
私は19歳だったが、その頃ですらこれはロマンチックというよりノー天気な歌だと思っていた(と思う)、結婚したら何があるかわからない、こんなふうに誰からも祝ってもらえない状態で単身敵地に乗り込むような嫁き方して大丈夫か、セーフティネットはずして綱渡りを始めるようなもんじゃないか(これは今考えた)
私の推測によれば(したがって絶対当たってないだろが)、作者のアタマにはこのちょっと前(確か昭和42年)に放送された朝のドラマ「旅路」があったのじゃなかろうか、これは珍しく若い男の子(横内正)が主人公で、北海道の余市(だったと思う、違ったらゴメン)=海辺の町に住んでいる、奥さん(日色ともえ)は紀州のヒトで(どうやって知り合ったのかは見てなかったから知らない)ある日たった一人で嫁いで来た(らしい、ここもリアルでは見てなかった)のである、彼が主人公なので彼女は未亡人になる(これ朝のドラマでは実にしばしばある設定)こともなく、そらまあドラマだから様々な波乱があったとは言え、二人仲良く老人になって孫も生まれ、めでたくハッピーエンドを迎えたのだった、かなりノー天気なドラマ、ま、朝だからいっか、因みに原作もモデルもない完全オリジナル台本(by平岩弓枝)というのはこの年が最初、視聴者のリクエストでストーリーが作者の予定と変わったこともあったり、それだけ多くのヒトた見てたということなんだろね、のどかな時代だった・・・・・・
てなことはさておいて、こんな設定のドラマもあったあの頃、「普段着で一人夜汽車に乗る花嫁」のイメージはさしたる違和感がなかったのだ
というわけなので津原さんのダブルミーニング的解釈には「へえっ」と驚いた次第(前の記事でリンクした「日高川」読んでね)、私は、もしそう聞こえるとすれば北山の詩がいまいち舌っ足らずなせいじゃないか、特に「ノギクの花」というのはお葬式を連想させるかな-とか思ったのだが、こうしてみると年代の差、あるいはセックス(いやジェンダー?)の違いだろかという気もする
考えてみれば「花嫁」の未来が後追い心中で終わるのと、不幸な結婚生活が延々続くのと、どっちが悲劇だかわかったもんじゃないよね