遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『運命の地軸反転を阻止せよ』 クライブ・カッスラー&ポール・ケンプレコス 新潮文庫

2011-10-03 01:27:13 | レビュー
 NUMAファイルとしては6冊目になる。これは国立海中海洋機関(NUMA)特別出動班を率いるカート・オースチンを主人公に、そのチームが活躍するシリーズだ。NUMAの組織で大活躍してきたダーク・ピットはいまや、NUMA長官となっている。このNUMAファイルでは、ほんの少し顔をのぞかせる程度にとどまる。

 今回の話は、スケールが大きい。翻訳本のタイトルにある如く、地軸(北極~南極)を反転させ世界を混乱の極に陥れようとする陰謀を阻止すべく、カート・オースチンと彼のチームが敢然と立ち向かうというもの。科学的事実をベースにフィクションが融合され、ダイナミックなバーチャル物語の世界が展開されていく。クライブ・カッスラーの海洋冒険小説の持ち味が縦横に発揮されている。
 
 プロローグは1945年東プロイセンのシーンで始まるが、この小説もまた「現在」の場面に日付けがない小説だ。1945年、第二次世界大戦さなかに反ナチス組織の一員であるカール・シュレーダーがドイツに拉致されたラスロ・コヴァチというハンガリー人科学者を救出する場面から始まる。東プロイセンに進攻するロシア、退却するドイツ。シュレーダーとコヴァチは、兵士や避難民を収容した<ヴィルヘルム・グストロフ>号に紛れ込んで乗船する。この船舶、実在した難民輸送船なのだ。魚雷の命中で船が沈没して、史上に名高い<タイタニック>で亡くなった人々の5倍にあたる命が失われたのだ。あまり知られていない史実が冒頭から盛り込まれている。私自身、ネットで検索して初めてこの史実を知った。

 話が「現在」に飛ぶ。<サザン・ベル>という高速で堪航性のある新世代の船舶が巨大波に巻き込まれて行方不明となる。一方で、カート・オースチンはワシントン州シアトルのピュージェット湾でカヤックレースに参加しているとき、湾に棲息している群れたシャチがレースの中に移動してきて暴れだす災難に遭遇する。シャチが人を襲うという習性がないのに、この異常事態が起こる。先頭のカートがまずシャチに襲われるが、かろうじて難を逃れ、禿げ頭に蜘蛛のタトゥーを刺青した男・バレットのボートに救助される。だが彼はその船のデッキにはなぜか奇妙な電子装置が積まれていたのを目撃する。ニューヨーク市では、抗議行動が暴動化し、大型スクリーンの映像電波がハイジャックされる事態が発生する。現在はモンタナ州ビッグマウンテンに名前を変えて居住するシュレーダーがある組織に雇われた男達に襲われる。
 これら、さまざまな事象が、地軸反転という陰謀への序章になる。

ストーリーは複数の行動が併行して進展していく。一つはNUMA側。オースティンは特別出動班班員のジョー・バサーラと<サザン・ベル>の探索を行う。一方、同じNUMAのガメーとモーガンのトラウト夫妻は海洋調査に加わり、ゾディアックで海水の採集中に、空の閃光を見、巨大な海洋渦発生に遭遇する。オースティンとバサーラがその救出に向かうのが一つの読みどころだ。この救出過程での発見が鍵になり、オースティンの推理、事象解明への糸口になっていく。
 もう一つは、地軸反転の計画を実行しようとする側の動き。オースティンを救助したバレットは実はこちら側の主要人物の一人だった。バレットはネオ・アナーキストと自称するマーグレイブと当初この計画を進めていく。この計画には<コヴァチの定理>が装置開発の礎になっている。コヴァチは電磁戰に関する論文を発表していた人物だったのだ。マーグレイブはコヴァチの行方を調べ、彼の研究資料をバレットに手渡す一方、コヴァチの孫娘カーラ・ヤノスの存在をつかむ。また、マーグレイブと共謀するジョーダン・ギャントという人物が登場してくる。
 さらに、カーラ・ヤノスは、マンモスの研究チームに参加する目的で、東シベリア海にあるアイヴォリー島に出かけるという話が併行して展開していく。ギャントがある筋に指示して、ヤノスを拉致し彼女に尋問させようとする。襲われた危機を脱したシュレーダーは、コヴァチの孫娘ヤノスを危機から救出するべく独自の行動を取る。ばらばらの事象に撚りがかかっていく。

 後半は、ヤノスをめぐり拉致側と救出側の活劇がストーリーの一つの山場になる。アイヴォリー島には、進化し小型化したマンモスが現存していて、火山の底に地下都市があったという設定は楽しいかぎりだ。そして、ヤノスが祖父コヴァチから教えられ記憶していることが結果的に重要な要因として地軸反転の阻止に結びついて行く。
 一方、バレットはマーグレイブの考えに同調できず、さらに殺されかかったことが契機となり、オースティンに接触し協力していく行動を選択する。オースティンの推理にバレットの説明が加わり、地軸反転計画の全貌が把握できるようになる。そして、ポール・トラウトが地軸反転のコンピュータ・シュミレーションを行うと驚愕する予測が出る。そこから、本格的な地軸反転の陰謀への阻止行動が開始される。これが最後のクライマックスへ向かう最大のストーリー展開となる。

