大学4年生の時に配属された研究室の先輩が,関数の導関数を表す記号 f′ のことを「エフ・プライム」と発音していた。
ちょうどその年だったか,もう少し後だったかは忘れたが,シュレーディンガーの下で学んだことがあるという伝説を持つ物理の先生が,「これはダッシュじゃなくてプライムですよね」と言ったのを聞いた。
そういう経験があったので,僕もその頃から「ダッシュ」派から「プライム」派に乗り換えた。
なぜ日本でプライムの記号をダッシュと読むのか未だに謎だが,もしかするとドイツ語に由来するのかもしれないと予想していた。
そして最近,その予想を確認する絶好の機会を得たのである。
アインシュタインが特殊相対性理論の論文を発表して間もない1906年に出版されたプランクの短いパンフレット
Das Prinzip der Relativität und die Grundgleichungen der Mechanik
の日本語訳に,「ダッシュをつけた」や「ダッシュをつけない」といった文言が見受けられたのである。
原論文はドイツ語であるから,プランクが本当に「ダッシュ」という単語を使用しているかどうかを確かめればそれが一つの証拠となろう。
100年以上前の文献なので,ネットで無償で公開されている可能性がある。
というわけで検索したのだが,Wikilivres というサイトで期待通りに閲覧できるらしいにもかかわらず,サイトがダウンしていてページが読み込めなかった。
しかし,その試みから二日目にしてようやく G○○gle のキャッシュを見るという技を思いつき,そうして確認したところ,
「ダッシュをつけた」は引用符付きで "gestrichene",
「ダッシュをつけない」も引用符付きで "ungestrichenen"
と書いてあった。
これでようやくドイツ語でも「ダッシュ」とは言わないことがわかったのである。
ちなみに,ge- や unge- は動詞につく接頭辞だったはずなので,strichen が本体であると考え,ネットのドイツ語・英語翻訳サイトで調べたところ,
英語で f′ を "f prime" と読むところ,ドイツ語では "f Strich" と読む
ということが判明した。つまり,′ という記号はドイツ語では Strich というらしいのである。
日本語の「ダッシュ」の謎は解明されてはいないものの,調査を一歩進めることができたので満足である。
他に可能性がある言語としてはフランス語が有力であるが,そちらは辞書で調べてみようと思う。
<追記>
この記事を投稿した直後にフランス語の Wikipedia のページを見たら,
「"f prime" と発音する」と書いてあった。
というわけで,フランス語でもない。そしておそらく prime はもとはラテン語だろうから,イタリア語やスペイン語も事情は同じと思われる。
藤原松三郎の微分積分学の教科書あたりではなんと書かれているのか,それも調べてみねばなるまい・・・。