多変数関数へと微分の理論を拡張するということは,多変数の比例関係とは何かということを考えることへと繋がる。
現行の学習指導要領では小学6年で比例を習い,中学1年で y=ax という式で表してさらに詳しく取り扱うことになっている。そして中学2年で y=ax+b という1次関数へと拡張されるが,その直接の後継である微分の理論は高校2年までお預けとなる。ただしその間,主に理科の物理・化学分野で比例や1次関数が利用され続ける。
小学校で習う比例関係とは,
2つの量のうち,一方が2倍,3倍になると,それにともなって他方も2倍,3倍になる
という,2つの量の間の関係として規定される。これは中学1年で習う(小学6年でも習うが) y=ax という式を導き出すのには十分でも,多変数関数へ拡張するには足りない。
まずは1変数関数のとき,関数 f が,任意の実数 x と k に対して f(kx)=kf(x) を満たすならばある定数 a を用いて f(x)=ax と表せることを示そう。
その前に,f(kx)=kf(x) という等式が小学校で習った比例関係を素直に数式で表したものであることを確認しておく。小学生向けの表現をやめて,もっと正確に述べれば,
入力 x が k 倍されたとき,出力は f(x) の k 倍になる
というのが比例の性質である。k 倍された入力は kx と表され,それに対する出力は f(kx) であるから,これが x を入力したときの出力,すなわち f(x) の k 倍になるということは,f(kx) と kf(x) とが等しいということに他ならない。このように考えて f(kx)=kf(x) という等式が得られたのである。
さて,実数 x はいつでも x・1 という積に分解することができる。同じ文字 x を使っているので話がややこしくなるが,先ほどの f(kx)=kf(x) という等式において,k を x,x を 1 に置き換えれば
f(x)=f(x・1)=xf(1)
という等式が成り立つことになる。ここで f(1) というのは定数 1 が入力されたときの関数の出力であるから,もちろん定数である。そこでそれを a とおけば
f(x)=xf(1)=xa=ax
となり,小・中学校で習った式が確かに導かれた。
なお,中学2年で習う1次関数は,
x が a から b へと変化したときの関数 f の変化の割合が,a と b の値によらない定数である
というのが本質的な性質である。実際,値が一定である変化の割合を m とおくと,入力が 0 から x まで変化したときの変化の割合は x によらずに m に等しいから,0 と異なる実数 x に対して
{f(x)-f(0)}/(x-0)=m
が成り立つ。よって,
f(x)=mx+f(0)
であり,定数 f(0) を例えば n とでもおけば,これはいわゆる (y) 切片であって,
f(x)=mx+n
という,中学2年生のころから慣れ親しんでいる1次関数の式が得られる。なお,細かいことをいえばこの式は 0 と異なる x に対してのみ得られたものであるが,x=0 とおくと左辺は f(0),右辺も f(0) になり,やはり等号が成り立つので,そのことを確かめた上で,f(x)=mx+n があらゆる実数 x に対して成り立つ,と断定できる。
このように,1変数関数であれば小学校式の比例関係の定義で関数の具体的な表現を得るには十分であるが,2変数関数以上ではそうはいかないと思われる。
2変数関数を例にとって問題をきちんと定式化しておこう。何はなくとも,まず入力を2倍,3倍するとは具体的にどのような操作を指すのか,そこをはっきりさせておかねばなるまい。
例えばノートが3冊,鉛筆が5本の「新学期やる気セット」なるものが文房具屋で売られていたとすると,そのセットを2倍,3倍だけ買うということは,ノートの冊数と鉛筆の本数が同時に2倍,3倍と増えていくことを意味する。2変数関数の入力を2倍,3倍するというのもそのような意味の行為だととらえて,入力 (x,y) の k 倍を
k(x,y)=(kx,ky)
と定めることにしよう。これはベクトルのスカラー乗法(スカラー倍,実数倍などとも呼ばれる)に他ならない。
さて,2変数関数が小学校的な比例関数であったとすると,
f(kx,ky)=kf(x,y)
という性質だけを前提とするということとなる。このとき,f は具体的に x と y を用いたどのような式で表されるのだろうか。
それは本稿のメインテーマであるのだが,実はこのような問題があるということには本稿を書き進める途中で初めて気付いた。そして情けないことではあるが,今のところ答えが出ていない。
そういうわけで,問題を提起しただけで終わってしまったが,小・中学校を通じて比例関係は乗法的な関係,つまり f(kx)=kf(x) という関係のみが強調され,もう一つの重要な側面である加法的な関係
f(x+y)=f(x)+f(y)
について(おそらく)全く触れないというのが初等数学教育に対する僕の大きな不満だということだけ最後に述べて,筆を擱く。
追記 (11/9):この記事を書いた後,寝床でしばらく考えたら,例えば f(0,0)=0 であるが,(x,y)≠(0,0) ならば
f(x,y)=xy2/(x2+y2)
であるような関数 f など,f(kx,ky)=kf(x,y) を満たす関数(そういえば1次同次関数という風に言うんだっけか?)は無数にあることがわかった。本記事を書いているときにすぐにこの程度の例を思いつかないとはまだまだ未熟であることだなあ。