「あんた、真剣に聞いてんのかな。ええ。」
「当たり前です。先生が瀕死の懇願を含んで亡くなりそうであると。それ故に、なんとか意に添うことはできないかと、そういうことでしょう。」
「それよ。分かっているだろうが、既に晩年を送る先生と昵懇のままに、か細いながらも縁を繋いでいるのは、ほかにはない私とあんただけなの。」
二人が先生と縁を繋いでいるのは、あくまでも偶然生じた縁であって直接教え教えられの薫陶関係にあった訳ではない。つまり、世俗的な講壇における師弟関係から生まれた縁ではないのである。それを、この女ときたら恰も鴻恩を被る師父、恩師といった体の忝なさを前面に押し出してくる。おのれの酔い痴れる物語に引きずり込んで、おれまで脇役扱いに終始するのだ。他人(つまりはおれ)には涙を求めるくせに、自分はいつだって傲然と構える姿勢を崩したことがないのだから。
「それはそれとして脇に置いといてだ、その包みは本らしいね。何を買ったの。」