量子力学の多世界解釈の創始者,Hugh Everett III の元ネタの学位論文には,謎の measure なるものが登場する。
その measure はいわば加法的な関数であり,任意の 0 以上の実数に対して
m(a+b)=m(a)+m(b)
が成り立つことを要請される。
この有名な Cauchy の関数方程式は非常に詳しく研究されているが,Everett III は比較的あっさりと,m が比例関数,つまり,比例定数 c≧0 が存在して
m(x)=cx
と表せると述べている。
ところが,このように比例関数になると断言するためには,m に関する加法性以外にもなんらかの仮定が必要なのである。
それが欠けているのでここのところの議論は怪しいなと思ったのだが,Aczél の "Lectures on Functional Equations and Their Applications" (Academic Press, 1966) に,m が比例関数になるための十分条件がいろいろ載っていた記憶があったので見てみたところ,Chapter 2 の Theorem 1 として Darboux の結果がまとめられているのが目を引いた。いくつか条件が挙げられているが,とりわけ十分小さい正の数 x について m(x)>0 が成り立つこと,というものが今回役に立ちそうであった。
Gaston Darboux は19世紀後半のフランスを代表する数学者の一人であるが,その1875年に発表された論文 "Sur la composition des forces en statique" に,確かにそれらしき記述 (pp.283-284) が見られる。「それらしき」と書いたのは,フランス語なので僕にはよくわからないため判断がつかないからである。ただ,おそらくそこに述べられた証明は僕が考えた次の議論と全く同じと思われる。
非負の実数 x に対して定義された関数 f が,任意の非負の実数 x,y に対して
f(x+y)=f(x)+f(y)
を満たし,さらに任意の非負の実数 x に対して f(x)>0 を満たすと仮定する。
このとき,f(0)=f(0+0)=f(0)+f(0) であるから f(0)=0 となる。
また,f(1)=c とおくと,任意の正の整数 m および非負の実数 x に対し
f(mx)=f(x+...+x)=mf(x)
が成り立つ。したがって,任意の正の整数 n に対し,
f(x)=f(n・(x/n))=nf(x/n),
すなわち f(x/n)=f(x)/n が成り立つ。
これらを合わせると,任意の正の有理数 r=m/n(ただし m と n は正)および非負の実数 x に対し
f(rx)=f(m・x/n)=(m/n)f(x)=rf(x)
が成り立つことがわかる。
また,任意の非負の実数 x と y に対し,もし x≦y ならば y-x≧0 であるから,
f(y)=f(x+(y-x))=f(x)+f(y-x)
であることから,f(x)≦f(y) が成り立つ。つまり f は単調増加である。この単調性がポイントである。
さて,さきほどの議論から,非負の有理数 r に対して f(r)=f(r・1)=rf(1)=cr が成り立つことがわかっている。
任意の正の実数 z および任意の正の整数 n に対し,p<x≦p+1/n を満たすような正の有理数 p が存在する。実際,数直線に間隔 1/n の目盛を入れれば,任意の実数 x は二つの隣り合う目盛の間に落ちるはずなので,m/n<x≦(m+1)/n を満たす整数 m があることになる。このような m に対し,p=m/n とおけばよい。
このとき,0<x-p≦1/n であるから,f の単調性により f(x-p)≦f(1/n)=c/n が成り立つ。したがって,
cx-c/n≦pc=f(p)<f(x)=f(x-p)+f(p)≦c/n+pc<cx+c/n
となる。ゆえに,はさみうちの原理により,f(x)=cx であることがわかる。■
Darboux の定理の仮定だけを知って,しばらく頭の中だけで証明のあたりをつけたのだが,いざ紙に書き出してみると f(x-p) の処置に困って頓挫した。さらに考えたところ,f の単調性に気付き,どうにか最後までたどりつくことができた。
というわけで,多世界解釈の理論において measure は基本的に正の実数値を取るという,連続性よりも弱いが物理的に見てそれほど不自然ではない仮定を課せば,Darboux の定理によってその measure が比例関数であると自信をもって言い切ることができることがわかり,Everett III の議論に対する疑問は自己解決したのであった。
それにしても,僕ごときがいうのもなんだけど,みんなすごいね。いろいろ極めてるねぇ。
Maxwell が提示した関数方程式 f(x+y+z)=g(x)g(y)g(z) についても,自分なりに解いてみたことがあるが,Banach と Ruziewicz の共著論文を見たら自分の考察が全く甘くて結構へこんでいる。その話は,またいずれ。
