遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『クラシックシリーズ3 千里眼 運命の暗示 完全版』 松岡圭祐 角川文庫

2021-09-20 16:13:18 | レビュー
 完全版では、『ミドリの猿』から引き続くストーリーとして始まる。この『運命の暗示』という形での後半は、『ミドリの猿』を読んでいなければやはりその繋がりがわからない。
 『ミドリの猿』の前半にこの後半への重要な伏線(前提)がストーリーとして語られているからである。その一つが、ジフタニア共和国での岬美由紀の単独行動が日本脅威論に結びつき、中国が日本に対して全面戦争の準備を推し進めているという事態が起こっていて、中国はCSS2ミサイルに燃料注入を開始したという段階に至っていると報道が出ていることである。もう一つは、1カ月の自宅待機を指示された美由紀が独自行動に出て、今の自分にできることとして恒星天球教団の調査結果を知るために公安調査庁を訪れたことに起因する。公安調査庁首席調査官黛邦雄という仮面を被って潜入している鍛冶光治に美由紀は捕らえられる。鍛冶はメフィスト・コンサルティング・グループ傘下のペンデュラム日本支社特殊事業部、常務取締役として、実質的に極東地域を統括する顔を持つ。彼等は歴史に痕跡を残すことなく世界をコントロールするという裏の世界で暗躍している。中国を対日全面戦争に駆り立てるのもメフィスト・コンサルティングの動きの結果であり、彼等ののシナリオがそこに組み込まれているという。美由紀は鍛冶の許で、脳電気刺激による洗脳という拷問を受ける窮地に陥る。所在の知れなくなった美由紀を探すために、警視庁捜査一課の蒲生誠と臨床心理士嵯峨敏也が協力し、美由紀の行方を追跡し始める。
 絞り込むとこの2点が伏線となる。これが『運命の暗示』に繋がっていく。
 本書完全版は、平成20年(2008)1月に文庫本が出版された。

 このストーリー、鍛冶に捕らえられ数時間にわたる脳電気刺激の拷問を受けた岬美由紀が天井から下がる2本の鎖につながる太い鉄枷を手首にはめられた状況がまず描写される。一方、蒲生と嵯峨は開業医芦屋の家に行き、龍の形をしたガラス彫刻品を発見する。彫刻の底に彫り込まれた住所というヒントを得る。赤羽を詰問して、中華街にある昇天という麻雀店名だけを吐かせた。それらをヒントに美由紀の探索を開始する。これがストーリーの起点になる。ストーリーをあらすじとして捕らえてみよう。
 蒲生と嵯峨は探索の糸口から東京湾唯一の無人島猿島に美由紀が拉致されている可能性を知る。猿島で日蓮洞窟と呼ばれる海蝕洞窟に行き着き、そこに秘密の出入口を発見する。秘密の通路の先を進むと、切り立った岸壁。その先の海に、桟橋と人工島を発見する。迷彩の機体に海上自衛隊と記されたヘリ、CH47Jが駐機していた。蒲生と嵯峨は密かにそのヘリのキャビンに潜り込む。その結果、キャビンの奥で鉄枷のままで仰向けに転がっている美由紀を見つけた!
 このヘリは、メフィスト・コンサルティングがコントロール下においていた。そして、このヘリは中国のある地域の一村上空で投棄される。中国の全面戦争を準備させる原因に仕立て上げられた岬美由紀を生贄とするシナリオだった。だが、なんとかここから3人が脱出する。そこから先は、なぜ全面戦争の準備に駆り立てる状況が生み出されたのか。原因は何か。それを仕掛けたのはだれか。どうすれば、それを証明することができるか。3人は未訪地の中国大陸で、虚偽を暴き出し全面戦争を回避させるための行動を開始する。それは一種のアクション・リサーチ。一つの行動を取った結果が、次の行動への糸口を見つける契機になる。その糸口から起こしたアクションが、更に連鎖していく。そんな展開が始まる。読者はどんどん変化する局面を興味津々で追いかけ、引きこまれていく事になる。
 彼等は時には離ればなれになったりする。どの地域を経巡ったかを示しておこう。そこでどのような行動をし、どんな糸口を得て次の行動を重ねたのかは、本書をお読みいただけばよい。
 大型ヘリの落下地点(吉林省内X村)⇒ 吉林省図們市のはずれ(北朝鮮との国境近く)⇒ 図們大橋⇒ 河北省の潘家口水下長城の終着点あたり⇒ 天津濱海国際空港(ここで美由紀・嵯峨は蒲生と分かれる事態に)⇒ 安徽省の合肥駱崗空港⇒ 南京國際戦争監獄⇒ 南京長江大橋の近く⇒ 揚州・痩西湖畔の遊園地(偽ディズニーランド)⇒ 中国製ヘリを奪取し、気功集団・光陰会の黄龍本部(チベット山脈内の山岳地)⇒ 河南省嵩山の市街地(美由紀と嵯峨はここまで逃亡してきていた蒲生と合流)

