担当授業のこととか,なんかそういった話題。

主に自分の身の回りのことと担当講義に関する話題。時々,寒いギャグ。

ベクトルの積。(続)

2012-04-20 16:03:19 | mathematics
少し考えをめぐらせてみたら,すでに自分はこの手の話をよく知っているはずだったということに気付いた。
すぐに気付かなかったのは,実に迂闊であった。

まず,ベクトルの和の演算と相性の良いベクトルの積というものが,そもそもあり得るのかどうか,簡単な例を調べてみようと思いついた。

始めに,最も簡単なケースである,1次元ベクトル空間,つまり実数の集合はどうかと考えてみた。
そもそも実数の和と積の間に成り立つのと同じ関係を保ったベクトル同士の和と積はあるか,という問題設定なわけであるから,1次元ベクトル空間にはちゃんと分配則などを満たす和と積が存在する。

そこで,次元を一つ上げて,2次元ベクトル空間に積を導入してみてはどうかと考えた。すると直ちに複素数の積がまさにそれではないかと気付いた。

ということは,複素数の拡張が4つの単位元を持つ Hamilton の4元数であって,3つの単位元を持つような拡張は Hamilton がさんざん試みたあげく,ついに失敗に終わったという史実を思い起こせば,3次元ベクトル空間における「積」は存在しないという可能性が高まる。おそらくそれは証明されているはずのことである。

4元数は数年前から興味を持ち続けているものの,まだちゃんと勉強していない。
それはともかくとして,4元数というものの存在を知識として知っていながら,肝心なことを理解できていなかったことが,今回露呈してしまったわけである。

ついつい「4元数は複素数を拡張したもの」という風に複素数だけと結びつけて覚えていたが,ベクトルとみなせるという大事な視点を見落としていた。3次元ベクトルに対する「積」を見出せという問題は,Hamilton の夢そのものといってよいと思われる。うっかり Hamilton と同じ苦しみを味わうところであった。あぶないあぶない。

そんなわけで,ベクトル空間に実数と同じように和と積が定義できるのは1次元と2次元の場合のみであって,3次元以上では不可能だというのが真相であろう。

ここにも2次元以下と3次元以上の間に線引きがなされるわけである。

ミレニアム問題として懸賞金がついている Navier-Stokes 方程式の問題も,2次元で言えることが3次元でも成り立つか,というものである。

Banach-Tarski のパラドックスも,2次元では生じない,3次元以上で現れる不思議な現象である。

量子基礎論で有名な Kochen-Specker の定理もそうである。

こんな風に,2次元以下と3次元以上では本質的に様相が異なることが非常に多い。

それは何故なのか,すっきり解明することはできないかもしれないが,最近気付き,一生追い続けて行きたいと思うようになったテーマの一つである。

回転行列の可換性・非可換性が鍵を握っているのではないかという漠然とした予感はあるのだが,それすらも何がしかの根源的な差異の現れに過ぎないのかもしれない。今のところ,それ以上のアイデアは持ち合わせていない。たくさんの事例を収集して,共通の構造を見出そうと努める,という方針で取り組もうとは考えている。ひょっとして Poincare 予想もこういう話と関係が深いのかもしれない。

かっこよく言えば,『次元の深み』が大きな研究テーマの一つである。


なお,ベクトルの積の拡張については,どうやら Clifford 代数という分野で盛んに研究されているらしい。Clifford 代数は全く知らないので,勘違いかもしれないが。


ところで,この記事を書くにあたり,すでにブログに書いたネタかどうかが気になったため,mathematics カテゴリーの記事をざっと見直してみた。
せっかくそういう作業をしたので,これまで外積や内積に関して書き綴ってきたことをここにまとめておくことにする。

ベクトル解析の立役者として,Grassmann, Hamilton, Gibbs の他に,Heaviside の名も忘れてはならないという備忘録を書いたことがある。この手の話は太田浩一氏の電磁気学関連の著作に詳しく書かれている。

内積と外積がどれくらい掛け算ぽいかについて,逆演算,すなわち割り算という観点からの分析を試みたこともある。ベクトルに関する講義を行う際にいつも思い出す定番の問題なのだが,考察した結果を内積編外積編とに分けてまとめた。例によって考察は中途半端な状態で滞っているが。

その他,外積を特徴付けるような公理系について考えをめぐらせたこともある。
しばらく後に,そこで行ったような考察は Lie 代数と呼ばれる分野ですでになされていたのではないかということが判明した。