 ウィキペディアの「ポールシフト」の項によれば、「実際に、地球の地磁気は過去100万年あたり1.5回程度の頻度で反転していることが地質的に明らかである」、「海洋プレートに記録された古地磁気の研究(古地磁気学)によって、数万年~数十万年の頻度でN極とS極が反転していることも知られている」という。こういう事実を踏まえ、電磁気学理論を絡ませて、虚実を織り交ぜて話が展開されている。
 また、ヤノスがアイヴォリー島に到着してから、現地で調査チームのメンバーを紹介される場面がある(上巻・p216)。そのメンバーに、「岐阜科学技術センターと近畿大学の研究に」関係する佐藤博士、「鹿児島大学の獣医」の伊藤博士が登場する。この小説になぜ実在する近畿大学や鹿児島大学が出てくるのか?鹿児島大学の名称がなぜ出てくるのか推測できなかった。しかし近畿大学の方は、「ロシア共同マンモス復元プロジェクト」という形で「顕微授精の世界的権威である近畿大学生物理工学部入谷明教授のグループが加わり、岐阜県もこれを支援しています。」という事実が、岐阜県畜産研究所飛騨牛研究部のホームページに掲載されているのを発見し、また関連記事も見つけた。こういう研究事実を下敷きにして、組織名称が採り入れられたと推測する。ちょっとした疑問から、私にとっては意外な事実を認識した次第である。岐阜科学技術センターそのものはネット検索でヒットしなかったので、岐阜県畜産研究所のことをアレンジした名づけかもしれない。「岐阜県先端科学技術体験センター」というのは実在するが、この組織の活動内容からすると本に出てくる名称にマッチングしない。ここもまた、虚実がうまく織り交ぜられている一例だろう。
 本書のマンモス調査に、幼いマンモスがその形状のままで発見されたという話が出てくる。これも、「リューバ」と名づけられたマンモスの発見事実が下敷きになっている一例だと推測する。

 事実をベースに虚構を織り交ぜて紡ぎ出されていく壮大な海洋冒険小説の醍醐味を今回も満喫できた。


NUMA特別出動班カート・オースティンの活躍シリーズを一覧にまとめておこう。
新潮文庫の翻訳版発行年月を参考に付記する。

『コロンブスの呪縛を解け』 2000/6
『白き女神を救え』 2003/4
『ロマノフの幻を追え』 2004/8
『オケアノスの野望を砕け』 2006/7
『失われた深海都市に迫れ』 2010/8
『運命の地軸反転を阻止せよ』 2011/7


本書を読む途中および読後に、関心事項の事実情報についてネット検索してみた。
虚実のつながり、空想の広がりを楽しむためにも、事実部分を押さえることはおもしろいし、あらたな発見にもなる。

難民輸送船ヴィルヘルム・グストロフ> ::ウィキペデアから

Wilhelm Gustloff - The Greatest Marine Disaster in History
 :MilitaryHistoryOnline.comのサイトから 


巨大海洋波・Freak Wave の発生機構の解明と予測
-海洋流体力学の一章として-

Freak Wave - programme summary :BBCのScienceサイトから

Freak Wave - questions and answers :BBCのScienceサイトから



地軸   :ウィキペデアから

電磁波  :ウィキペデアから

地磁気  :ウィキペデアから

地球の磁場とはなにか :「電気の歴史イラスト館」のサイトから

宏観異常現象  :ウィキペデアから

ニコラ・テスラ :ウィキペデアから

Nikola Tesla Museumのウェブサイト

海底調査法 :Marine Information Research Centerのサイトから

曳航式深海探査システム :JAMSTEC(海洋研究開発機構)のサイトより

2010年「みらい」北極航海で観測された巨大暖水渦と生態系へのインパクト

ファゾム :ウィキペデアから


ポールシフト :ウィキペデアから

The Polar Shift by Dan Eden

極移動 :ウィキペデアから


世界最大級の原子力砕氷船「ヤマル」号 :GIZMODEのサイトから


チューブワーム :ウィキペデアから

tubeworm(棲管虫)の画像集


マンモス :ウィキペデアから

リューバ(マンモス) :ウィキペデアから

リューバ・4万年の目覚め~ベビーマンモス解析大作戦~ :NHK ONLINEサイトから
 動画を見ることができます。(画像をクリック)
ロシア共同マンモス復元プロジェクト :岐阜県畜産研究所飛騨牛研究部

ゾウの「代理母」を使ったマンモス復活計画、近畿大 :AFPBB Newsのサイトから
2011年01月18日 16:20


ロスアラモス国立研究所 :ウィキペデアから


洞窟の比喩 :ウィキペデアから


カヤック :ウィキペデアから

人力ボートのいろいろ :堀内浩太郎氏の講演

パラグライダー着陸動画 :YouTubeから

モーターパラグライダーの離陸と着陸 :「動画映像おもしろ大全集」のサイトから



ご一読いただき、ありがとうございます。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