遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『この国は原発事故から何を学んだのか』 小出裕章 幻冬舎ルネサンス新書

2013-08-02 11:21:10 | レビュー
 本書は2012年9月に出版された。原発事故に関連した原因解明や放射線の影響など、科学的・技術的な側面を語りながら、一般読者向けに読みやすい内容になっている。それは多分、その時々の主催者の要望テーマに沿いながら繰り返し実施されてきた小出さんの講演内容がベースになって本書がまとめられているからだろうと推察する。「あとがき」に「本来は、私と峯(晴子)さんの共著とすべき内容ですが、少なくとも科学的な記載に関しては私に責任があります」(p221)と記されていることから窺える。
 インターネットの「小出裕章(京大助教)非公式まとめ」のサイトにアクセスし、継続的に掲載されている小出さんの講演ビデオをフォローしていくと、大半の内容が当然ながらカバーされることになる。勿論、YouTubeから直接さまざまにランダムに掲載動画を見出すこともできる。

 本書の強味は、それら個々の講演で語られてきた内容が、いくつかの観点から再編集されて整理統合されていることである。いくつかの観点が本書の章になっていると言える。つまり、
 第1章 大飯原発再稼働は「破滅」への道
 第2章 忘れてはならない放射能汚染のおそろしさ
 第3章 福島第一原発は人災だった
 第4章 原子力ムラの犯罪
 第5章 「原発ゼロ」社会に向かって
これらの章の見出しそのものに、著者の主張点が明確に表明されている。

 本書が出版されてからはや10ヵ月余、日本は福島原発事故から何を学んだのか。原点においては未だ何も学んでいないという結論になるのではないか。そんな気がしてならない。意識の風化が進んではいないか。
 本書の最後近くで著者はこう書いている。「私は以前から、電力会社の原発頼りの経営は、福島第一原発事故のようなことが起きれば、原子力発電所がすべて不良債権化して破綻することもあることを指摘し、もし本当に会社を長期的に存続させたいのなら、原発から撤退すべきと提案してきたつもりです」(p215)と。沖縄電力が原発ゼロで運営されているではないか、と最後に語っている。
 だが、現実は、大飯原発の立地には活断層を初め危険な要因が重なっているのに、再稼働してしまっている。福島第一原発事故で明らかになったことから指摘されている重要な安全対策を先送りし、対策未実施を含みながら、再稼働が強行された。超党派の国会議員集団「原発ゼロの会」が「危険度総合ランキング」と「即時廃炉にすべきもの」という2つのリストを公表している。即刻原発廃炉を主張する著者は、前者のランキング作成の意味に疑問を呈しつつ、それを紹介している。危険度総合ランキング1位が大飯1及び大飯2であり、第3位が美浜1、第4位が美浜3である。即時廃炉リストの第1位が敦賀1、第2位が美浜2なのだ(p42-43)。関西電力は何も学んでいない。それを許してしまった側も、結局十分には学べていないということになるのだろう。

 第2章では、直接の外部被曝の危険性が外見的には低減していく中で、放射線汚染の恐ろしさに対する認識が風化しつつある点を懸念する。そして、外部被曝と内部被曝を明確に区分してとらえる必要性を説く。特に心配されるのは内部被曝なのだ。内部被曝の危険性が日本全体に、さらに世界全体に広がってしまった点に注意を喚起している。空気、食品、水すべてが内部被曝をもたらす現実を指摘する。各種の対策ノウハウ本が出版されている事実を踏まえて、著者は食品から放射性物質を取り除く実験も実施し、結果を説明している。結果的に、完全に取り除くことはできなかった。つまり「私たちはこれからもずっと、汚染された食べ物を摂取し続けるしかない」(p67)と結論づける。

 著者の論点をいくつか、要点列挙してみると、
*被曝の影響について、しかるべきデータを得るための追加調査が必要である。p78
*せめて放射線感受性が高い子どもたちには少しでも汚染度の低い食べ物を。 p82-83
*部分的除染はできても、放射性物質はなくならない。移染だと認識せよ。  p85
*福島第一原発からは今も、毎時750万ベクレルの放射性物質が放出されている。 p85 
*「汚染」と呼ぶものは、フクイチの原発から出たもの。東電の「所有物」だ。 p88
 猛烈な放射性物質が濃縮された焼却灰はすべて東電に返すのが筋。集中隔離。p89-92

