遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『決定版 日本の雛人形 江戸・明治の雛と道具60選』 是澤博昭  淡交社

2021-03-03 15:57:05 | レビュー
 京都国立博物館では2月から3月にかけて、恒例の「雛まつりと人形」という特集展示が企画される。2021年は2月9日~3月7日の期間での展示である。別の特集展示と併せて会期の初期に鑑賞してきた。その時ミュージアムショップで本書が目に止まった。決定版と60選という語句に惹かれたことによる。自宅で奥書を読み、この本は2013年2月に初版が出版されていることを知った。近年ほぼ毎年恒例にしてこの特集展示を鑑賞しているが、この本に気づかなかった。折角だから雛祭りまでには・・・と思い、2月末に読み終えたが、印象記をまとめるのが遅くなった。

 冒頭に引用した本書のジャケット写真(表)の雛人形の様式は「古式享保雛」で「江戸時代中期より酒造業を営んでいた柳澤家の雛」(p17)だとか。本書に収録された60選の写真は大屋孝雄氏の撮影による。ジャケット表紙にも記載されている。

 本書は副題の「江戸・明治の雛と道具60選」のそれぞれの写真を主体にして、まず4章構成で雛人形と雛道具の写真が掲載され、各章のテーマの概略説明とリンクし、それぞれの雛と雛道具に解説が付されている。この4章構成が計72ページでまとめられている。
 その後に「テキスト編」として「祈りと願いの系譜 雛遊びから雛祭りへ」という論考が続く。本文は47ページのボリュームであり、各所に図版が挿入されている。日本の雛人形に関する論文と言える。
 読み進め雛人形を歴史的視点で眺めると、奥が深いということが実感できて興味深い。

 本書にも関連するので、上記の京博・平成知新館の特集展示会場で入手した「京人形を楽しむための鑑賞ガイド」の表紙を引用しておこう。この表紙に掲載の写真には「御殿飾り雛 木村進一氏寄贈 京都国立博物館蔵」と付記されている。

 本書に戻る。最初の4章の構成は次のとおり。
   第一章 雛人形の様式 名品からの紹介 
   第二章 武家から公家へ 雛の品格
   第三章 ひろがる雛の世界 身分を超えた女の祭り
   第四章 雛の近代

 第一章では雛人形の様式を「立雛(たちびな)、寛永雛、享保雛、次郎左衛門雛、有職雛、古今雛」と分類している。そして、享保雛には新旧二様があり、古式享保雛と享保雛に区分される。本書の表紙は旧様式ということになる。上掲の鑑賞ガイドでは、「さまざまな雛人形」と題して1ページにイラスト図付き、同じ様式分類で簡略な紹介をしている。
 本書によれば、寛永・享保という時代呼称が付けられているが、「製作年代を意味するのではなく、一つのスタイルにつけられた名称にすぎない」(p27)という。「明治期から大正期にかけて好事家が命名したもの」(p27)がそのまま定着したそうである。上記鑑賞ガイドでは「古式享保雛(元禄雛)」と表記している。本書の著者は、「元禄雛」の呼称を意識的に本書では使わないとしてその理由も説明している。
 そこで、「御殿飾り雛」との関係である。京博の特集展示では2種の御殿飾り雛が展示されていて展示室でのインパクトは強かった。これ自体は雛の飾り方の名称であり、雛自身のスタイルとしての様式ではないということのようだ。鑑賞ガイドを読んでいたときは意識していなかったのだが、本書を読んでいてその区別に気づいた。よく読めばそういう名称付けになっている。本書では、「第4章 雛の近代」の中で、p75に「田中平八家・御殿と芥子雛」として写真が掲載され、右のページには江戸期の面影を見ることのできる極小の雛・雛道具として紹介されている。御殿は二次的に扱われている印象を持ったところから、気がついた次第。田中平八とは「幕末から明治にかけて横浜におもむき生糸取引を中心として活躍し」「天下の糸平」(p74)として名を馳せた人。この雛人形は平八の長男・二代目平八が長女のためにこしらえたものという。
 第4章には他に「明治天皇皇女の雛と雛道具」「商家の名門三井家の雛飾り」「尾張德川家三代の雛飾り」が載っていて、それぞれの雛の飾り方が異なっていておもしろい。
 
 次に、テキスト編の構成もまずご紹介しておこう。
  1.雛祭りの源流 雛遊びのころ
  2.雛遊びから雛祭りへ
  3.京都から江戸へ 京風次郎左衛門雛の流行
  4.江戸の雛、古今雛の誕生
  5.雛祭りの円熟期 芥子雛・雛道具と京風古今雛

 つまり、本書では主に第二章・第三章での概略説明が、テキスト編としてさらに具体的に論考されていることになる。

 本書から学んだ基本的な事項を私自身の覚書を兼ねて要約してみる。本書への誘いとなればと思う。本書では典拠を示しながら考察が進められている。読者にとっては雛人形に関係する史資料について幅広く知識を広げる機会にもなる。

