路隘庵日剰

中年や暮れ方近くの後方凡走

この里に月浮かばせて二月尽

2010年02月28日 | Weblog


 かなりな雨音で目が覚める。
 しばらくして外にでてみると吹雪。
 おいおいマダ降るかよ。ということになって、さてどうすんだと思っていたら、やがて陽が差し始めて、おおやっぱり春ジャン、みたいなことに。

 『日本の近現代史をどう見るか』を読みはじめたら、なんとなく、藤田省三『維新の精神』を引っ張り出してきて、「大正デモクラシー精神の一側面」なんぞを読み出してしまう。
 おお、藤田省三相変わらずカッコいい、とか言うカンジになって、でもやっぱり本に指挟んだまま寝ちまったりしてしまう。

 午後遅くになって、仕事で県境の町まで出かけねばならず、で、出かける。
 なんだか春っぽい。
 二月も終わりだからな。

 行った先で、周囲の畑がきれいにならされて、もういつでも野良が始められますよ状態なのに感心する。
 きれいになってますねえ。いやいや、これからで。でも楽しみですね。そうそう、楽しみだけで。
 みたいな会話。春だなあ。

 帰りに当然のごとく図書館へ。
 もう暮れかかっているからアタフタと、でもけっこうテキパキと以下3冊。
 関幸彦『ミカドの国の歴史学』(1994 新人物往来社)
 小山文雄『大正文士颯爽』(1995 講談社)
 長谷川元吉『父・長谷川四郎の謎』(2002 草思社)

 カードが未登録だったので、カウンターのオネエサンに登録してもらいはじめたら「蛍の光」が流れ出す。
 そばにいたオバサンが、オネエサンに、あら、今日は5時で終わり?と聞いておいて、やだ5時じゃなくて6時よね、今もう6時なんだから。と言ってひとりでケラケラ笑う。何がそんなにおかしいのか、ずっとケラケラ笑い続ける。
 オネエサンは二十代前半くらいで、初々しいけどなんか肌が薄いカンジの眼鏡の人で、困ったような困らないような、笑ってるような笑ってないような。
 ともかく鉛筆を握り締めるように持って(幼稚園児みたいに)一生懸命カードを作って、一生懸命に説明してくださいました。
 一生懸命なひとには私は全幅の信頼を寄せておりますです。

 閉館するのに押し出されるように出てきて、トイレに寄って、自販機で慌てて熱いブラックコーヒーを買ってしまって、片手に本、片手でコーヒー熱っ熱っと外へ出てきたら、暮れかかった山脈の肩に、びっくりするほどでっかくてまん丸の月が。
 あんな月生まれて初めて見たなあ。ホントにまん丸。オレンジ色でデッカイの。兎が餅つきしてるのが地デジ対応みたいにくっきり見える。
 あわてて本とコーヒー地べたに置いて、写メしてみたけど携帯ではゼンゼンうまく写りませんでした。
 いいデジカメ欲しいなあ、とこれまた生まれて初めて思ったことでした。

 ほんとにいいお月さんだったぜ。

 あしたは晴れだな。



気まぐれな雨気まぐれに夢濡らす

2010年02月27日 | Weblog


 あわわ画像ストックが無くなっちまった。
 こんなワケワカラン昔の画像以外なんにもなくなっちまったぞ。

 今日は朝から雨あがってなんか重いような軽いような・・なんだよ、実はよく覚えておらん。どんな天気だったかな。

 いろんな人がやってきた中で、ひとり宗教関係者来訪。
 30前後くらいのオネエサンで、地味な感じの、でもスッとした感じ。まあけっこう好ましい感じでしたな。
 今日は聖書の、聖書ってご存知ですか、そのなかにこんな一節が・・・、と短い文章を読み上げて、そのままチラシを渡すでもなし、何かを強要するでもなし、そのままスッと帰っていかれました。
 なんだったのでしょうか、あれは。
 よく親子連れで、もしくは何人かで来る人々には違和感ですが、今日のオネエサンはなんかいい感じで、寒いのに大変ですなあ、と心の中で思ってしまったことでした。(あ、寒かったんだ今日は。)

 この頃なんだかとっても太りすぎ、のような気がする。
 っていうか、体重っ、という毎日。
 食いすぎだな、みんないろいろくれるからな、甘いものとか。ひとのせいじゃないけどな。
 ぜんぜんフットワーク軽くならんもんな。
 人生の動脈硬化だな。