 第3章で、筆者は東電のレトリックと情報隠蔽のプロセスを究明し、その問題点の証拠も提示する。原発事故の引き金を引いたのは地震であり、原発の生命線冷却のための水を供給できなくなったことが重要な要因だと言う。この章で説明用に提示されているイラスト図がわかりやすくて、理解を深める役に立つ。津波はとどめをさす役割を担ったのだと論じている。
 政府・東電の不始末、つまり原子力ムラの不始末は「人間軽視」の結果なのだと著者は喝破する。事故後の対処プロセスにおいてもそれが現れている事実の一端に触れている。
 第4章で、著者は原子力ムラのもつ犯罪性について言及していく。原子力ムラが科学を自分の収入や名誉のために利用する一群の人々で成り立っていること。利権に集う人々が構造的な差別を生み出している側面を指弾している。宮沢賢治の作品『グスコーブドリの伝記』と自らの一生を水俣病の解明とその患者にささげた医師・原田正純氏を類比として採りあげ、原子力ムラと対比して語る。そして、東電に情報公開を要求し続けた弁護士・日隈一雄氏の解明された事項を明示してくれている。
 日本原子力学会が原子力ムラの片棒をかつぐ役割を担ってきた経緯、原子力委員会が役に立たなかった事実に言及する。そこには、寄付金などの名目でお金が介在している局面も指摘する。広告費を収入源とするマスコミが原子力推進の旗を振る側に立ち、権力を監視しない側面を指弾する。「誰でも、『間違ったことをすれば罰せられる』ということになれば、今までのような無責任なことはできない。権力監視こそジャーナリズムの拠って立つところです。その気概が残っているなら、ジャーナリズムは原発事故の個人責任を先頭に立って追及してほしいと思います」(p186)と著者は言う。
 そして、原発と原爆が表裏一体なのだと論じている。「原発がある限り原爆製造の余地を与えてしまいますので、原爆を廃絶しようと思うのであれば、原発も廃絶させなければなりません。」(p196)
 参院選が「安部自民大勝」(朝日新聞2013.7.22)の結果となった。原子力ムラがより一層蠢動しやすくなったと思う。大いに警戒すべき事態ではないか。懲りない人々が再び暗躍することを恐れる。如何に監視し、対応できるのか。
 
 「原発ゼロ社会」に向かう(第5章)には、やはり基盤は再稼働に反対し、原発ゼロをめざす人々の力なのだ。著者はオーストリアのツヴェンテンドルフ原発の建設・未稼働・撤廃の事例を引いて語る。「他人事」ではなく「自分事」としての行動から始まるのだと。原発ゼロは、一人一人の生き方の選択に直結しているのだと、著者は論じている。そうだと思う。
 「原発を東京に作らず、福島に作ったことは、原子力を進めてきた人たちの思惑が效を奏したことになります。・・・自ら引き受けることができないリスクを抱えた機械を他者に押し付けること、そのこと自体が差別です」(p212)「豊かな生活を維持するためには原発が必要だと思っている人がいますが、そのために、謂われのない犠牲を他者に負わせなければ成り立たないものが原子力です。私は、そのような原子力のあり方にこそ反対してきました。そして、同じような差別の構造は原子力の場だけでなく、どこにでも存在しています」(p213)と著者は説く。
 「それぞれが自分の生活の場から、『反原発』『反差別』を発信してくれるようになれば、きつと原発は止められるし、いつか社会は変わるだろうと思います。」(p215)
 
 この書あるいは類書を読み、原発事故、原発の実態について考え、「自分事」として認識すること。そして「原発ゼロ」にマッチする生き方を見出していく行動、自分にできる行動をとることが、出発点なのだろう。
 まず適切に認識を深めること、解りやすく全体像を知る為には有益な新書である。ぜひ、ご一読願いたい。

 ご一読ありがとうございます。


関連する情報をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

「原発ゼロの会」公式ブログ
    原発危険度ランキング(第2版)について pdfファイル

[最近のマスメディア報道から]

「原発は構造的問題」 東海村・村上村長一問一答 2013.7.25 東京新聞
除染事業者68%が労働法令違反 賃金不払いや教育不足 2013.7.24 東京新聞
原発再稼働:「福島の現実見て」…知事が電力各社をけん制 2013.7.12 毎日新聞

除染費用150億円を追加請求へ 環境省、東電に 2013.7.26 東京新聞
除染費用は最大5兆1300億円 産業技術総合研が試算 2013.7.23 東京新聞

放射線量の減り方 鈍化 半減期短い物質減少 30年のセシウム残存
 2013.7.25 東京新聞

福島第1原発:汚染水流出 3県漁業関係者、東電に対策要請 2013.7.25 毎日新聞
福島第1原発:汚染水流出 公表姿勢に批判 規制庁「確認遅れは遺憾」
 2013.7.24 毎日新聞
福島第1原発:3号機の湯気、原因究明指示 規制委 2013.7.20 毎日新聞
規制委、追加調査で公開検討会 敦賀原発の活断層で 2013.7.24 東京新聞
原発、処理後の水放出は不可避 規制委員長が見解 2013.7.24 東京新聞

特集ワイド:ニュースアップ 福島から、たった2年 原発銀座、福井の現実「まさか再び」=福井支局敦賀駐在・柳楽未来  2013.7.14 毎日新聞

東京大学谷口研究室=朝日新聞社共同調査 データアーカイヴ
脱原発派、再稼働に温度差〈朝日・東大谷口研究室調査〉 2012.12.11 朝日新聞

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)



今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『ふるさとはポイズンの島』島田興生・写真、渡辺幸重・文 旬報社

『原発事故の理科・社会』 安斎育郎  新日本出版社

『原発と環境』 安斎育郎  かもがわ出版

『メルトダウン 放射能放出はこうして起こった』 田辺文也 岩波書店

『原発をつくらせない人びと -祝島から未来へ』 山秋 真 岩波新書

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』 鈴木智彦 文藝春秋

『官邸から見た原発事故の真実』 田坂広志 光文社新書


原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新1版)