。メシアはダビデの家系から出るとか、メシアは預言者であるとか、祭司であるとか、終末の審判者であるとか、政治的解放者のことだとか、いろいろなメシア像が登場する。死者の復活とか、最後の審判、とかいう思想もこの時代の産物だという。

 少し長くなったので、イエスの時代背景については次稿でまとめたい。

注1 旧約聖書の分類で、よく使われるのは、モーゼ五書・歴史書・智恵文学・預言書というもの。歴史書はヨシュア記からマカバイ記まで、知恵文学はヨブ記から哀歌まで、預言書はイザヤ書からマラキ書まで、とされることが多い。これは内容から見た分類なのだろうが、実はわかったようでわかりづらい分類だ。特に、歴史という視点からみるとわかりづらい分類である。
 旧約聖書にはわれわれにはなじみのない人名や地名がずらずらとでてきて、初めて聖書を読む人は戸惑うどころか呆然としてしまう。だが考えてみれば、古事記でも日本書紀でも、われわれが字も読めない、発音もできない神々がずらずらとでてくる。慣れるまではわかりづらいという点では同じだと言ったら、日本史の専門家に叱られるか。
注2 族長(patriarch)とは宗教用語で、社会科学で使う部族(tribe),氏族(clan)の長という意味ではない。族長とは古代イスラエル人の始祖を指す言葉で、現在では、意味を狭くとり、アブラハム・イサク・ヤコブ・ヤコブの12人の子どもたち・ダビデを指すという。
注3 この「あるという者」という日本語の訳語は定着しているわけではなさそうだ。聞くところによると、今年暮れに出版される予定の新しい「共同訳」ではアッと驚く訳語になるという。楽しみである。
注4 これを祝って過越祭が生まれる。ユダヤ教の三大祭りは過越祭・5旬節・幕屋祭だが、幕屋祭はキリスト教には引き継がれなかった。なお、「過越」とは日本語としてはクリスチャン以外にはなじみがない言葉だが、英語ではPassover。キリスト教では重要な典礼であり、正確な理解が必要だ。といっても広辞苑ですら、「祖先のエジプト脱出を記念する春の祭り」とあるだけだ。ちなみに、過越祭は大麦の穂が出る春の祭り、五旬節は小麦の刈り入れの時期(日本なら入梅の頃)、幕屋祭は秋の収穫祭だった。過越祭はやがて復活祭につながっていく。
注5 律法とはLawのことで、法律と訳してよいのだが、ギリシャ語ではnomos, ヘブライ語ではトーラ。狭義ではモーゼ5書を指すので、「神の命令」という意味で律法という訳語を使うようだ。日本語では律法という言葉はこれ以外の意味で使うことはまず無い。
注6 字がまぎらわしいが、日本史で使う「土師」(はじ)とは全く関係が無い。土師器とは弥生土器の一つ。
注7 当たり前すぎて言及するのも気が引けるが、預言者は予言者ではない。預言者とは神の霊を受けて神の言葉を代弁する人々のことを指し、広義ではアブラハム以下の人々を含む。だが、狭義では王国時代に現れ、王を批判した人々のことを指すことが普通である。特に王国分裂後に登場した人々で、北王国で言えば、エリア・エリシャ・ミカヤ・アモス・ホセア、南王国ではイザヤ・ミカ・ハホム・ゼファニ・ハハバクク・エレミヤなど。バビロン捕囚期にはエゼキエルや第二イザヤ、捕囚後にはハガイ・ゼカリヤ・オバデヤ・マラキ・ヨエルなどが現れる。旧約聖書には彼ら預言者の言動が事細かに記されている。かれらによれば、本来イスラエルは神に選ばれた民として、選民として、恵まれた境遇にあるはずなのに、実際には苦難の連続である。その理由は王が神に忠実ではなかったからだと考えられてきた。預言者が王を弾劾するのは大体次の二点だ。①神への不忠実、具体的には偶像崇拝をする。②非人道的な不正行為をする。王国崩壊後も預言者は登場するが、批判の対象は神の命に従わない民にも向かう。
注8 これはイスラエル寄りの表現で、パレスチナ側からはまた別の表現があるだろう。

 

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イスラエルの歴史とイエスの周辺世界 (学びあいの会)

2018-07-24 20:45:56 | 神学

 今月の学びあいの会では「聖書を正しく理解するために」と題して、カテキスタのS氏の講演があった。教義というよりは歴史の話であった。話題は多岐にわたっていたので正確な要約は難しいが、私の理解にあわせてまとめてみたい。カト研の皆様にはお恥ずかしい限りだが、わたしは「聖書百週間」すら満足に卒業できていない。私には荷が重すぎる課題であることは重々承知の上で、勉強と思ってご報告してみたい。