その measure はいわば加法的な関数であり,任意の 0 以上の実数に対して
m(a+b)=m(a)+m(b)
が成り立つことを要請される。
この有名な Cauchy の関数方程式は非常に詳しく研究されているが,Everett III は比較的あっさりと,m が比例関数,つまり,比例定数 c≧0 が存在して
m(x)=cx
と表せると述べている。
ところが,このように比例関数になると断言するためには,m に関する加法性以外にもなんらかの仮定が必要なのである。
それが欠けているのでここのところの議論は怪しいなと思ったのだが,Aczél の "Lectures on Functional Equations and Their Applications" (Academic Press, 1966) に,m が比例関数になるための十分条件がいろいろ載っていた記憶があったので見てみたところ,Chapter 2 の Theorem 1 として Darboux の結果がまとめられているのが目を引いた。いくつか条件が挙げられているが,とりわけ十分小さい正の数 x について m(x)>0 が成り立つこと,というものが今回役に立ちそうであった。
Gaston Darboux は19世紀後半のフランスを代表する数学者の一人であるが,その1875年に発表された論文 "Sur la composition des forces en statique" に,確かにそれらしき記述 (pp.283-284) が見られる。「それらしき」と書いたのは,フランス語なので僕にはよくわからないため判断がつかないからである。ただ,おそらくそこに述べられた証明は僕が考えた次の議論と全く同じと思われる。
非負の実数 x に対して定義された関数 f が,任意の非負の実数 x,y に対して
f(x+y)=f(x)+f(y)
を満たし,さらに任意の非負の実数 x に対して f(x)>0 を満たすと仮定する。
このとき,f(0)=f(0+0)=f(0)+f(0) であるから f(0)=0 となる。
また,f(1)=c とおくと,任意の正の整数 m および非負の実数 x に対し
f(mx)=f(x+...+x)=mf(x)
が成り立つ。したがって,任意の正の整数 n に対し,
f(x)=f(n・(x/n))=nf(x/n),
すなわち f(x/n)=f(x)/n が成り立つ。
これらを合わせると,任意の正の有理数 r=m/n(ただし m と n は正)および非負の実数 x に対し
f(rx)=f(m・x/n)=(m/n)f(x)=rf(x)
が成り立つことがわかる。
また,任意の非負の実数 x と y に対し,もし x≦y ならば y-x≧0 であるから,
f(y)=f(x+(y-x))=f(x)+f(y-x)
であることから,f(x)≦f(y) が成り立つ。つまり f は単調増加である。この単調性がポイントである。
さて,さきほどの議論から,非負の有理数 r に対して f(r)=f(r・1)=rf(1)=cr が成り立つことがわかっている。
任意の正の実数 z および任意の正の整数 n に対し,p<x≦p+1/n を満たすような正の有理数 p が存在する。実際,数直線に間隔 1/n の目盛を入れれば,任意の実数 x は二つの隣り合う目盛の間に落ちるはずなので,m/n<x≦(m+1)/n を満たす整数 m があることになる。このような m に対し,p=m/n とおけばよい。
このとき,0<x-p≦1/n であるから,f の単調性により f(x-p)≦f(1/n)=c/n が成り立つ。したがって,
cx-c/n≦pc=f(p)<f(x)=f(x-p)+f(p)≦c/n+pc<cx+c/n
となる。ゆえに,はさみうちの原理により,f(x)=cx であることがわかる。■
Darboux の定理の仮定だけを知って,しばらく頭の中だけで証明のあたりをつけたのだが,いざ紙に書き出してみると f(x-p) の処置に困って頓挫した。さらに考えたところ,f の単調性に気付き,どうにか最後までたどりつくことができた。
というわけで,多世界解釈の理論において measure は基本的に正の実数値を取るという,連続性よりも弱いが物理的に見てそれほど不自然ではない仮定を課せば,Darboux の定理によってその measure が比例関数であると自信をもって言い切ることができることがわかり,Everett III の議論に対する疑問は自己解決したのであった。
それにしても,僕ごときがいうのもなんだけど,みんなすごいね。いろいろ極めてるねぇ。
Maxwell が提示した関数方程式 f(x+y+z)=g(x)g(y)g(z) についても,自分なりに解いてみたことがあるが,Banach と Ruziewicz の共著論文を見たら自分の考察が全く甘くて結構へこんでいる。その話は,またいずれ。