路隘庵日剰

中年や暮れ方近くの後方凡走

穏やかに希みを語り御慶なり

2011年01月04日 | Weblog

 大晦日は紅白歌合戦を途中まで見ただけで9時ころには寝てしまった。
 元旦は穏やかに明ける。
 昔は行く年来る年あたりまで起きていて、除夜の鐘聞きながら寝たかと思ったらすぐに起こされて、寒くて眠い中御来光を拝みに家族で湖畔まで行ったものでした。そのあと年賀のナンヤカヤがあって、元旦は登校日だったからこれまた寒くて眠い中、学校まで行ったのでした。紅白幕が張られた体育館で校長先生の話があって、それから教室で、ナニしたんだっけなあ?ともかく、元旦に提出する宿題というのがあって、年賀状を書いてきてみんなで鑑賞する、みたいなことでした。版画とかイモ版とか、ともかくハガキに正月らしい絵を描いて来いということで、ワシはこれがとっても苦痛でした。ある年に、登校前にあわてて色鉛筆で富士山に初日の出みたいなのを描いて出したら、担任の教師にみんなの前で罵倒されたのが忘れがたい。教室で平気で子供個人への悪口を言う教師でありました。
 で、午前中には紅白のお餅をもらって帰れるのだったと思うけれど、そのあともたいがい蓮池リンクでスケートしてたような記憶が。年末年始でも毎日スケートしてた記憶があるから、今よりはるかに寒かったのだろう。

                         

 昔に比べれば随分温かい正月も過ぎて、さて今年はどんな年にしようか。
 まあ、いろいろあるだろうけれども、ともかく家内安全、みなさま健康で、ということでヒトツ。

 元気があれば何でもできる、とそんな年にしたいもの。