 明日日曜だから、画像探しに出かけるかな。
 でも、どこへも行かんだろうな、きっと。

 まだまだ太るな、きっと。



春雨やわが幼年とのちの日々

2010年02月26日 | Weblog


 天気予報では午後から雨。
 昼前から降るぞ降るぞという空模様。手をかざしてみれば確かに雨が、といった天候が続き、夕暮れから本格的に降り出す。
 夜来より音立てて、雨。
 優しいはずの春の雨。

 午前中の来客がかなり長時間いて世間話。それもあとから思い出しても、さて何の話だっけ、というような話。
 でもまあなんとなく盛り上がって、なんとなくではまたよろしく、ということになる。

 今日は先日買えなかった、岩波新書編集部編『日本の近現代史をどう見るか』を買う。
 先日一冊もなかったところに今日は山積みされていた。
 持ち上げた時に、あれ新書ってこんなに重かったっけ、というくらい手に重みを感じる。なんだろうね。
 実は3月の新刊案内を見ると、近頃ないくらいに買いたい本がラインナップされている。もう新刊は買わないと何度も何度も誓っているのに、一、二冊は買ってしまうかもしれない。本屋には近づかないようにしないと。

 2.26は雪ではなく雨。
 オリンピックもそろそろ終わるか。




 

山越えて朝の香の来る空の春

2010年02月25日 | Weblog


 今日もホワホワモワモワ。
 ホワホワモワモワの中で肉体労働していると、脳髄もホワホワモワモワしてくる。

 肉体労働して、ホワホワ寝て、たまにオリンピックとか見て、それで一日モワモワと終わってしまう。
 これでいいのか。
 いいわけではないのだけれども、そうなってしまうのだよ。

 いろいろ考えてはいるのだけれどね。
 なかなか、なかなかなのだよね、これが。

 少しだけでも、感激して生きたいのだけれど。

 少しだけでもネ。



ああ春ってこんなだったね新書買う

2010年02月24日 | Weblog


 春っていうか初夏みたいな日だったな。

 戸外にいるほうが完全温かい。

 出かけた先でいつもどおりの暖房が汗かく位に暑く感じる。
 土も完全柔らかくて、下草も出ていて、もう草とらんきゃイカンか?というカンジになる。こうなると早いんだよな、一気に自然界がモゾモゾしてくるのが。

 出かけたツイデに新刊本屋によって岩波新書の新刊『日本の近現代をどう見るか』を買おうと思い立つ。
 道すがら、春めいて柔らかな香りの風を食べるようにして歩いていると、なんとなく表題の俳句(のようなもの)を思いつく。思いついちまったから今日のブログはこれにしようと思って本屋に入り、新書棚の前に立ったのだけれど、他の新刊はみんなあるのにナゼか目当てのものだけがない。他はみんな数冊平積みになっているのに、『日本の近現代・・・』だけがどこにも一冊もない。
 時々こういうことがあるんだよな。
 で、無いとなるとトタンにマアいいか、ということになってしまって、そのままあっさり出てきてしまった。

 だから、新書買ってません。
 ウソついてごめんなさい。
 でも「新書買わず」ってのも変だしな。

 もっとも、買っても買わなくても、もともと変な俳句(のようなもの)だけどね。

 ゴメンね。



厨より手を拭き翁春の宵

2010年02月23日 | Weblog


 穏やかに、長閑に、さわやかな春。

 と、そんなわけで、ブログはもう止めようと思っていたのだけれど、結局またやりだしてしまった。

 しかし数日更新しないだけで覿面に閲覧数減るのナ。

 ほんとに春めいた日だったなあ。

 午前中にあるお婆さんを訪ねねばならず、用件はお金の話というか値段が上がりますよ、それも大幅に、という話。
 大変元気なお婆さんなのだが、以前からお金にはとっても厳しくて、ほんの数百円の値上げでも納得してもらうまで何日も通わねばならず、その間けっこうな叱責の言葉を何回も聞かねばならない。
 それで、今回はもう完全に覚悟を決めて、時間もかかるだろうし、いやになるくらい低頭せねばなるまい、と思って気持ちも重く出かける。
 いつもは開いている玄関が閉まっているので、インターン越しに声をかけ、出てきてもらったときにはあきらかにもうすぐに家の中に取って返す態勢。用件を伝えると、ちょっと不満そうであるが予想に反してアッサリとじゃあそれで、とおっしゃる。そのまますぐに戻りかけ、戻りかけながら、「今ちょっと、見なきゃいけないから、オリンピック。」
 それであっさり難問解決。
 おお、すばらしきスポーツの祭典。

