事件記者のページ

遠い昔のTV番組を再現しようというムチャな試み

映画版「第七官界」

2010-09-24 15:25:48 | 映画

尾崎翠フォーラムにちゃんと紹介されていた、何かえらくややこしいい構成で、現在の読者と作者の生涯と小説世界が錯綜するというものらしい、これを書いてるヒトは台本作者本人じゃないが、まさか見ないで解説してるということはないと思う-で肝心なのは物語世界の説明

詩人を夢見る町子が、共同生活をしている従兄弟たちの家事手伝いのため上京する。町子は「私はひとつ、人間の第七官にひびくやうな詩を書いてやりませう」という感覚少女だ。従兄弟たちもコケを実験栽培したり、コミック・オペラを作曲したりで、純粋さゆえややクレイジーな彼らの論争は絶え間がない。ところが「恋愛」に成功するのは栽培されたコケだけで、人間はすべて片思いや失恋ばかり

そういう設定だったのだ、男三人が兄弟で町子は従妹、いや、そうであっていかんことは別にないんだね、年上の二人は自分の兄貴だと町子が地の文で言ってるだけで、「お兄さん」というセリフはないし(そもセリフがほとんどない、それに従兄を「お兄さん」と呼んでいけないわけでもない)、兄貴の一助も町子を「家の女の子」と言ってる(つまり「家の妹」と言わない)、三五郎が隣の少女と仲良くなると町子は一助の部屋に入り浸る(三五郎から一助に乗り換えたと見えないこともないというかそう考えた方がわかりやすい)、三五郎の「ジャックは赤毛のメリーに恋してる」という歌はオリジナルのメロディー、つまり彼が自分で作ったものでしかありえない(だってそんな歌実在しないんだから)
映像化のための微妙な改変、だが愛読者にとっては大問題・・・かなあ、よくあることじゃん?

映画製作者のHPはこちら、この映画のパンフというのがまたなかなかに興味深いモノで本体見なくてもこれだけは読みたくなるんだが、いかんせん売り切れだそうである、ヤフオクに出てないかしらん?(修辞疑問、答えは聞いてない)

INTERVIEW
「尾崎翠と稲垣足穂は、すごくハイカラなの」(矢川澄子)
「ふっと性を超える瞬間があって」(加藤幸子)
MESSAGE
「“変な家庭”の永遠の妹、小野町子」(塚本靖代)
「『尾崎翠』再評価の流れと『少女論』」(塚本靖代)
「お散歩、漫想家の領土を」(山崎邦紀)
「第七官界との出会い」(響まりあ)
尾崎翠・略年譜

伝え聞くところでは、この(98年)後ほどなくして矢川さんと塚本さんが亡くなられたとのこと、何てレアで縁起の悪いパンフなんだ(よけいだったかな?「嵐の四兄弟」を思い出してちょっと言ってみたかっただけなんだが)