花耀亭日記

何でもありの気まぐれ日記

東京国立博物館「本阿弥光悦の大宇宙」展 サクッと感想(2)

2024-02-12 21:35:09 | 展覧会

展覧会の第2章は「謡本と光悦蒔絵」であった。

所謂「嵯峨本」や「光悦蒔絵」における光悦の関与については定かではないらしい。しかし、多分、光悦風な斬新で雅な謡本や蒔絵が当時の人々の目を惹き、魅了したことは確かな気がする。

下↓は唐草模様の端正な美しさに魅了されてしまう《花唐草文螺鈿経箱》。「経箱」ながら漆黒に螺鈿草文の麗しさが際立つ。

本阿弥光悦《花唐草文螺鈿経箱》(江戸時代 17世紀)本法寺

しかし、光悦の蒔絵と言ったら、やはり展覧会オープニングを飾る《舟橋蒔絵硯箱》が素晴らしい!!

本阿弥光悦《舟橋蒔絵硯箱》(江戸時代 17世紀)東京国立博物館

美術ど素人の感想ではあるが、光悦の《舟橋蒔絵硯箱》を観ていると、高台寺蒔絵とは異なる系譜がここから始まるような気がするのだ。

下↓2作品はいわゆる「光悦蒔絵」。

《舞楽蒔絵硯箱》(江戸時代 17世紀)東京国立博物館

《子日蒔絵棚》(江戸時代 17世紀)東京国立博物館

後の尾形光琳(1658-1716年)、小川破笠(1663-1747年)や原羊遊斎(1769-1846年)の源流に本阿弥光悦の存在があるのだなぁと、(勝手に)しみじみ了解できたのだった。

さて、第2会場に移って、第3章は「光悦の筆線と字姿」だった。

恥ずかしながら私は書がよくわからないのだが(汗)、光悦の書は墨筆線にリズムがあり、その強弱がデザイン的で目に心地よい。

特に、俵屋宗達の下絵に墨蹟が躍る《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》なんて、きゃ~っである。鶴の動きと書のリズムに目がシンクロで喜んでしまうのでしたわ

本阿弥光悦 筆・俵屋宗達 下絵《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》(江戸時代 17世紀)京都国立博物館

https://www.kyohaku.go.jp/jp/collection/meihin/kinsei/item02/

※ご参考:びじゅチューン!「鶴下ウェイ」

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=zV1gwR-x52s

ということで、超サクッと感想ですみませぬ(汗)。次回は「光悦茶碗」!


東京国立博物館「本阿弥光悦の大宇宙」展 サクッと感想(1)

2024-02-04 21:08:16 | 展覧会

東京国立博物館「本阿弥光悦の大宇宙」展を観た感想を サクッと書きたい。いやぁ、私的に本当に面白かったのだ

公式サイト:https://koetsu2024.jp/

作品リスト:https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2617

オープニングは上↑ポスターでもわかるように《舟橋蒔絵硯箱》だった。本阿弥光悦の斬新な意匠と造形に改めて時代を超越する美の力を感じる。アーテイストとしても凄いし、プロデューサーとしても素晴らしいし、展覧会では多才な本阿弥光悦(1558-1637年)の世界を堪能させてもらった。

 「光悦」印(木製)(年代不詳)

今回、展示の本阿弥家「家系図」を見ると京都の上層町衆が繋がっていて、俵屋宗達とが義兄弟だったり(?)、雁金屋や楽家とも縁戚関係だったり、法華宗を信仰する一族集団(職能集団)を形成していたのが面白い。本阿弥宗家についても、分家の光悦自身についても、初めて知ることが多く勉強になった。

それに、本阿弥家の家職が刀剣類を研いだり鑑定したりする仕事だとは漠然と知ってはいたのだが、「折紙」付きの意味を初めて知り、本阿弥家の鑑定書の威力が如何に大きかったのか、ちょっと驚くほどだった

下↓は「折紙」の裏に捺印した本阿弥宗家の「本」の印影と銅印である。

 

本阿弥本家「本」印影と銅印(安土桃山時代 16世紀)

やはり刀剣類を扱っているので、光悦もさすがに素晴らしい短刀(腰刀)を所持していたようだ。

(上)志津兼氏《 短刀 銘 兼氏(金象嵌 花形見)》(鎌倉~南北朝 14世紀)