 この嵩山の市街地まで、美由紀と嵯峨の行動遍歴は事態解明の情報収集のためだった。入手した情報の分析から美由紀はメフィスト・コンサルティング傘下のペンデュラムが仕掛けたカラクリを解明する。中国が日本に対し全面戦争の宣告をするタイムリミットまでの残された時間はわずか。戦争突入を回避させるため美由紀は秘策の行動に躍り出る。秘策行動の最後の場は嵩山に位置する少林寺。そこで「運命の暗示」というべき劇的なクライマックスが現出される。
 美由紀は、少林寺白衣殿の前で、中国公安局のヘリからのメッセージを聞く。「・・・・身の安全を保障する。党本部へご同行願いたい」(p444)と。

 最終ステージは日本が舞台となる。ここではエピソード風にいくつかの場面が書き連ねられる。
*ペンデュラム日本支社の自信家だった鍛冶がどうなったか?
*鍛冶がペットにしていたミドリの猿、ジャムサの正体が明らかになる。
*都内のある場所に、鬼芭阿諛子と彼女の母であり恒星天球教教祖阿吽拿である友理がある場所に唐突だが出現してくる。『千里眼』において東京湾上空での空中戦から生き延びていたのだ。これは将来の対立への伏線なのだろう。
*『ミドリの猿』に登場した知美の精神状態が回復する。そして、最後の決着がつくことに・・・・・。
*そして、末尾に岬美由紀について語られる。

 このストーリーの興味深いところがいくつかある。
*気功集団の松陰会が暗示にかかりやすい体質の支援者を選び出していく方法のからくりを美由紀と嵯峨が解明する点
*中国の民衆13億人が日本を敵視する暗示をかけられたからくりが解明される点
*催眠とはなにか。その理論と限界がモチーフとして中核に取り入れられている点
*戦争の勃発するときトランス・オブ・ウォーの状態に陥っていることに触れている点
*美由紀と嵯峨の二人が中国国内を縦横に遍歴し、行く先々での行動が全く異なる冒険譚の積み重ねになっていき、読者を飽きさせない点

 完全版『ミドリの猿』と『運命の暗示』が一つの大きなストーリーとして完結する。ただし、メフィスト・コンサルティングと恒星天球教はこれからも暗躍する勢力として残る。有名なシリーズ映画のエンディングの手法と同種な要素が含まれていておもしろい。
 このシリーズはどのように展開していくのか。読者に期待を抱かせる。

 ご一読ありがとうございます。

 本書と関連して、関心事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
主要装備 CH-47J :「航空自衛隊」
無人島・猿島  :「TRYANGLE WEB」
脱北者    :「コトバンク」
脱北者    :ウィキペディア
温かい食事が欲しかった…… 4度目の挑戦で韓国への亡命を果たした、ある脱北者の実体験  :「BUSINESS INSIDER」
軍事心理学  :ウィキペディア
心理戦争   :「コトバンク」
催眠     :「コトバンク」
集団心理   :ウィキペディア
チベット高原 :ウィキペディア
嵩山少林寺  :ウィキペディア
【中国】世界遺産の少林寺風景区!深山幽谷にたたずむ少林寺を訪ねよう:「tripnote」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
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『クラシックシリーズ1 千里眼 完全版』  角川文庫
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