遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』  濱 嘉之  文春文庫

2020-05-11 10:54:38 | レビュー
 2016年8月に文庫の書き下ろしとして出版された青山望シリーズの第8作である。
 第7作のストーリーの途中で、大和田博が警務部参事官特命担当管理官に異動し、それまでよりも行動範囲が広がった。捜査第二課の知能犯第二捜査担当管理官の龍一彦が刺傷事件での入院治療から現場復帰を果たした。青山望と藤中克範は前作と同じポジションに居る。

 2016年5月下旬に「G7伊勢志摩サミット」が開催された。この第8作は第42回先進国首脳会議、伊勢志摩サミットの開催地・三重県志摩市で発生した死体遺棄事件に端を発し、伊勢志摩サミット開催直前の状況をストーリーの根底に描きながら、捜査が進展していく。つまり、同時代警察小説であり、読者にとって、著者の視座を介して現代という時代を知る情報小説の側面を併せもっている。
 この第8作のタイトルは、エピローグに出てくる会話から来ている。
 龍に言葉「今回の一連の事件はまさに伊勢という聖域を侵そうとして失敗した馬鹿どもを無事退治できた安堵感があるな」
 青山が呟く「聖域侵犯か・・・・」 青山は龍の言葉から、一連の事件の背景となる「聖域」を重層化する形でさらに飛躍していた。「捜査はこれからも続く」という認識のもとに。このネーミング自体も興味深いものとなっている。

 プロローグは、4月上旬、英虞湾にあるマリーナに停泊するクルーザーの場面から始まる。夜桜見物を兼ねたサンセットクルーズを予定していた。クルーザーのオーナー、精神科と人工透析だけの病院を経営する医師、そして清水組の元組長清水保の甥にあたる白坂隆一郎の三人である。彼らの会話だからブラックな話材が中心になる。そこに一人の客が加わる。新谷充広の紹介で儲け話を持ってきたと言い、VCに対するコンサルティングを行うと新間敬一郎である。新間が持ち込んだ提案を3人は拒否する。そして、新間の脅し発言に対し、3人は医者が見ても心臓麻痺にしか判別できない方法で報い、英虞湾内の大型の養殖イカダ近くで死体遺棄した。このプロローがどう展開するのか。

 たまたま英虞湾で養殖業者が誤って若い貝のイカダを引き揚げたことから不審物が見つかり、警視庁の機動隊員が遺棄された死体を発見する。それが事件の発端となる。伊勢志摩サミット警備の一環として、湾内で事前チェックをしていた警備艇がその遺体回収の任に付く。警備艇の船長はその死体遺棄方法が関西のヤクザもんの手口と断定する。

 青山望は、2月16日に警備企画課長命を受け、三重県入りして警備体制を確認する一方、名古屋を拠点にして警備体制絡みで、国際テロリズム関連での特命捜査を行っていた。また、捜査の一環として、青山は密かに岡広組総本部の若頭補佐、白谷昭義と会う機会を作る。

 三重県警捜査第一課の上席・堤警視は前年まで警察庁刑事局の補佐として出向していて藤中が彼の指導官だった。被害者が東京の大手芸能プロダクション、アルファースターとの関係がうかがえる情報が捜査から出て来たことで、堤は藤中に質問を兼ねた連絡を入れる。藤中は、アルファースターの社長が榎原哲也であり、岡広組直系でもあったことを知っていた。藤中と堤の情報ラインができる。
 藤中は早速大和田の携帯電話に電話を入れ、事件情報の共有化をはかる。藤中は勿論、青山のプライベート用携帯に電話を入れる。また、大和田も藤中もともに、サミット前に現地入りする予定だと伝えた。
 現場に復帰した龍は農林水産省キャリアいよる贈収賄容疑事件を追っていた。それは環境問題、土壌改良に関係していた。
 青山は藤中からの連絡による依頼に基づき、榎原哲也と新間敬一郎の関係を調べるよう指示を出しておいた。そこから環境問題に絡む興味深い事実が浮かび上がってくる。

