遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『井沢元彦の教科書では教えてくれない日本史』 監修井沢元彦  宝島社

2016-09-27 09:36:55 | レビュー
 2016年6月に別冊宝島2334号としてA4サイズで発行された127ページの本である。
 監修井沢元彦となっているので、本書の執筆自体は多分複数のライターが分担執筆しているのだろう。井沢元彦氏(以下、敬称を略す)は小説家である一方で、『逆説の日本史』を初めとした独自の歴史解釈・歴史推理で井沢史観を形成し、ノンフィクション分野まで手掛けている。

 本書は、井沢元彦による日本史解釈、歴史観を踏まえて、古代から現代に至る長い歴史の中で、義務教育の教科書では教えない歴史の「謎」のキーポイントをよみやすく、わかりやすく説明している。日本の歴史の中で、時代のターニング・ポイントとなった出来事、あるいは教科書がふれない事柄、既成事実の如くに説明していることへの批判など、33のテーマを取り上げて、「教科書では教えてくれない」歴史分析・歴史解釈を展開してる。つまり、「古代から現代までを井沢史観で読み解く」という試みである。

 井沢元彦の『逆説の日本史』シリーズに興味を抱かせる導入本という位置づけにもなるかと思う。アマゾンで検索してみると、2016年9月時点で、文庫本では19巻(幕末年代史編2/井伊直弼と尊王攘夷の謎 )まで、単行本では22巻(明治維新編: 西南戦争と大久保暗殺の謎:2016年7月刊)までが出版されている。手許にはいまのところ、文庫本で15巻まである。残念ながら未だ部分読みにとどまるが・・・・。
 この対比で行くと、本書の「第一章 古代・中世編」(10テーマ)、「第二章 近世遍」(10テーマ)、「第三章 近代編」(10テーマ)までは、『逆説の日本史』での詳細な論及に繋がるのだろう。つまり、第1のテーマ「神話に描かれた『国譲り』」から、第30のテーマ「明治憲法にも生かされた『和』の精神」までが、この既刊シリーズ本でカバーされる。 井沢元彦は多数の著作を出版している作家なので、「第4章 現代遍」で取り上げられた3つのテーマも、私には不詳だがどこかで既に関連著作として論じているのかもしれない。参考に現代編のテーマをここに列挙しておく。「TOPIC 31 近代国家の戦争論」、「TOPIC 32 朝鮮戦争と南京大虐殺の知られざる真実」、「TOPIC 33 大東亜戦争における不可思議な解釈」である。

 本文は4章構成だが、内容としては、冒頭に「教科書ではわからない日本の歴史」と題する井沢元彦へのインタビューの談話記事(4ページ)が載っている。このインタビュー記事で、井沢は日本の歴史の研究方法の問題点を論じている。そのポイントは次の諸点と理解した。
*日本人の文化遺産である神話を「歴史」研究から外し、教えない点。神話も一つの「歴史」として研究し、教える機会があることが正当な研究態度ではないか。
*教科書に贖罪意識を持ち込み古代史解釈をする奇妙さ。例:渡来人と帰化人の両用語。*歴史の持つ宗教的側面、日本史を貫く行動原理などへの探求が為されていない。
*全体像をみた歴史の論及に欠けるため、歴史の流れが見えてこない。
これらは、33のテーマの扱いにも関わって行くことであり、井沢史観の根底にある見方だろう。詳しくは本書をお読み願いたい。示唆に富む批判点である。

 2つめに、日本あるいは世界のマップに重要武将などをイラスト入りで描き、日本通史におけるターニング・ポイントを抽出し、ごく簡略な付記をつけて、ある時代区分の全体像の一面を示している。このページ、義務教育でどこまで学んだか。あるいは、現時点で何をどこまでの事実あるいは知識・情報を理解しているかを見直すのにも使えると思う。 ここでは、井沢の監修した時代区分とターニング・ポイントとして抽出されている事象名称だけ、メモしておこう。
 
 古代の日本:  邪馬台国の成立、大和朝廷の成立、聖徳太子の十七条憲法
         大仏開眼供養、平将門の乱
 中世の日本:  守護・地頭の設置、源頼朝 征夷大将軍に、承久の乱、元寇
         南北朝時代、応仁の乱、織田信長 関所を撤廃
 近世の日本(1): 本能寺の変、豊臣秀吉の刀狩令、朝鮮出兵、関ヶ原の戦い
         キリシタン国外追放、大坂夏の陣
 近世の日本(2): 江戸幕府、黒船来航、薩英戦争、馬関戦争、大政奉還、戊辰戦争
 近・現代の日本:明治維新、日清戦争、日露戦争、第一次世界戦争、日中戦争
         太平洋戦争

 本書のタイトルにある「教科書では教えてくれない」視点での解釈が、33のテーマの中に数多く語られていることは、このタイトルを裏切ってはいない。
 井沢へのインタビューで教科書と今までの日本史の研究方法で欠けていた点と批判的に述べられていることに関連し、印象深い井沢史観としての見解をいくつかご紹介してみよう。私の理解のしかたというフィルターが加わっているので、本書を読み、再チェックしていただきたい。