(下)《刻鞘変り忍ぶ草 蒔絵合口腰刀》(江戸時代 17世紀)

腰刀は朱塗りに金の蒔絵の忍ぶ草が繊細に施されており、見た目には朱色と言うよりも金色に輝いていた。雅な趣とともに光悦の美意識が偲ばれる《忍ぶ草》でもあった。

図録に「「花形見」の意味」についての佐藤寛介氏の短い論考があった。謡曲の「花筐」は「日本書紀」の継体天皇に取材した狂女ものであり、テーマは想いの成就にあるという。佐藤氏は...

「短刀花形見が謡曲花筐に由来するものならば、それを所持していることで想いがいつか成就することを意味しているのではなだろうか。....傍系の息子が皇位を継承したように、分家の出身であっても本家を継ぐことができるという、心の内の秘めた想いが短刀花形見には込められているように感じられるのである。」(「図録」 P46)

確かに分家の光悦の多才さは本阿弥一門の中でも群を抜いていただろうし、そのような「想い」を持っていたとしてもおかしくないと思う。

しかしながら、腰刀の短刀においては、光悦の義兄弟でもある本阿弥宗家第九代光徳(1556~1619年)が所持していた短刀《銘 備州長船住長重 甲戌》の方が波紋の鮮烈さにおいて、凄い! と思った。本阿弥宗家の実力を見たような気がしたのだ。

長船長重《短刀 銘 備州長船住長重 甲戌》(南北朝 建武元年(1334年))

(次回に続く


NHK-BS「世界都市ローマ 永遠の都の秘密」にカラヴァッジョ(^^)

2024-01-31 23:58:53 | テレビ

NHK-BS「フロンティア-世界都市ローマ 永遠の都の秘密」を見ていたら、カピトリーノ美術館が紹介され、なんとカラヴァッジョの2作品《女占い師》と《洗礼者聖ヨハネ》がカメオ出演していた

https://www.nhk.jp/p/frontiers/ts/PM34JL2L14/episode/te/Y8LGZWJ217/

まぁ、福岡市美術館で絶賛開催中の「永遠の都 ローマ」展に《洗礼者聖ヨハネ》が出展中でもあり、主催にNHKエンタープライズもありで、当然と言えば当然なのだけどね

https://roma2023-24.jp/

カラヴァッジョ《洗礼者聖ヨハネ》(1602年)カピトリーノ美術館

番組内容としては、ローマを中心とした古代から近現代に至るイタリア史のおさらい会というような内容で、加藤磨珠枝先生のご尊顔も初めて拝しました

「永遠の都ローマ。二千年を超える歴史と比類なき文化を今も体感できる、唯一無二の“奇跡の都”だ。なぜローマは「永遠」なのか?その秘密に膨大な芸術品や建造物から迫る。 永遠の都ローマ。巨大国家「ローマ帝国」の首都として、世界中に信仰を広げた「キリスト教世界」の中心として、ルネサンス、バロック、現代までつながる「新たな文化・芸術の発信地」として、二千年以上の間、世界を魅了し続けてきた。なぜローマは「永遠」なのか?浮かび上がるのは、光と影の歴史を生き抜いてきたローマの不屈の精神。膨大な芸術品や建築物を読み解きながら、「永遠」の秘密に迫っていく。」(NHK番組サイトより)

再放送もあるようですね。

・NHK-BS 2月5日(月)午後5:00~午後6:00

・NHK-4K 2月5日(月)午後5:00~午後6:00

ああ...ローマ...ずいぶんご無沙汰しているような気がする

《カピトリーノの牝狼》カピトリーノ美術館(展覧会に来ているレプリカではありませんっ


大人の休日作戦-冬寒編。

2024-01-28 22:37:48 | 国内旅行

東北新幹線の運転見合わせ事件の打撃から気丈にも(?)立ち直り、大人の休日作戦を遂行した。

結局、運休があったことにより、期間内(4日間)に 仙台⇔東京 の往復が1回しかできず(予定では2回)、「大人の休日パス」のお得感が失われてしまったのだった

さて、もちろん今回の目的は東京国立博物館であり、特別展「本阿弥光悦の大宇宙」展を観て...