 伊勢志摩サミットへの警備態勢準備という背景の中で、同期カルテットの相互連絡から一つに収斂する可能性の問題事象が見え始める。なかなかおもしろい展開を推測させる。
 これから先は、何がどのように絡み合っていくか。それがどのように解きほぐされていくかを、お楽しみいただきたい。

 この小説の副次的産物として興味深い点を列挙してご紹介する。
 情報小説の側面を示していると感じる所以。現代社会の諸事象と歴史を考える材料になる。詳細は本書をお読み願いたい。
1. サミット開催における安全性確保のための警備体制・態勢の事前準備と期間中の準備がどういうものであるかの具体的描写。ここでは第42回先進国首脳会議、伊勢志摩サミットを扱っている。テロリズムの実情話も警備絡みの会話の一環として語られている。
2. 関西と関東のヤクザにおける死体処理方法の違い。特に、死体のバルーン型沈没遺棄法。
3. 伊勢神宮の外宮から内宮に通じる参道に並ぶ石灯籠に彫られた三種の紋章。
4. パナマ文書とデータジャーナリズムについて。並びにパナマ文書と闇社会との接点。
5. 中国ウォッチング:中国の国家企業(国営企業と国有企業)と国家戦略。日本の対中国援助の実態。中国の環境問題と日本企業の接点。中国の「三農」問題。
6. 警視庁と管区警察局の関係


 最後に、本書に出てくる会話部分から、2016年時点での青山の発言として、興味深い部分をいくつか、ご紹介しておこう。
*サミットでの日本の役目は各国が合意できるG7声明をまとめることだが、成長に陰りが出た世界経済に「金融緩和、財政出動、構造改革」の三本の矢をぶち上げて、果たして効果があるのか疑問だ。 p168
*政治は力学なんだ。力学を無視した政治理論は無意味だからね。 p175
*重鎮が下を育てる度量がないからでしょう。自分で派閥を作る力もない。これも政党交付金のような馬鹿げた制度を作ったからでしょう。 p252
  これは次の発言に対する返答:「政治家は義理と人情とやせ我慢と言われていた。
  それがどうだ。最近の若い政治家や学者上りの知事のような連中は義理もなければ
  人情もない。挙句の果てに我慢もできないとなれば、もはや政治家の器ではないと
  いうことだ」
 それと、いよいよ青山の人生ステージが変化をする。このストーリーのエンディングは同期カルテットの酒席を描く。そこで青山が同期に婚姻届を見せると、藤中が証人欄への署名はやっぱり、俺しかいないだろうと応えた。このシリーズ、青山個人の家庭生活の側面が背景に加わっていくことになる。サイド・ストーリーの楽しみが増えることだろう。

 ご一読ありがとうございます。

本書との関連事項で、事実情報をネット検索してみた。本書を楽しむ背景情報にはなるだろう。
G7伊勢志摩サミット  :「首相官邸」
伊勢志摩サミット等警備 :「警察庁」
伊勢志摩サミット開幕。各地の警備体制はどんな感じ? :「NAVERまとめ」
G20大阪サミット等の成功に向けて  :「警察庁」
G20、3万2千人の警備態勢 過去最大規模で警戒  :「日本経済新聞」
地力増進法及び関連法令等  :「農林水産省」
パナマ文書   :ウィキペディア
世界に衝撃を与えた「パナマ文書」わかりやすく解説すると…  :「HUFFPODST」
YP体制  :ウィキペディア
陸軍分列行進曲   :ウィキペディア
[徒歩行進・陸軍分列行進曲] 観閲式2018 陸上自衛隊 :YouTube
テキストマイニング、文章解析ツールの紹介 :「LIONBRIDGE」
<1年を振り返って>伊勢市の石灯籠死亡事故 違法状態に終止符、どう総括 
           2018.12.25    :「伊勢新聞」
チオペンタール   :ウィキペディア
アベノミクス「3本の矢」 :「首相官邸」
アベノミクス  :ウィキペディア
政党交付金  :ウィキペディア

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『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
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