1.日本史を貫く行動原理を井沢は「和」の精神と説く。それは神話に描かれた「国譲り」ということから始まり、聖徳太子の十七条憲法の第一条に「和を以て貴しと為し」を掲げたことに表象されているという。それが、明治維新の「五箇条の御誓文」の第一文にある「広ク会議を興シ万機公論に決スベシ」に継承されているとする。それが、日本の企業経営における稟議書のシステムにも連なって行くという。

2.古代の日本において、歴史上「帰化人」という言葉が使用されていたのに、現代の教科書が「渡来人」という言葉に置き換え、「帰化人」の語を抹消した点を指摘する。「歴史上の問題としては、まず事実としてそれを記載するのが正しい姿勢ではないでしょうか」と論じる。古代史の事実認識に対し、現在のイデオロギーでの解釈・変容を問題視している。

3.元寇において、神風が日本を勝利に導いたのは一つの原因だが、元軍の強さの秘密はその「騎兵」力であるにもかかわらず、船による日本への渡海が元軍の強味を発揮できなくさせた事にあるという捉え方は、実におもしろい。ナルホド!である。

4.いずれの宗教も、開祖を一番に崇敬しているが、その宗教を「大衆化」する工夫と手腕を持った人物が、世に普及させた結果、その宗教が隆盛して生き残っている事実を重視する。つまり、教団の組織化と信仰心を集める工夫がなければ、その宗教は消滅している。
5.中世から近世にかけて、寺社は中国留学僧が持ち帰った先端技術の集積場であった。それと共に、朝廷の庇護もあり、様々な経済的利益を集積した勢力を形成していた。その勢力を守るために、寺社を城塞化したり、僧兵集団を抱えていた。純粋な「宗教」以外の俗世的側面が強い。織田信長が破壊しようとしたのは、寺社の及ぼす俗世的勢力の側面である。その典型が当時の延暦寺であり、比叡山の焼討ちに繋がる。一方、その対策が、「関所の撤廃」「楽市・楽座」である。

6.信長には天下統一をなしえる先駆者としての条件、資質があった。勿論、信長自身がそれを形成、強化した訳だが。伝統にとらわれない発想と刷新を徹底する実行力。兵の傭兵化により年中戦える武闘集団を従えた。鉄砲を戦場の武器として大量投入した。実力・能力主義の徹底。流通経済の自由化。世界を視野にいれた先進情報の収集。こういう要因があげられる。秀吉、家康はある意味で信長の模倣者といえる。

7.近世における「油」の普及が消費社会のスタイルを変え、消費経済社会を活性化した。また、「生類憐みの令」は、戦国時代の価値観から平和な時代へのパラダイムシフトをさせる意味があった。こんな捉え方をしたことがなかったので、おもしろい。

8.家康が幕府安定のために導入した朱子学が、倒幕の中心思想にもなって行った。
 また、家康は徳川御三家の分立という布石において、時代がどう変わろうと徳川家生き残りの仕組みを織り込んでいた。この見方も興味深い。

 他にも、興味深い論及が33のテーマの中に為されているが、それは本書を開いていただければよくわかるだろう。特に幕末動乱期のテーマ設定のところは、学ぶところがあり、おもしろい。中学・高校時代の日本史の授業は幕末動乱期までの深い説明に行くまでに1年間が終わっていたのではなかっただろうか・・・・。
 もう一つ。第31のテーマ「近代国家の戦争論」においては、歴史的事実としての近代の戦争について、戦争の背景に潜む事実をきっちりと認識して戦争論を捕らえ直すことに言及している。それは教科書では語られないことだという。歴史を学ぶ上での戦争の認識論は多くの示唆を含んでいる。原因があり、戦争が起こるなら、再び戦争を繰り返さないためには、その原因の発生が起こらない方策がなければならない。

 本書の構成としては、末尾に「まとめ 日本は歴史から何をまなぶか」がしめくくりとして記されている。そして「逆引き日本史辞典」が備えられている。キーワードの簡略な説明と本文のどのページに関連するかが示されている。

 最後に、まとめに記載の文章をご紹介しておく。
 井沢は日本史を貫く行動原理は「和の精神」と説く。それが日本国家、日本人の強味であると考える。その一方で、重要な指摘を記している。
 「日本人のメンタリティからいえば、日本人にとって『和』の世界が一番落ち着くというのは事実です。『和』としてのメンタリティを持っていると、おうしても協調性を保とうとする方向に心が働きます。その結果、相手の言うことを少し取り入れて、自分の原理と調和させようとします。しかし、それをやればやるほど、一方的に物事を言ってくる民族には負けてしまうのです」と。(p123)
 勿論、本書では、その事実指摘にとどまる。どう打破できるか、その具体的方策は語ってはいない。歴史の真実の姿を見極める重要性、必要性を強調することで終えている。

 裏表紙には、「歴史をつなげて見れば、真の史実と日本人が見えてくる」と記されている。この本は歴史のつなげ方を、井沢史観で読み解いたのである。おもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

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