花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

キンベル美術館(3)  CARAVAGGIO 《いかさま師》

2007-10-14 09:47:13 | 美術館
◇キンベル美術館(Kimbell Art Museum

この美術館の圧巻は、左にカラヴァッジョ《いかさま師》、中央にフランス・ハルス《ロンメルポット奏者》、右にジョルジュ・ド・ラ・トゥール《クラブのエースを持ついかさま師》と並ぶ一面の壁かもしれない。

ということで、もちろん、CARAVAGGIO(カラヴァッジョ)《いかさま師》から♪


“The Cardsharps”(1594) Oil on canvas 94.2 x l30.9 cm (拡大はここ

やはり初期の傑作だろうなぁと思う。騙す側に騙される側という有りがちで普遍的な人間模様が、スリリングな緊迫感を孕みながらひとつの画面に凝縮されている。この3人の表情や身振りが実によく練られていて、それぞれがジグザグとした三角構図を連ねて行くことにより、駆け引きの心理模様がスリル満点のドラマとして成り立っている。

更に、全体として見れば安定したピラミッド型構図を取っているにもかかわらず、テーブル角から手前にはみ出すゲーム(バックギャモン?)台が、このカードゲームの危うさを象徴しているように見えた。CARAVAGGIO作品でよく見られる果物籠のヴァニタスを連想させる置き方だ。

さて、まず魅入ってしまうのはゲームに夢中で頬をピンク色に上気させた騙される少年のつるんとしたお肌。羨ましいこと、まるで少女のようだ(笑)。左上方(やや前面)からの照明が少年の頬からトランプ・カードを握る手へと差し込み、眼はそこからストライプの斜めの線を遡り、髭の男が騙す側の相方へ合図する指の数字へと進む。ちなみに皮手袋の質感表現がなかなかに良くって、柔らかくなめした山羊皮のような感じを受ける。淡灰色の手袋から指先が覗いているのがアクセントかなぁ。指先の肌色が男の陽に焼けた顔色と呼応して、カードを覗き込む悪人顔を強調している。で、男のストライプはまた騙す側の少年のベストのストライプに繋がっていて、そこに隠したカードに気付かせる。騙す少年も必死の眼差し(笑)。

この作品がジグザグ型の三角形を重層的に多用しているのがわかるのは、もう一方で、照明が騙される少年のカードを持つ手から騙す少年の左手に当たり、その腕からストライプのベストへと続く三角山が存在することだ。初期CARAVAGGIOの幾何学文法ということだろうか?

で、やっぱりCARAVAGGIOの白って上手くて、騙される少年の襟や袖口のレースの細い縫取り縁取りの繊細な描写なんて芸が細かい。それに騙す少年の白ブラウスのドレープもオシャレ。髭男のベストもだけど、この後ろ向きの少年も結構ファッショナブル(笑)。緑の袖やベストはシルクジャガードっぽくて、特に後ろ姿の背中の線に添った陰影がなまめいているんだよねぇ。観ながらダブリンの《キリストの捕縛》の兵士の腰の線を思い出した(^^ゞ。それからズボン(?)の黄金色の幅広ストライプの光沢表現だが、割りとサックリとした筆致なのに、離れて見ると質感が伝わってくる。この筆致は後年の《マルタ騎士の肖像》を思い出させた。あ、もちろん、暗赤色のテーブルクロスの質感やバックギャモンの描写などにも注目。

それ以上に凄いなぁと思ったのが三人がそれぞれ被る帽子の羽!ふさふさ感が伝わってきて、まじまじと筆致を探ってしまった。微妙な細い線が羽毛の流れを的確に捉えている。特に後ろ向きの少年の羽の淡い諧調が美しく、どんな風に描いているのかなぁと接近(笑)。色を変えながらの羽毛の乱れる繊細な線が観られた。癇癪持ちの画家なのに描く時は根気強いんだからねぇ(^^;;。でも、羽の先の方は絵の具をぐるると薄く塗り伸ばした上に、ちょいちょいといった感じだった(なんと言う表現/汗)。

この《いかさま師》とよく似た題材を扱ったCARAVAGGIO自身の風俗画には、カピトリーニ美術館の《女占い師》とルーヴル美術館《女占い師》があるが、やはり完成度の高さから言えばこの作品に及ばないと思った。当時においても大いに注目を集めた作品であり、模作も多く残され、また、CARAVAGGIOに影響を受けた画家たち(カラヴァッジェスキたち)が競って《いかさま師》やカードゲームを題材にした作品を描いている。同じ壁に並んでいるジョルジュ・ド・ラ・トゥール《クラブのエースを持ついかさま師》もその一連の作品であり、詳細はまた後日扱いたい。

ちなみに、このCARAVAGGIO《いかさま師》は当時パトロンであったデル・モンテ枢機卿が所有していた作品で、絵の裏にはシャンパンのコルク型のような枢機卿の印章が見られる。1627年、枢機卿の死去の際、アントニオ・バルベリーニ・イル・ジョヴァーネ枢機卿に売却された。その後、1892年にシャッラ=コロンナ・バルベリーニ・コレクションの分散により行方不明になっていたが、なんと90年後にスイスの画商のもとで発見。ニューヨークの画商を通じて1987年6月にキンベル美術館の所有となった。当時購入に当たったディレクターのEdmund Pillsburyってかなり御目が高いかも(^^;

【参照】
 ・ミア・チノッティ著「カラヴァッジオ」岩波書店 p31~p33
 ・Denis Mahon(1988年)「Fresh light on Caravaggio’s earliest period: “Cardsharps” recovered」:《the Burlington magazine》cxxx,n,1018,gennaio,pp,10-25
 ・Keith Christiansen(1988年)「Technical report on ‘ The Cardsharps’」:《the Burlington magazine》cxxx,n,1018,gennaio,pp,26-27