美濃屋商店〈瓶詰の古本日誌〉

呑んだくれの下郎ながら本を読めるというだけでも、古本に感謝せざるを得ない。

偽書物の話(百四十八)

2018年07月04日 | 偽書物の話

   いつもの伝で、急拵えの霍乱に逃げ込んで蒼ざめた気力を糊塗しようとしても、じたばたすればするほど恥の上塗りを重ねて終わりだ。唇を過って出た垂異の言葉は、引き戻そうにも引き戻せない。短慮な言葉に乗じて大口を開けたかぶせ蓋は恨めしいが、目を瞑って身を躍らせ内情の篋底まで突き進まない限り、つくづく立つ瀬がない奴だと今にもまして酷評される厄災を免れないだろう。憚りながら臆度すれば、見聞きした別世界の様相を水鶏氏が慎重に語らないでいるのは、他者へ語ることで、あらずもがなの相槌の意嚮が双方とも昂ぶり別世界の実在性が底心と反した色調に汚瀆される、加うるに、その実在性の一翼を氏の狂気が担っていると曲解されるのに堪えられないからである。
   縁辺にかげろうを纏いつかせ、物の輪郭や大きさをぼんやり霞ませる衝立がある。衝立の陰にある暗がりから、そうっとこちらを窺う様子が視界の端っこにぶら下がっていて、なんべん目蓋をこすっても拭き取れない。首を回して真正面からそれを打ち守ることは、よんどころない所以があってしてはならないと固く禁じられている。私の発する小さな声は、衝立の陰から窺う煙状の存在をはばかって押し殺した、水に沈めた声である。声を潜めたら、気違いじみた寝言が健全な臥房へ納まることになるとは誰も思うまい。もとより、ほかならぬ水鶏氏が小手先の濁し方で誑かされる算はない。

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