新春特別展示延期中の長谷川等伯《松林図屏風》を観て...

そそくさと仙台に帰ってきたという、なんだか寂しい作戦となっていまった。しかし、「光悦展」は面白かったし、《松林図屏風》は何度観ても素晴らしい。

ということで、「本阿弥光悦の大宇宙」図録も購入したので、ぜひサクッと感想を書きたいと思っている。展示替えもあり、もう一度観ても良いかもと思うほど良かった!!特に最後のお茶碗展示は圧巻だったし、(敢て)作為の無い長次郎茶碗の静かな凄みも再認識させられたのだよ


東北新幹線運転見合わせ。

2024-01-23 17:20:33 | Weblog

「新幹線の復旧作業が行われる中、男性作業員2人が感電し搬送されました。」

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6489214

胸が痛くなるニュースで、作業員おふたりのご無事とご回復を心からお祈りいたします。

実は今日、上野で「光悦展」を観るため10:22仙台発の東北新幹線に乗った。走り始めて5分ぐらいでアナウンスがあり、架電線切断のため次の白石蔵王駅で停車するとのこと。車内で待つこと30分以上、またアナウンスがあり、運転再開の目途が立たないので、仙台に戻る人は白石駅から在来線(東北本線)を利用してほしいとのことだった。

スマホで状況確認したら相当時間がかかりそうでしばし悩んでしまう。運転再開して上野に着いても、展覧会鑑賞時間は短くなるだろうし、帰りの新幹線も通常運行とはならないだろう。白石駅から仙台に戻ろう…そう覚悟を決めたのは12時近くだった。

問題は、白石蔵王駅と白石駅は離れていて、徒歩で20分近くかかるらしい。タクシーも見当たらず、バスも無い!観光案内所で白石の地図を貰い、白石駅までの徒歩ルートを教えてもらった。

蔵王おろしの冷たい風を受けながら白石駅まで歩く。駅へは歩道橋を渡らなくてはならず、現在右膝に違和感を抱えている状態なので、これには参った。で、更に、酷い出来事が...(涙)。

駅に着いたら、向こうホームに仙台行きの列車が止まっていた。しかし、連絡橋を渡らなくてはならない。これまた階段の上り下りあり、ゼイゼイと降りた途端、私を残して列車は発車してしまったのだった!!ひっど過ぎるわ~!!

ということで、次の列車を待ち仙台駅に戻ったのだが(着いたのは14:40頃)、無駄に失われた時間を返してほしい

不幸中の幸いは

・展覧会チケットが日時指定ではなかったこと。

・新幹線が次の白石蔵王駅で停車したこと。(って、仙台駅から発車しないでほしかった!)

困ったことは

・大人の休日パス利用なので、期日4日間の1日が潰れてしまったこと。

・新たに新幹線指定を取ろうとしたら、駅の新幹線自動発券機が全て中止(みどりの窓口は長蛇の列!)で指定が取れない。

故に、いつ東博に等伯を観に行く? どうする?>私


秋の北イタリア旅行(11)(ヴィチェンツァ①)

2024-01-09 22:55:29 | 海外旅行

さて、今回の旅の一番の目的はこのVicenzaにあった。アンドレア・パッラーディオの「ラ・ロトンダ(La Rotonda(Villa Almerico Capra))」をぜひ観たかったのだ。サイトで調べたら開館が金・土・日になっていたので、金曜日に行く予定を立てていた。

アンドレア・パッラーディオ(Andrea Palladio, 1508-1580年)は、パドヴァ生まれの建築家であるが、ヴィチェンツァの「Palazzo della Ragione(市公会堂)」改修案コンペで優勝し、後にヴィチェンツァに居を移して多くの建築物の設計を行っている。ちなみに、「Palazzo della Ragione」はその後パッラーディオ様式(初)の公会堂(Basilica)ということで「バジリカ・パッラディアーナ(Basilica Palladiana)」と呼ばれることになる。