*現在のような雛祭りが確立するのは江戸時代の半ばを過ぎた18世紀中頃である。
*雛祭りの源流は、平安時代の男女の「ひひな」に溯れるようだ。若い男女が「ひひな」に託して言葉を交わす遊びとして用いられた。それが子どもの遊びに転じていく。「ひひな遊び」は大人になる前の女児の人形遊びで、季節に関係がなかった。『源氏物語』には若紫が雛遊びに熱中する場面を「紅葉賀」に描くがこれは正月。他にも「ひひな遊び」が「末摘花」(正月)、「野分」(8月)、「夕霧」(8月末)に登場している。
*雛人形の最古の形式は「立雛」であるが、これはヒトガタの面影を残す。祓いに使う人形(ヒトガタ)は奈良時代の初めに起源があるという。祓いに使われる「カタシロ」は、人の身代わりであり「ヒトガタ」ともよばれた。ヒトガタの身を撫で、気息を吹きつけることで、除災招福を願った。
 『源氏物語』には、「須磨」の巻に、三月巳日源氏がヒトガタを舟に乗せて海に流す場面が描かれている。三月上巳の祓いという行事である。
*「雛遊び」においては、人間の姿を小さくかたどった人形を「ひひな」と呼んでいる。
*室町時代、16世紀の中頃から「ひな」が人形の意をあらわしはじめ、雛遊びが3月3日に固定されて定期的な遊びになり始める。著者は、3月3日になるのは天正期(1573~1592)以後と論じている。
*京都の公家社会では3月の節句は上巳の節句であり雛遊びは俗習として軽くみる傾向があったという。
 一方、江戸幕府は雛遊びを年中行事に取り入れる。武家社会が「年中行事雛祭り(遊び)」を節句行事として創り出した。3月3日の雛遊びが一般的になるのは延宝以降という。18世紀に入って出版物中に「雛祭」の表記が確認される。
*江戸の風物詩の一つ「雛市」は17世紀の終わり頃には町に現れた。
*民間の雛祭りが年々派手になると、今度は奢侈禁止令が度々出されることになる。
 最たるものが享保6年(1721)7月の町触れ。雛人形などの高さが8寸(約24cm)以上は禁止となる。これがその後の江戸時代を通じた基本になる。
*製作年代を遡れる雛人形の実物資料は、最古に近いもので18世紀中頃のもの。
*雛の形式は立雛と坐雛。坐雛は当時から内裏雛と呼称されていた。立雛と内裏雛が並んで飾られている絵が『日本歳時記』(1688年)にある。
*初期の内裏雛は「寛永雛」。女雛は袖を両側に開き、手先はつくられていない。男雛は頭と冠が一体の木彫造り。髪と冠は墨で塗られている。
*京の人形屋雛屋次郎左衛門に由来する「次郎左衛門雛」は武家・公家用の本流。特徴は頭が丸く、引き目・鉤鼻である。古いものは手足をつけていない。後のものは雛に手足が付けられる。
 雛屋は幕府の御用達で江戸に屋敷を賜っていたという。
*公家の衣裳を忠実に再現した「有職雛」は、公家に愛用された雛。有職雛は明治以降に付けられた呼び名。
*「享保雛」は町家にはやった。上記の通り古式享保雛と享保雛の二様がある。
 顔は面長。女雛は十二単風に袿を重ねた襲(かさね)装束で、袴に綿を入れて厚くふくらませている。男雛は束帯に似た装束で袖が横に張っている。金襴や錦などの上質の織物を装束に使っているものもある。享保雛には像高50cmを超えるものもある。
*「古今雛」は江戸で生まれた。安永期(1772~1781)の終わり頃から江戸の町に流行する。
 目にガラスをはめこんでいる(玉眼)。有職を無視した豪華な公家装束の町雛。
 江戸の名工、二代目・原舟月が大成したとされる。江戸の流行が上方に及び、京風をはじめ様々な形に発展する。京風古今雛は幕末まで描き目が多いという。
*古今雛が現在の雛人形の原形である。
*奢侈禁止令で8寸以上の派手な雛や雛道具が禁止され、「雛市改め」の取締りが厳しくなると、雛商たちはしたたかにそれに対応していく。その結果、雛商たちは8寸に満たない小さくて精巧な芥子雛や雛道具を生み出し、流行させる。地味で渋く。小さな雛の高級品もつくりだす。
 著者はテキスト編の「五 雛祭りの円熟期」でこの経緯を詳細に考察している。

 最後に、テキスト編の「おわりに」に著者が記す結論を引用しておこう。
「太平の世が続く江戸時代、人々の遊び心は、玩具(手遊)である人形に素朴な信仰心(病気や災いから守るヒトガタ)を融合させ、雛祭りを誕生させた。子どもの健やかな成長への『願いと祈り』を礎として、『遊び心』や『美意識』、時には『権力への反発心』などが複雑に絡まりあって、近世に形成されたものが日本の雛祭りであり、雛人形だ。」(p128)
「人形を観賞用のものにまで昇華させ、さらに芸術上の地位まで与えてしまう、世界でまれな人形文化を形成する日本人の心性が、雛人形には凝縮されている。」(p139)

 この本、雛と道具60選の写真を個々にあるいは対比しながら眺め鑑賞するだけでも楽しめ、おもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

雛人形・雛祭りに関連して、少しネット検索してみた。検索結果から有益なものを一部にすぎないが一覧にしておきたい。
特別展示 雛まつりと人形  :「京都国立博物館」
雛人形 館蔵品データベース :「京都国立博物館」
雛飾り      :「文化遺産オンライン」
雛段飾り(鍋島栄子所用) :「文化遺産オンライン」
次郎左衛門雛   :「文化遺産オンライン」
有職雛(直衣姿) :「文化遺産オンライン」
御殿飾り雛人形(揃) :「文化遺産オンライン」
銀製雛道具    :「文化遺産オンライン」
春の特別展 「雛まつり~御殿飾りの世界~」  :「日本玩具博物館」
春の特別展 「雛まつり~雛と雛道具」  2017年:「日本玩具博物館」
御殿飾りの世界へ  :「日本玩具博物館」
【2021】時代を超えて受け継がれるひな人形〜京都のひなまつり5選〜 :「KYOTO SIDE」
「2021滋賀 びわ湖のひな人形めぐり」 :「東近江観光ナビ」
第23回飛騨高山雛まつり  :「ぎふの旅ガイド」
勝山のお雛まつり  :「岡山観光WEB」
雛祭り  :ウィキペディア

    インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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