そこで考察は一旦中断されたが,半年以上経って,Lie 代数に関するおぼろげな記憶を頼りに変なことを考え始めた。考察を進めた結果,Lie 代数の公理系の再発見まであと一歩のところまで来ていたようである。
しかし,Lie 代数の公理系をきちんと調べず,Jacobi の恒等式を出発点に入れていたなぁ,という程度のおぼろげな記憶だけを頼りに考えていたことの限界が訪れてしまった。
どういうことかというと,Lie 代数の公理系は

[u,v] は u と v に関する双線形形式であり,これは [u,u]=0 と Jacobi の恒等式
[u,[v,w]]+[v,[w,u]]+[w,[u,v]]=0
を満たす

というものだが,このような述べ方からも想像がつく通り,ベキ零の性質 [u,u]=0 と,Jacobi の恒等式の成立とは独立である可能性が高い。にもかかわらず,当時の僕はベキ零の性質から Jacobi の恒等式が導けないかと考え,挫折していたのである。
もちろん,ベキ零の公理と Jacobi の恒等式の公理が独立であると断言するには証明が必要となる。それにはベキ零の公理を満たすが Jacobi の恒等式を満たさないような反例を一つ構成すればよい。今のところ具体的な反例は思いつかないが,いずれ何かの本で見かけるか,自分で思いつくかしたら報告したい。
ちなみに,[u,v] の双線形性とベキ零の性質から反対称性 [u,v]=-[v,u] を導く証明は,Lie 代数の公理を知ったときにはわからなかったが,半年後の自分には解けたようだ。

また,複素数を実2次正方行列で表す方法にヒントを得て,4元数の行列表示を得ようと考察したが,未だに自力での解決はできていない。というか,すっかり忘れていた。

ベクトルの積に関連した僕のブログ記事は,ざっとこんなところである。
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ベクトルの積。

2012-04-20 13:57:53 | mathematics
普通の掛け算と同じ性質をもつようなベクトル同士の掛け算は定義できないものだろうか。

気分を出すため,"×" という記号を使うことにするが,いわゆる外積とは別物のつもりで使用することにする。

例えば,積は可換であって,A×B=B×A が成り立つ,とか,結合則 (A×B)×C=A×(B×C) が成り立つ,などである。外積は,いきなりこの2つからして成立しない。

あと,A×I=A が任意のベクトル A に対して成り立つような,一つの決まったベクトル I (単位元)があったり,A×B=I となるような「逆数」に相当するベクトル B があって欲しい。

こんな都合の良い性質を満たす「ベクトルの掛け算」は果たして本当にあるのだろうかと疑問に思ったが,実は,ここまで書いた性質をすべて持つ演算は実際にあるのである。

それは,ズバリ,通常の「ベクトルの加法」である。上の式で "×" の記号を少し傾けて "+" にし,I をゼロベクトルのことだと思えば,どの性質も満たされていることがただちにわかる。

そういうわけで,考えたい問題をもっと正確に述べれば,「ベクトルの加法とは実質的に異なる乗法を定義できるか」ということになる。

そしてもちろん,先住民である加法とは,次の分配則で結びついていてもらいたいのである:

A×(B+C)=A×B+A×C.


ところで,通常の数(実数や複素数)の和と積は,分配則の観点から見ると平等な扱いではない。
つまり,

a×(b+c)=a×b+a×c

という「積の和への分配則」はあるものの,これの双対に該当する,積と和を入れ替えた分配則

a+(b×c)=a+b×a+c

は成り立たない。そもそもこの式はちょっと曖昧かもしれない。つい,「掛け算を足し算より先に計算する」という広く使われている計算の優先順位を意識しないで書いてしまったが,

a+(b×c)=(a+b)×(a+c)

とすべきであった。

つまり,なぜだかよくわからないが,「和の積への分配則」は成立しないのである。


このように,通常の数の和と積は完全には対等ではなく,少し対称性が崩れている。それに対し,集合の演算は完全に対称性を保っている。

分配則は

∩の∪への分配則:A∩(B∪C)=(A∩B)∪(A∩C),
∪の∩への分配則:A∪(B∩C)=(A∪B)∩(A∪C)

の両方が成り立つのである。

最近,ようやくこのような違いに気がついたのだが,それがこれらの代数同士の間でさらにどういった違いを引き起こすのか,すごく興味が出てきた。

あとは,そうねぇ,零元と単位元の間でたくさんの要素が枝分かれして連なっている「束 (lattice)」も面白そうな気がしてきた。


ベクトルの積に話を戻すと,通常の和と合わせて体をなすような積を見出したいのか,あるいは,集合演算とよく似た Boole 代数をなすような積を見出したいのかによって,「積」の意味が変わってくることに注意する必要があることに気付いたわけである。

とりあえず,今回の考察はそれでよしとしよう。
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