何故気楽に受験勉強に臨めたかというと、合格は余りに非現実的に思えたからでしょう。
娘が真剣な眼差しで受けたいと言ったので、私も精一杯協力することにしたまでの事でした。
ですから、毎日校庭で下校ベルが鳴るまで遊び、帰宅した娘です。
その姿が担任の先生にも印象的だったのか、秋の個人面談の時、
「Mさんは、毎日下校ベルが鳴るまで、元気に遊んでいます」と仰られたものでした。
私は日々、おやつを用意し、夕食の準備も済ませ、娘の帰りを待ちました。
帰宅したら、親子ですぐ勉強に取り掛かれるようにするためです。
とは言え、夜は十時前には就寝。
そんな毎日で月日は経過し、秋も深まってきた11月の初旬の頃でなかったでしょうか。
四谷大塚主催の合否判定テストが実施されることに。
娘が受ける初めての模試でした、
ところが思いがけず、その結果は悪くありませんでした。
この時、初めてMちゃんの合格が必ずしも夢ではない、と気づかされた私です。
目ざした御三家の中学の合格圏内の順位だったからです。
わが目を疑うほどの驚きでしたが。
その長女も、今は50代。
良き伴侶に恵まれ、キャリアも積み、幸せに暮らしています。
記事にあった画像が無くて、過去に撮った長女宅のものにしました。
但し理科と社会の成績は、惨憺たるもの。
確か50点にも到達していませんでした。
それからは、この二科目にかなり力を入れ、最後の追い込みの学習に母娘二人三脚で頑張りました、
反復演習に力を入れ、間違た問題には必ず印をつけ、繰り返し繰り返し解かせたたものです。
国語の問題集だけは、家庭教師の先生が提供して下さった教材を使用しました。
そして、思いがけず無事に合格。
同じクラスのお母様が大層驚かれたのでしょう。
コネで裏入学したと思われたようでした。
ところが、その娘さんも受験された国立の学芸大附属にMちゃんも合格。
そのとき、はじめて我が子が実力で合格できたことを認めてくださいました。
そんなエピソードもありました。
そのお友達は学芸大に。
大学も同じで、大の仲良しさんでした。
何故か、長女の試験当日の事はほとんど記憶にありません。
一方、次女のその日の朝の光景は、今でも、昨日の事のように鮮明に覚えている私です。
その想い出は、余りに強烈でしたから。
少し前の記事に、次女が共通一次テストで信じられないような大きなケアレスミスをしたこと。
Mちゃんの落ち込みが只事でなかった事を話しましたが、
お姉ちゃんと違い、実にいいろいろと私に心配を掛けてくれました。
良き伴侶を見付け、喧嘩したことは一度もない仲良し次女夫婦
幸せな若夫婦達を見つめていると、もう私はいつ死んでもいい。
そんな心境になります。
今、娘達の受験を振り返ると結構ドラマチック!
だからいつまでたっても感慨深く、この年月の事を私は思い起こすのでしょう。
次女の受援当日のまさかの出来事は、次回でお話しします。
肩こりが劇的に解消した、キューピーコーワールドと共に、
今の私の暮らしには欠かせないサプリメントです。
目が疲れて視力が低下しても、これを服用すると視界がクリヤーに。
でもこのような錠剤の効用は個人差があるでしょうから、お薦めはするものの、自信はありません。。
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