ここに至って私は、黒い本に思いのほか拘泥している自分の本意から目を背けようとしていたことに気付かされた。水鶏氏が黒い本と私の間に割って入った関係性にあることを、無意識のうちに打ち消していたのではないか。抑えていた執着心が這い出して来るのは無様なものだが、水鶏氏の披瀝する思索と親身に共鳴できたのも、黒い本が未だに真意を明かさない私の同伴者であるとする、一方的な憧憬の裏返しだったのである。他人に理解される本であってはならないと、わがままな注文を心底に隠していたが、いい加減で黒い本に対する私自身の心を直視しなければならない。
水鶏氏の声は、振れのない冷静な調子を持続していた。私に向けられた言葉は、黒い本へ向けて発せられている言葉でもあるのだ。唐突に浮かんで弾けた奇怪な空想は、まさかに偽書物が企んで私の胸中に吹き込んだあぶく玉ではあるまいが、さぞかし眸の焦点の定まらぬ散漫な顔つきを水鶏氏へ晒していたことだろう。
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