遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『小説家になって億を稼ごう』  松岡圭祐   新潮新書

2022-10-14 14:22:19 | レビュー
 著者は「はじめに」に初めて年収1億円を越えた年の確定申告書を実証として掲載している。ベストセラー作家として億を稼ぎだしている著者が、自身の体験を踏まえて、小説家をめざす人への指南書を書いた。「小説家が儲からないというのは嘘」とまず強調する。だが、儲けるためには、それなりのやり方があると著者は説く。一つは、小説家になるためのステップ、ノウハウの次元。二つ目は、稼ぎ方のノウハウという次元。その2つの次元に適切に対処できないから「儲からない」と断言しているとも読める。易々と儲けられるわけではないということの裏返しとみることもできる。
 読んでみて、真摯で具体的な説明であり、説得力のある論法でまとめられていると思った。本書は2021年3月に刊行されている。

 小説家になりたいと思い本書を読んだわけではない。著者の本の愛読者の一人として、著者が何を語るかへの関心から読んで見た。読書好きにとっては、小説家が作品を創作するプロセスの舞台裏、並びに編集者と小説家の関係、出版業界の内実が見えておもしろい。出版業界には出版業界特有の慣習や暗黙の了解事項があることやその仕組みがわかる。さらに出版業界と、映画化、ドラマ化、ゲーム化という関連業界との関わり方にも舞台裏の観点で具体的実務的な助言がなされていて、実態の一端が見えて来る。実務を踏まえた率直な語り口に好感が持てる。

 第Ⅰ部は「小説家になろう」である。著者は5つの観点で指南する。私なりの理解と受け止め方でご紹介しよう。
1.現代小説の位置づけ (第1章)
 書店に並ぶ小説は「商品」である。商品の販売という視点を著者は重視する。
 読者は映像・漫画など視聴覚メディアの影響を既に受けていて、言葉には読者の持つ無数のイメージを前提に小説を読む。「言葉の意味」特に名詞の意味を捕らえ直す重要性を指摘する。「すべての現代小説は映像世代の脳を前提に書かれており」(p18)とまず指摘する。現代小説が成立する位置づけの認識から始める。
 本を読みうる人を考えれば、40人に1人が読者である。「事実として日本最大のベストセラー文芸は600万部ていど(上下巻を除く)」(p20)と説く。

2.小説の書き方 (第2章~第4章)
 小説家になりたい人にとっては、ここに著者のノウハウが開示されている。ここでの助言を自分のものとして修得し実践できるかどうかが要ということだ。
 読書家にとっては、小説が創作される舞台裏のプロセスを知ることになる。著者は脳内で物語を作り出す段階、つまり、「アイデア出し」からあらすじが活き活きと脳内で動き出す位まで醸成させることをまず語る。それを『想造』という造語で表現する。『想造』は執筆の前段階であり、最重要なステップと位置づけ、具体的な手順を懇切に指南している。『想造』に自己制限を加えるなと助言している(p31)。この段階で、物語の最後まで思い描けと言う。(p33)
 読んでいて、著者の小説を思い浮かべつつ、ナルホドと思う。
 「現代に通用する小説家は、『想造』の中での実体験をもとに、追想して文章表現をすべきです。原稿執筆段階では、ノンフィクション作家と同じ条件になるわけです」(p33)と言う。
 物語の最後まで『想造』した後に魅力的なあらすじを書きとめるステップを指南する。 そこでは、最初に40字×3行で、5W1Hを使った物語全体の見出し作り、物語の「三幕構成(三部構成)」を指南する。その先にあらすじ書きのノウハウを説明していく。
 著者は、『想造』段階での書きとめからWordの使用を推奨する。どの出版社の編集者もWordを用いているからという。
 そして、第4章で、小説の書き方の基本原則も説明している。おもてなしの精神に満ちた執筆を心がけよと指南する。実に具体的な指導になっている。例えば、映像とは異なり小説の場合は、「一瞬ですべての情報を伝えるのは困難です。よって視覚がとらえやすい情報から順に書きましょう」(p58)と述べ、具体例を挙げる。

3.小説のリリース、つまり売り込みについての指南(第5章)
 小説を如何にして世に出すか。売り込みのルートやノウハウを具体的に指南している。そういう方法があるのかと、おもしろく読める。小説家志望者には切実なノウハウになることだろう。ここでの対処を誤らぬことが小説家の一つの処世術のようである。
 文学新人賞応募から初めて、編集者に原稿を読んでもらえる方法を具体的に述べている。新人作家候補者と編集者の関係がわかって興味深い。
 例えば、次のような指摘もある。
「一般文芸でもハードカバーにふさわしい文体や題材、文庫にこそ適した作風が存在します。」(p88)
「オリジナリティの模倣が広がる隙を与えてはならないのです。」(p90)
「タイトルやあらすじに、多くのユーザーの嗜好性に当てはまる要素を入れましょう。」(p90)
「人の感想は『面白い』か『つまらない』かだけです。理屈はすべて後付けになります。」(p92)
「どこが面白いのか著者自身が分かっていなければ、同水準の作品も書けません」(p93)

