《河童》の旅メモ

富雄川流域探索

旧街道1・奈良街道4「人に酔いそうなので…」

2014年10月31日 | Weblog

八坂神社前の花見小路通り。祇園の中心地でスナック街や南のお茶屋街など祇園歓楽街の中心。観光客が増えていると聞いてはいたが、こんなに混雑しているとは…。耳に入る会話はのはほとんどが外国語である。散策はやめたーっと。


旧街道1・奈良街道4「ちっちゃいなー」

2014年10月29日 | Weblog

1614年(慶長19)再建された京都方広寺大仏殿の釣鐘の銘に徳川家康が難くせをつけ,豊臣秀頼を開戦に追いこんだといわれる事件。秀吉が創建し,1596年の大地震で崩壊した方広寺の再建は徳川・豊臣両氏の共同事業であったが,鐘銘に〈国家安康〉の文字があったのを〈家康〉を胴切りにするものと難くせをつけた家康は,これを機会に秀頼の徳川氏への臣従化を迫った。高さ4.2m、外形2.8mもある大鐘の上に小さく彫られている「君臣豊楽、国家安康」白枠があるから分かるが…。知恩院、東大寺と共に日本の三大名鐘の一つ。世を変えるきっかけがこんな小さな文字からとはねー


旧街道1・奈良街道4「撮り鉄君と…」

2014年10月28日 | Weblog

一の橋本町のJR跨線橋は新幹線と東海道線を跨いでいる。トンネルを抜け出してくる新幹線を見やりながら進むと、やはりいました「撮り鉄」。携帯電話で時刻表を見ながら彼らは目的の列車が来るのをひたすら待っているのである。ご苦労なことだと思いながら「頑張れよ」と声をかけてその場を離れた。


旧街道1・奈良街道4「見落としてしまったっ」

2014年10月24日 | Weblog

10月14日の第四橋に続く伏水第三橋をここまで来て見落としたことに気が付いた。探しに戻ろうかと思ったが事前の調査不足でどの辺りまで戻ればいいのかが分からず断念して先を急いだ。いま外国人が通る「第二橋」は別の所にあったが移設されここ高架下にある。親柱には「…依テ四基…記念永久ニ保存スル者…発起人惣代」と二名の人名が彫られている。