若きパッラーディオはヴェネツィア中央での活躍の場を求めたが、当時、サッコ・ディ・ローマ(1527年)によりローマの芸術家や建築家もヴェネツィアに逃げてきていた。ヤコポ・サンソヴィーノ(Jacopo Sansovino、1486-1570年)もその一人で、人脈の成果(?)でヴェネツィア政府の重要な仕事を引き受けるようになり(サン・マルコ聖堂主任建築家就任、マルチャーナ図書館設計...とか)、パッラーディオの入り込む隙がなかなかなかった。「リアルト橋」コンペにも敗れたしね。サン・ジョルジョ・マッジョーレやイル・レデントーレなども後半年になってからの仕事である。

もちろん、パッラーディオは「建築四書」や、バルバロ編「ウィトルウィウス建築十書」(図版)を著し、建築理論の分野でも有名である

興味深いのは、サンソヴィーノやジュリオ・ロマーノが建築の装飾も自ら手掛けたのに対し、パッラーディオは石工出身だったから、装飾に関しては地元出身の優れた画家との役割分担によって数々の名作を残したようなのだ。

ということで、ヴィチェンツァ移動の翌日である木曜日、朝食の後、さっそく市内見学用に「Vicenza Card」を購入しようと、テアトロ・オリンピコ隣のインフォメーションを目指した。

下↓の城門から入り、ローマ広場を横切り、アンドレア・パッラーディオ通りをまっすぐ進む。

「テアトロ・オリンピコ」は通りのずっと先で、道すがら様々な(含パッラーディオ)建築物を眺めていたら、横道の先にある青緑色の屋根が印象的な「バジリカ・パッラディアーナ(Basilica Palladiana)」が目に飛び込んできた。

バジリカ前のシニョーリ広場ではマーケットが開かれ、客でにぎわっていた。きっと木曜日は市の立つ日なのだね。

バジリカの向かいには同じくパッラーディオが設計したヴェネツィア共和国総督官邸「ロッジア・カピタニアート(ロッジア・ベルナルダ)」が建っていて、ヴィチェンツァがヴェネツィア共和国のテッラ・フェルマであったことを想起させる。

「ロッジア・カピタニアート」はパッラーディオにより1565年に設計され、1571年から1572にかけて建てられた芸術作品である。この元ヴェネツィア総督官邸は現在ヴィチェンツァ市議会の建物になっているようだ。

だからなのだろうか、パラーディオ通り周辺には、思わず「ここはヴェネツィア?」と思わせるパラッツォもいくつかあった。↓は赤茶色の壁に白い窓枠が映える15世紀ヴェネツィアン・ゴシック様式の「パラッツォ・ブラスキ(Plazzo Braschi)」だ。

通りには時代様式の異なる興味深いパラッツォが並び、なんだかジェノヴァの街も想起しながら、ようやくテアトロ・オリンピコ横のインフォメーションにたどり着いた。

「Vicenza Card 」は15€のカードを買ったのだが、これはちょっと失敗だったかも。15€だと11ケ所の見所の内4ケ所しか入場できない。20€のカードだと全部見ることができるのだ。と知ったのは、翌日バジリカのインフォメーション(チケットセンター)でのことだった

とにかく、先ずは晩年のパッラーディオ設計「テアトロ・オリンピコ」から。近代最初で最古の常設の屋根付き劇場である。古い中世の建物の中にあり、外からは中に劇場があるなんて想像できないほどだ。

アンドレア・パッラーディオ「テアトロ・オリンピコ」(1580-85年)客席部分

客席はかなり急な造りになっていて、ロープに掴まりながら上の段に昇るようになっていた。客席上階にはローマ風の彫刻が並ぶが、他の建物でも多用されているので、パッラーディオって彫刻飾りが好きなのかもね、と思ってしまった

上↑は「テアトロ・オリンピコ」舞台部分。後継のヴィンチェンツィオ・スカモッツィ(Vincenzo Scamozzi、1548 - 1616年)による舞台(テーバイの町並み)は遠近法の錯視を上手く使い、奥になるほど小さく作られている。要はローマのパラッツォ・スパーダの庭にあるボッロミーニのトンネルと同じだね

上↑は「テアトロ・オリンピコ」見学後の出口。この建物の中にあの劇場があるなんて信じられないよね

「テアトロ・オリンピコ」見学を終えた後は、すぐ近くの「パラッツォ・キエリカーティ(市立美術館)」に向かった。こちらもパッラーディオ設計の傑作建築である。

アンドレア・パッラーディオ「パラッツォ・キエリカーティ」(1550年設計、17世紀末完成)