Ⅰ イスラエルを導く神

 「啓示憲章」によると、聖書には神の人類救済の計画が記されているという。その主張は次のようにまとめられるという。
「神は、ご自身のいのちの交わりに参与させる意向を持って人類を創造された。原罪による人類の背きにもかかわらず、神の計画は変わらない。神は、ひとり子イエス・キリストをこの世に送ることによって、この計画を実施しようとされた。その準備としてイスラエル民族を呼び集められた。イスラエル民族の歴史、即ち、旧約の歴史は、救世主イエス・キリストが、この世に現れるための準備期間である」。
 ところで、啓示憲章とは、第2ヴァティカン公会議(1962-1965)が公表した文書の中で最も重要な4つの憲章の一つだ。その 四つの中でも、この啓示憲章はほかのすべての憲章、教令、宣言の基礎になっている。
 啓示憲章とは、『神の啓示に関するの教義憲章』の略称で、原題はラテン語で、Constitutio Dogmatica de Divina Revelationeというらしい。これはこの憲章が「神の言葉」(Dei Verbum)という表現で始まるので、 そのラテン語の『デイ・ヴェルブム』、またはその頭文字を取って、DVと呼ばれることが多いようだ。「 神の言葉」こそ、公会議のあらゆる発想の基礎となるべきものだから、憲章の中で最も重要なものとされているようだ。

 この憲章の訳文はカトリック中央協議会からでているが、あまり読まれてはいないようなので少し見てみよう。和田幹男氏がこの憲章を新たに訳出しているのでこちらをみてみよう。
まず目次だ。

啓示憲章の目次
序言 (第1項)
第1章 神の啓示そのものについて(第2-6項)
神の啓示とは何か、啓示が目指すのは何か、啓示の方法(第2項)
キリストによる啓示のための準備:自然による啓示とイスラエルの歴史による啓示(第3 項)
啓示の完成としてのキリスト(第4項)
神の啓示に対する人間の応答としての信仰(第5項)
啓示が明らかにする真理について(第6項)
第2章 神の啓示の伝達について(第7-10項)
キリストにおいて完成した啓示の伝達を担うもの(第7項)
聖なる伝承の本質(第8項)
聖なる伝承に中で聖書とは何なのか(第9項)
伝承と聖書の相互関係および教会に対する両者の関係(第10項)
第3章 聖書霊感と聖書解釈について(第11-13項)
聖書霊感とは何か、その結果としての聖書の真理性(第11項)
いかに聖書は解釈すべきか、その原則、全聖書の統一性(第12項)
神の「へり下り」(第13項)
第4章 旧約聖書について(第14-16項)
イスラエルの歴史による啓示と旧約聖書(第14項)
キリスト教徒にとっての旧約聖書の意義、旧約聖書の不完全性(第15項)
旧約聖書と新約聖書の相互関係(第16項)
第5章 新約聖書について(第17-20項)
新約聖書の優越性(第17項)
福音書の優越性と使徒的起源(第18項)
福音書の歴史性(第19項)
福音書以外の新約書の重要性(第20項)
第6章 教会の命における聖書(第21-26項)
教会にとって聖書は何か(第21項)
聖書の翻訳(第22項)
聖書釈義家の任務(第23項)
神学における聖書の重要性(第24項)
聖書を読むべきこと、またいかに読むべきかについての勧告(第25項)
結び (第26項)

 この目次を眺めているだけでいろいろな思いが湧いてくる。この第二バチカン公会議の啓示憲章は幾度も修正、書き換えがおこなわれた、いわば曰く付きの憲章だと言われる。すんなり通ったものではなかったらしい。つまり、この憲章はすぐれて「救済史」的視点に貫かれているところに特徴があるのだという。啓示とは神が自らを人間に啓く(ひらく)ことを意味する。つまり、真理が神によって人間に示されることを意味する。この憲章は聖書が単に教理の集積ではなく、キリスト者の生活を支える源であると強調している点が最大の特徴と言えそうだ。
 例えば、和田氏は第2項を次のように訳されている(参照は省略している)。

第2項
 神は、その慈愛と英知をもってご自身を啓示し、 ご自分の意志の秘義を明らかにすることを喜びとされた。 この秘義は、受肉した御言葉であるキリストをとおして聖霊において御父に人間を近づかせ、 神の本性に与らせるものである。 それゆえ、この啓示によって見えない神 がその愛のあふれから人間に友として語りかけ、 会話を交わされるのであり、こうして人間をご自分との交流に招き、受け容れようとされる。
 啓示のこの営みは、相互に内的に関連する仕草と言葉によってなされた。 このように救いの歴史の中で神によってなされた働きは、教えを、また言葉によって意味される事柄を示し、 確証する一方、言葉はその働きを告知し、その中に含まれる秘義を明らかにする。 この啓示によって、神について、また人間の救いについて深い真理がキリストにおいてわたしたちに輝く。 キリストは、すべての啓示の仲介者であると同時に、充満だからである。

 この訳の方がわかりやすい印象がある。聖書を正しく理解するとは、啓示を神の言葉として理解することだと言っているようだ。伝統的な聖書観を持つ人々からはすぐに反論が出そうな視点だが、これが第二バチカン公会議以降の現在のカトリック教会の立場と言って良い。
 イスラエルの歴史の話は次稿にゆずりたい。

 

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