4.ゲラの校閲作業・校正作業のプロセスと作業のコツ (第6章)
 校閲と校正の違いも含め、小説が商品として書店に並ぶ前段階での作業の実際の実務の様子が良く分かる。
 ライトノベルのイラスト作業工程について、おもしろいデータにも触れている。
「営業サイドのデータでは、売れっ子のイラストレータによる表紙は刊行時に人目を引くものの、長いスパンでの売り上げにはさほどつながらないとの見方が優勢です。」(p109)

5.小説家にとり、出版契約書の契約内容が儲けに反映する事実の指摘と指南 (第7章)
「日本ではなぜか出版契約書を取り交わすのは、本ができあがった後というのが慣例になっています。」(p111)という冒頭文から始まって、出版契約書にどのように対処すべきかを縷々説明している。それは、印税交渉が小説家にとり、どのように儲けに影響を及ぼしていくかの説明でもある。
「著者に支払われる印税率は最大で12%ですが、通常は5~10%ほどです」と記されている。1%の差が後々響いてくるという次第。
 ここでは小説家にとっての収入源を決める出版契約書の重要性について説いている。

 第Ⅱ部は「億を稼ごう」という見出しである。
 小説家志望者は真剣に読むことをお薦めする。章構成をご紹介しておく。
   第1章 デビューの直後にすべきこと
   第2章 編集者との付き合い方
   第3章 デビュー作がヒットした時、しなかった時
   第4章 映画化やドラマ化への対応
   第5章 ベストセラー作家になってから気をつけること

 読書好きにとっては、出版業界の内部事情、いわば本という商品の舞台裏に光が当てられている内容なのでおもしろい。出版業界とその関連業界(映画化・ドラマ化・ゲーム化等)の内実、舞台裏も見えるおもしろさがある。
 そこで、出版業界の内実として著者が語っている要点を一部抽出しご紹介する。
*「編集者の態度別」小説家ランク測定法  (p152~156)
   ⇒新人作家・杉浦李奈の推論シリーズでは具体的にそのランク対応の描写あり!
*アマゾンの電子書籍配信サービス「KDP」について、「アマゾンとの独占契約なら70%の印税を得られる」(p156)
 「KDPの配信者はユーチューバーと同じく、立場がアカウントを取得した一ユーザーでしかありません。」(p156)
*「本は書店に委託販売されており、委託期間の105日間以内なら、書店の意思で返品可能です。この105日間を過ぎると、取次が本を受けとってくれません。」(p169)
   ⇒大型書店の棚は新刊書間でのスペースの取り合い。売れなければ本は返品に。
 サイン本:「サインの入った本は書店の買い取りとなり、取次に返品できない」(p193)
*「数百万部も売れた本は、たちまち中古市場に出回るため、ほどなく増刷もストップします。」(p204)
*一般文芸の場合、漫画版だけが評判を呼ぶ事態はあまりないのですが、ライトノベルなら大いにあります。ライトノベルは漫画化が成功すると、その後のアニメ化に向けて、大きな牽引力になります。 (p210)
*映像化の出版ビジネスへの波及効果は、「全国数百舘での映画公開か、地上波全国ネットのフォラマ放送でようやく、単行本で10万部、文庫本で20万部ぐらいに達します。」(p219)
*実際に映画化されたものの、文庫本で1万部程度の重版のみ、100万円以下の儲けに留まることはざらにあります。(p219)

 他にもいろいろ興味深い解説事例が載っている。本書を開いて楽しんでいただきたい。
 小説家が稼げるかについて、著者の考えは次の箇所に現れていると思う。
「小説家も稼げるかどうかは受賞のお墨付きではなく、本書で説明してきたような商業的工夫と、小説づくりの努力に委ねられていると言えます。文学賞そのものは不動の評価であり、作家冥利に尽きる名誉ですが、出版不況の昨今、作家には『ここがロドスだ、ここで跳べ』の信条が求められています。過去の栄誉による箔付けではなく、最新刊こそ最高傑作と言える出来こそが期待されています。」(p207)
 もう一つ、小説家という職業について本書の末尾に記していることを引用しておこう。
「この職業に定年はありません。やは甲斐があって一生続けられる仕事は、永遠の楽しみと同義です。
 このことを忘れないようにしてください。これは貴方の未来の姿です。」

 小説家志望者への指南書、読書愛好者にとっては出版業界と小説家の舞台裏を知り得る書として、役立つ一冊である。
 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、小説家の稼ぎについてのネット情報を検索してみた。一覧にしてみよう。
小説家の年収【印税システム・原稿料】新人から大御所まで :「年収ガイド」
【作家が解説】小説家の年収はどれくらい?爆発的な原稿料・印税収入を得るチャンスとは?  :「転職とキャリアアップ」
   末尾に、東野圭吾と大沢在昌の事例を紹介しています。
高額納税者(作家部門) :「趣味は『読書』」  ⇒ 1993~2005年の期間だけ

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅳ シンデレラはどこに』  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』 角川文庫

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