日経新聞(美の粋)「ルネサンス期の聖母像(1)ボッティチェリ」(^^;

2024-01-07 21:14:32 | 西洋絵画

今日(1/7)付の日本経済新聞(日曜版)見開き「美の粋」にボッティチェッリ図版が溢れていたので驚いた

「14~16世紀のルネサンス期、イエス・キリストの母マリアを描いた聖母像は身近な人物へと変化した。ボッティチェリ、ペルジーノ、ラファエロ、ティツィアーノという4人の画業を通してその変化をたどってみよう。」とのことで、第1回目が「ルネサンス期の聖母像(1)ボッティチェリ」だったようだ。

4人の画家の選定基準はよくわからないけど(少々面白みに欠けるかも)、ベルリンの《バルディ家祭壇画》が登場したので文句は言わないことにした

ボッティチェッリ《聖母子と二人の聖ヨハネ(バルディ家祭壇画)》(1484-85年)ベルリン国立絵画館

記事に「聖母の硬い表情はイエスの受難、聖者の殉教を予想しているためかと思いきや、実は禁欲的なサヴォナローラの影響もあるのかもしれない」とあり、私的に、へぇ~、だった。

美術ド素人眼にはサヴォナローラの影響が現れる前の作品だと思われるのだけどね。それこそウフィッツィ《受胎告知》(1489-90年)と比べても違いがわかるし...。


ヴィチェンツァで「カラヴァッジョ、ヴァン・ダイク、サッソリーノ」展が。

2024-01-04 01:07:23 | 展覧会

北イタリア旅行記のヴィチェンツァ編に入る前に、カラヴァッジョがらみの展覧会情報を書こうと思う。(Fさん情報に感謝!!)

■「カラヴァッジョ、ヴァン・ダイク、サッソリーノ - ヴィチェンツァの三つの傑作」展

・場所:バジリカ・パッラディアーナ(ヴィチェンツァ)

・会期:2023年12月16日(土)~2024年2月4日(日)

https://www.mostreinbasilica.it/it/caravaggio-van-dyck-sassolino

「バジリカ・パッラディアーナの素晴らしい環境のなかで、カラヴァッジョの《聖ヒエロニムス》、アントン・ヴァン・ダイクの《人間のつの時代》、ヴィチェンツァの現代美術家アルカンジェロ・サッソリーノの未発表作品など、それぞれが深遠なメッセージを表現した3つの傑作を鑑賞することができます。《 No Memory Without Loss 》 は、このイベントのために特別に制作された作品のタイトルです。過去と現在の間を行き来する、巨匠たちの筆致によって固定された容赦ない時間の流れが、現代美術の変容の中で再び流れ始めます。」(公式サイトより)

※参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=QElen-YtGnQ

動画では会場である「バジリカ」2階の様子も見ることができる。私が11月に行った時、2階は封鎖されていて見れなかった。この展覧会は、同時にパッラーディオの「バジリカ」2階内部も見学できるので貴重だと思う。

パッラーディオ《バジリカ(Bsilica palladiana)》(1549年)

多分、会場への階段↓になるのだろうね。

ちなみに、「バジリカ」1階にあるチケットセンターを利用したのだけど、この展覧会情報は出てなかった(気が付かなかった?)のだ


新年早々...

2024-01-03 20:36:27 | Weblog

能登半島地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。一日も早い復旧をお祈りしております。

昨日は日本航空機と海上保安庁機との追突炎上事故もあり、亡くなられた5人の方々のご冥福をお祈りいたします。

新年早々、辛くて悲しい出来事が続いていますが、今年が安らかな年になることを祈らずにはおれません。

 


謹賀新年。Happy New Year!Buon Capodanno!!

2024-01-01 00:37:20 | Weblog

明けましておめでとうございます!!

Happy New Year!!

Buon Capodanno!!

今年もよろしくお願い申し上げます。

カラヴァッジョ《バッカス》(1596-97年頃)ウフィッツィ美術館

陳容《九龍図巻》(部分)南宋(1244年)ボストン美術館