電磁気学の理論によれば,空間に分布する電荷密度 ρ(r) が作る静電ポテンシャル(電位) φ(r) は Poisson 方程式
-Δφ(r)=ρ(r)
によって決定される(真空の透磁率といった物理定数は 1 とみなした簡易版である)。
これも電磁気学の教えるところであるが,空間内の微小領域 dy 内の電荷が位置 x に作る電位は ρ(y)dy/|x-y| であるから,電位はこれらすべての重ね合わせ(足し合わせ)
φ(x)=∫ρ(y)dy/|x-y|
として得られる。
この積分は,G(x)=1/|x| とおくと,
∫G(x-y)ρ(y)dy
という形をしている。このような形の二つの関数の積の積分を畳み込み積(合成積)と呼ぶ。Heaviside 流の微分演算子の正当化の一つである Mikusinski の演算子法では,この畳み込みが理論の中核を担っている。
ところで,関数のラベルにアルファベット G を用いたのは,偏微分方程式の解をこのような形に書き表した Green の名に由来する。積分と微分の順序交換ができるとすれば,
-Δφ(r)=∫(-ΔG(x-y))ρ(y)dy
ということで,これが ρ(x) に等しいということは,現代風に記せば
-ΔG(x-y)=δ(x-y),
すなわち
-ΔG(x)=δ(x)
ということである。ここで δ(x) は Dirac のデルタ関数であり,x=0 で∞,それ以外の x に対しては 0 という値を取り,全空間にわたっての積分は 1 という代物である。Green がこの手の理論を研究したのは19世紀の前半であるから,Dirac に先んじて約1世紀前には物理学者や数学者は暗にデルタ関数を使用していたことになる。デルタ関数は現在では例えば20世紀半ばに確立された Schwartz の超関数として数学の枠組みにすっかり取り込まれているが,Schwartz 自身は波動方程式の d'Alembert による解の表示を超関数の理論の出発点に取っていたそうであるから,期限はさらに18世紀にまで遡るようである。
ところで,上記の話は3次元空間が舞台であったが,次元を一つ減らして2次元平面に限定すると,Poisson 方程式の解の表示に用いる Green 関数は log|x| になる。
では,さらに次元を減らして 1 次元にしたらどうなるか。こんな基本的なことすら知らないことに我ながら驚きあきれたが,ちょっと考えてみることにした。
マイナスの符号は考えないことにして,要するに
G''(x)=δ(x)
となるような関数(もどき)G(x) が何になるかを考えればよい。それには両辺を x について 2 回積分すれば事足りる。
まず両辺を -∞ から x まで積分すると,G'(-∞)=0 とあらかじめ制限を課しておけば
G'(x)=∫xδ(y)dy
となるが,この右辺はデルタ関数の性質により,x<0 で 0,x>0 なら 1 となると解釈できる。つまり,右辺は「x=0 でスイッチオン」を表す Heaviside 関数 θ(x) に他ならないことになる。では
G'(x)=θ(x)
の両辺を積分すると,やはり G(-∞)=0 と約束しておけば
G(x)=[x]+
となる。ここで右辺は x<0 ならば 0 で,x>0 ならば x であるような関数である。
それでは2階常微分方程式のもっとも簡単と思われる方程式
y''=f(x)
の解について考えよう。言うまでもなく,この方程式の解は f(x) を2回積分したものであるが,上で求めた Green 関数 [x]+ を用いて書けば
∫x(∫yf(z)dz)dy=∫実数全体[x-y]+f(y)dy
となる。右辺の積分は積分変数 y が x より小さい区間と x より大きい区間に分割して考えれば,x より小さい区間のみが生き残り,
∫実数全体[x-y]+f(y)dy=∫-∞x(x-y)f(y)dy
となる。この右辺を x で2回微分すると確かに f(x) になることは理系の高校3年生の手ごろな練習問題である。
こうして「2回積分」を「1回積分」に書き換える公式が手に入った。[x]+ をさらに積分した関数を用いれば3回積分を1回積分で表す公式が得られ,それをさらに積分した関数を使えば4回積分を1回積分に書き換える公式が得られ,といくらでも続けることができる。これはちょうど微分演算子法で定数係数の線形常微分方程式を解く方法を解説した本を先日眺めていた際に Cauchy の補題として紹介されていた事実である。ちなみに,その補題を見たとき,微分積分学の基本定理といえる
f(x)=f(a)+∫axf'(y)dy
の右辺の積分を繰り返し部分積分することによって f(x) の a を中心とする Taylor 展開を得たという d'Alembert の技法(原亭吉『近世の数学』ちくま学芸文庫,p.341)を思い出した。超関数の話で連想した d'Alembert の名をここでも見かけるとは,妙なめぐり合わせである。
相も変わらず初等的な話をダラダラと述べ立てただけであるが,当人としては自分なりに知識を整理することができて満足している。