メキシコの隅っこ

メキシコの遺跡や動物、植物、人や風景などを写真で紹介してます

トラーベンの短編集

2006-04-05 07:40:27 | 文学
Bruno Traven という作家がいます。
前、よそでこの人について少しだけ書いたことがありますが。

ええと、なに人だかよくわからない人です。
ドイツ人だという説とかアメリカ人だとか、
小説を書いたのは実はまるで別人なんだとか、さっぱり謎。
よって、名前の読みもよくわかりません。
私は最初にドイツ語で読んだので、ドイツ語式にトラーベン、トラーヴェンと読んでますが、
英語風のトレイヴンという表記も見かけました。
日本じゃどっちにしても翻訳はまるで出ていないようですが。

わかっているのはとにかく、メキシコ革命の前後にメキシコに住み、
各地を渡り歩き、インディオたちの生活を克明に綴った小説を書いたということ。
最大の長編は6冊に渡るシリーズものとして、
三本連作の映画にもなっています。
『マカリオ』という作品も有名で、映画化されています。
映画はほとんどが白黒ですが、今でもときどきテレビで上映されてます。

今日は、あるサイトで言及されていたフェアトレードという言葉で思い出した
この短編集について。
最初に発行されたのが1956年、ちょうど半世紀前ですね。
10の短編が収められてますが、まあいろんな意味で面白いです。
メキシカンなものの考え方や行動が、エッセンスに凝縮されて物語になってます。

それで、逐語訳は大変なので無理かもですが、
でもあらすじだけでは含まれているアイロニーなんかが伝わらなくてもったいないので、
適当に端折りつつ、紹介していこうかな~。
短編一本でもけっこうあるので、何日かに分けて連載することになりますが。

というわけで、今日はまず
Canastitas en serie 『小籠の量産』というお話。


    
 ミスター・ウィンスロップというアメリカ人が観光でメキシコにやってきた。
 外国人向けの観光地を避けてオアハカの小さな村へとやってきた彼は、
 小屋の入り口にしゃがみ込んでいるインディオを見つけた。
 インディオは熱心に、色付けした藁を編んで小籠を作っているところだった。

 インディオはもちろん、小籠の売り上げだけでは生活できないので、
 わずかな土地にトウモロコシを植え、雨と陽の恵みを気にしながら一日働いたあと、
 こうして編んだ小籠を土曜の市に持って行って売って、生活の足しにしているのです。
 しかしその小籠には、色とりどりに花や蝶や鳥やリスにシカ、虎やその他二十種類もの
 さまざまなジャングルの動植物が織り込まれ、まさに芸術品。
 そしてまたその使い道もさまざまで、実に役に立つものなのだった。

 そんな小籠をインディオは市で売っている。一個80センターボの値をつける(まあ半世紀昔の話です)。
 けれどもたいていは80センターボですら売れることはめったになく、
 たいていの客は
「なぁんだい、こんなちっぽけで役にも立たない籠が80ペソだって、冗談じゃない、
 30センターボも払ってもらえりゃ感謝すべき代物じゃないか。
 いやいい、私は気前がいいから40センターボ払ってあげよう。けど、それ以上だったらいらないよ」

 そうしてインディオは一個40センターボで売るしかなくなる。
 それすらもほとんどの場合、客は
「じゃあ40センターボね。あれ、小銭が30センターボしかないや。
 困ったなあ、君、50ペソ札にお釣りはあるかい?」
 インディオは当然、お釣りなど持ち合わせていないので、
 結局小籠の値段は30センターボとなるのだった。

 さらに、遠い道のりを市場までやってきたからには、
 インディオは籠を売れ残して帰るわけには行かない。
 家々を一軒ずつ回り、ときにはひどい侮辱や罵倒にも耐えながら、
 20センターボ25センターボでどうにかこうにか籠を売って家路に着くのだった。

 さて、ミスター・ウィンスロップがこのインディオを見かけ、声をかけた。
「その籠に、いくら、アミーゴ?」とちょっとおかしなスペイン語で訊ねる。
「80センターボで、親方」とインディオは答えた。
「よし、私、買う」ウィンスロップ氏は、鉄道会社を丸ごとひとつ買いでもするような大きな身振りで宣言した。
 本当は、4ペソか5ペソくらいするだろうと思ったのだ。
 しかしその値段を聞いて、ウィンスロップ氏は俄然興味を持った。
「アミーゴ、10個の籠、私買う、いくらになる?」
 インディオは少しためらって計算する様子で、それから答えた。
「10個買ってくださるなら、一個70センターボにしますよ」
「よろしい、アミーゴ、じゃあもし、100個買う、いくら?」
 インディオは落ち着いた様子で答えた。
「それでしたら、一個65センターボになりますな」
 ウィンスロップ氏はそこにあった16個の籠をすべて買い占めてアメリカへ帰っていきました。

    

さて、ホクホクのウィンスロップ氏はここで当然、大変アメリカ人らしい発想をするわけですな。
長くなったので、続きは明日に。