 午後来客。
 思いがけず話がはずんで長くなる。
 還暦はとうに過ぎたその人から、現夫人との若き日のロマンスを聞く。
 その人が大学生、夫人が高校1年からの付き合いであるという。
 もうかなり昔からの知人であるが、そんな話を聞くのは初めてである。
 それにしても、男は思い出話が大好きである。

 春の日が重くならずに軽やかに吹きゆく。
 例えば、青春、と呟いただけで涙ぐみそうになる。
 そんな一日。



三寒に四温がまさり旅終えぬ

2010年02月19日 | Weblog


 どうやら穏やかな日和になってきた。
 日中は陽だまりが心地よい。まあ日中ほんの数十分くらいだけど。

 それにしてもこのごろ食べすぎである。暴食というのではなしに、だらだらと間食しつづけである。まあ昔からではあるが。
 体が重い。心も重い。だいぶ精神に贅肉つけちまったなあ、という感じで、そういう自分がつくづくといやになる。
 きっとぶよぶよした顔つきになってるな、オレ。

 瀬川康男が死んだらしい。
 といってワシ絵本のことは殆どわからんが、「いないいないばあ」というのは知ってるぞ。
 テレビなんぞで絵本のはなしがでてくると、「いないいないばあ」は必ず画面のどこかに出てきたから、あれ相当売れたんだろうな。
 おそらくちょっとした小説のロングセラーなんかでも、絵本のそれに比べたら全然比較にならんだろうな。絵本は(ヒット作は)売れ続けると相当なもんだろうな。こういってはナンだけれど、それほどモトかけてあるとも思えんものでもズット売れてるからな。(たぶんオコラレルナ。)
 まあよくわかってないことをえらそうに言うのは止めたほうがいいな。

 二月もあと10日。
 春、もう来てもイイゾ。



いっせいに水音奔る家郷かな

2010年02月18日 | Weblog


 また雪だよ、というのが朝のこと。
 陽が昇り気温が上がって雪もどんどん融ける。あたりから雪解けの水音がうるさいくらいである。
 今日はことしはじめて小鳥の囀りを聞いた。なんという名の鳥かはわからない。(鳥の名前なんてカラス以外殆どわからない。まして鳴き声などまったくわからない。)

 確実に春は近づいている。心は相変わらず晴れないけれど。

 このところその日に何をやったのかさえうまく思い出せないような毎日。
 少なくとも本は読まなかったな、今日も昨日も。

 明日はいい日になってほしい。



ドア開いてやがて灯のつく寒さかな

2010年02月17日 | Weblog


 寒い。ほんとに寒い。

 このところ(いつもだけど)からだがぜんぜん動かない状態である。
 頭も動かなくて本も読めないジョータイである。
 寒いせいだろうな。毎日が暗鬱すぎるぜ。オリンピックを見ても心が特に動かないのはタブン齢のせいか。

 毎日今日のことがうまく思い出せない。そんな人生なんて。

 もういいかげん温かくなって欲しいなあ。



生あれば税申告や紙の山

2010年02月16日 | Weblog


 画像が消えていたりすることがあるのはナゼだろう。ボクのブログ大丈夫かなあ。
 そもそも画像のアップの仕方が実はまだよくわかっていないのである。画像フォルダーからコピーしたり貼り付けたりしているのだけれど、多分普通はもっと簡単にできるようになっているのだろうと思う。同じgooブログでももっと大きくて表示場所が違う画像がよくアップされているし、何枚もアップしているのもたくさんある。それらをどうやっているのかがさっぱりわからない。つまり画像の表示の仕方を読んでも全然理解できないということ。
 今は正直言ってなんでアップできているのかよくわからない状態で、はたしてこのままのやりかたであとどのくらいできるのだろうか。

 まあいいや。
 あと、他のブログを引用するやり方もあったと思うけれど、それもできない。引用文を枠囲みするとか、そういうのもできない。
 根本的に取説読むのが体質的にできない人間だからダメだな。

 今日も寒い日だった。
 いつまで寒いつもりだろうか。