H・G・ウエルズは雑誌ニユー・ステーツマンに一文を発表して、英国政府から『多少とも欧州や米国でプロパガンダをなすことの依嘱を受けたが、これを拒絶した』旨を書いてゐる。かれはいふ――
『我等はかつて我等自身を宣伝に貸せたことがあるが、馬鹿にされ、そして結局は外務省の伝統的トリツクのためにやつつけられてしまつてゐる‥‥‥‥欧羅巴の今日の病的状態の原因は、殆ど総てを、英国の政治家と官僚が、大戦直後の重大時期において、イマジネーシヨンの欠乏、自己保護的な狡猾及び信念の意識的違反に求めることが出来る。一度は気休め、二度は耻かしい。予は今後再び英国外務省の忍び馬にはならないであらう。‥‥‥‥もし私自身を宣伝に貸すなれば、私は私の立つ標準によつて馬鹿にされるであらう。またもし宣伝に身を投ずるならば、私は無視されるに至るであらう』
ウエルズの立場は極端なやうだが、その心事は世界の智識人によつて諒解されると思ふ。智識人が傾聴されるのは真理を語るからである。その時の一国一機関の行為を、是非を問はず、弁護することはかれの信用を落すことである。宣伝は宣伝と受取られる時に、一銭の価値もなくなるであらう。広告と知つて金と時間を割くものはない。
(「第二次歐洲大戰の研究」 清澤洌)