《河童》の旅メモ

富雄川流域探索

法隆寺と太子「網封蔵」

2009年11月30日 | Weblog
奈良時代の扉やエンタシス床柱で造られた宝物を入れる蔵。正倉院が校倉造(あぜくらつくり)にたいし、柱を立てて土壁で囲っている。このような蔵が33建ち並んでいたと伝えられている。中には聖徳太子が長野県善光寺の阿弥陀如来と三度にわたって交わしたとされる聖なる書状「善光寺如来御書箱」が収められていた。今はそれらを含め宝物は鉄筋コンクリートの宝物殿に移されている。この御書箱の中は南北朝時代の楠木正成が大阪・四天王寺で見たほかは誰一人として見たものはいないといわれているがはてさて…
(今日の歴史=1888年日本がメキシコと通商条約に調印。最初の対等条約)