か ら け ん


ずっと走り続けてきました。一休みしてまわりを見ます。
そしてまた走ります。

饕餮(とうてつ)

2017年11月02日 | 思想

饕餮(とうてつ、拼音: tāotiè)とは、中国神話の怪物。 体は牛か羊で、曲がった角、虎の牙、人の爪、人の顔などを持つ。 饕餮の「饕」は財産を貪る、「餮」は食物を貪るの意である。 何でも食べる猛獣。

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佐賀県多久市にある孔子の聖廟に行った。30年ぐらい前、よちよち歩きの子供の手を引いてこの聖廟に行った。その間、改装を経ていろんな箱モノができていた。

孔子の言葉は端的だ。そして胸に刺さる。バカには刺さらない。


真面目に生きることに対する課題は、今と変わらないと思う。

 

僕はこのブログは真面目なブログだと思う。井上陽水の歌に「さがしものはなんですか」という歌があった。頭を使わずに楽をして面白おかしく生きようとすると、結局その生きるネタを探し「探しもの」をし続けることになる。このブログにはちゃんと読んで考えてくださる方がいて、書くエネルギーとなっている。

本当に発展していく思想なら「探しもの」に腐心するほど事実はいらない。

 

子曰、巧言令色、鮮矣仁。(口がうまくてイケメンは思いやりに欠ける)

仁とは、人間の精神の中身のすべてである。外見にひかれるとケガをするぞ。誑し込む甘言は場数を踏めば上手になる。そういう惑わす言葉抜きに人を見よう、ということだ。
 
即答するのが偉いな、孔子さん。
 
 
 
 
食を忘れて憤りを発し、憂いを忘れもって楽しむ、よりてまさに至れり、老いを知らず
( 食べることも忘れるほど怒り、楽しむときはすべてを忘れて楽しむ。そんな人が老け込むはずない。)
 
 
さらには、ぼーっと生きていると、気弱な人を人格者と錯覚する。孔子はそれも嫌った。

「君子よく人を憎む」
 
何十個も代表的な論語の言葉があった。11月15日から紅葉がきれいで店も出るそうだ。
 
 
僕の心をとらえて離さないのは、饕餮(とうてつ)。
 
饕餮は何でも食べる。モノやカネを食う。まだそれはいいとして、人の心も食う。人は心を食われたらどうなるのだろう。

ここの入り口の鴨居の上から半分顔を出していた。
 
 
 
 
しみじみ思うなあ。友人が遠くから訪ねてきてくれるなんてことあったら、饕餮に食われた心もすぐ回復するだろう。

 


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