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遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『北朝鮮を撮ってきた!』 ウェンディ・E・シモンズ 原書房

2018-04-14 14:10:27 | レビュー
 友人のブログ記事で本書を知り、ちょっと興味を惹かれて読んでみた。
 翻訳本には「アメリカ人女性カメラマン『不思議の国』漫遊記」という副題が付いている。本書の原題をまずご紹介しておこう。非常にストレートなタイトルである。
  My Holiday in NORTH KOREA
The Funniest / Worst Place on Earth
である。直訳すれば、書名は「北朝鮮での私の休日」であり、副題は「地球上で最も奇妙で滑稽で、最悪の場所」となる。
 
 奥書によると、著者は2001年からコンサルティング会社を創業しているようであるが、一方で世界中の国々に旅行し冒険をすることが大好きらしく、これまでに85カ国(自治領や植民地や海外領土も含む)を旅してきているという。そして、旅行での冒険譚を、運営する個人サイトの中のブログに書いている。勿論、この本のオリジナル本のカバー写真も載っているし、本書に掲載の写真の大半が公開されている。本書には掲載されていない写真も数葉公開されている。私は、本書の末尾の「謝辞」を読み、このサイトのことを知り、読了後にアクセスしてみた。
 著者のサイト(wendysimmons.com)には、こちらからアクセスしてご覧いただくとよいだろう。
 2018年1月末には、南極への冒険旅行をしてきたようで、著者はそのブログ記事を載せている。2018.4.11現在ではトップページに南極の写真が掲載されている。トップページの上部にメニューバーがあり、GALLERIES(ギャラリー)にマウスを置くと、NORTH KOREA の項目がある。そこをクリックすれば、ノコ(北朝鮮)で著者が撮ってきた写真が公開されている。
 ここを見ると、現時点では北朝鮮の他に「南極、ボリビア、チャド、チリ、エチオピア、インドネシア、モザンビーク、シェラレオネ、チュニジア、ウガンダ」の旅行で著者が撮った写真も公開されている。

 著者は2014年6月25日に中国国際航空121便で平壌の順安空港に着陸し、たった一人での観光旅行としてノコ(著者はノースコリアの省略名称として名づけた)に入った。なんとそれも10日間という滞在期間である。その結果の感想が、原題に付された副題にストレートに表現されていると言える。著者のサイトで公開されている国々は多少なりとも日本のテレビ番組で自由に紹介され、報道もされている。これらの国を旅行し冒険した経験に照らした上で、原文の副題を付けているということを読者は読み取ることができる。著者にとって、自己の体験した比較材料は十分にある上での副題とみるべきだろう。
 翻訳本ではなぜ「不思議の国」漫遊記なのか? もちろん、ノコが著者にとって極端にも不可解不可思議な国であることを吐露しているからでもあるが、本書の中では、『ふしぎの国のアリス』、『鏡の国のアリス』から引用した詞章を、著者がノコで撮った写真に添えている。「不思議の国」はダブルミーニングであり、掛詞のような役割を果たしている。本書を読んでみると、実にこの引用による対比が絶妙であると感じる。うまい!

 冒頭に著者が引用しているのが、『ふしぎの国のアリス』からの詞章だ。
   前によくおとぎばなしを読んでいたころは、書いてあることなんかほんと
   うには起こりっこないと思っていたのに、わたしは今ここで、そういうお
   とぎばなしのなかにいるんだわ! わたしのことを書いた本があっていい
   わけよ、ほんとにそうよ! そして大きくなったら、自分でも一つ書いて
   みるわ。
 
 ホリデイを味わうためのうきうきする楽しい観光旅行とは対極にある「似非観光・準強制・拘束日程ツアー」と要約できそうである。しごく真面目な茶番劇的でおとぎ話のような旅行体験記が本書の内容である。著者が自由意思で身銭を切って、一人旅ならぬ一人旅をノコで過ごした。そうなることを著者は想定していたのだろうか。事前にスパイなどと間違われることがないように情報収集して、持参品にも注意深く準備していったようなので、ノコの観光旅行のスタイルや様子も事前に情報収集していたと思うのだが・・・・・。と、受け止めると、それでも尚かつその10日間の旅行体験をこのように書くことになったということだろう。
 翻訳本には「漫遊記」という言葉が使われている。国語辞典で「漫遊」を引くと、「あてもなく諸方を遊び回ること」(日本語大辞典・講談社)と説明されている。この語義からすれば、副題でのこの漫遊記は皮肉を効かせ反意語として使われていると理解すべきだろう。よくぞ10日間も持ちこたえたな、という気がする。

 本書を読んで、どうノコに観光旅行してみる?と問われたら、 NO! 身銭を切っていきたいとは思わない。費用を一切出されてもこんな旅行になるなら行く気もしない。私の「観光旅行」観には、こんなのは観光旅行じゃないので。ノコ実態調査という視点なら別。だけどそんなリスクをとることはヤバイ、論外だから、旅行として縁が無いお国である。
 そんな思いを抱かせる300ページの本。本書を介して「不思議の国」をちょっと覗いてみるのは、他人事としてはおもしろい。だが、その中に投げ込まれたくはない。

 著者の旅行体験記からこの「不思議の国」への外国人の旅行モードを要約して、ご紹介しておこう。著者はアメリカのジョージ・ワシントン大学を首席で卒業したアメリカ人であり、ユダヤ人である。
*持ち込み可能なカメラとレンズの大きさと種類が決められている。
*入国段階で、携帯電話は検査のために一旦取り上げられる。
*旅行中、著者は「アメリカ人帝国主義者」と呼ばれ続けたという。
*旅行期間中、ベテランと新人の2人のガイドが常時付いた。運転手も同一人が付く。
*宿泊先のホテルからの出発時刻から、ホテルへの帰着時刻まで、「観光」中は一人になることはない。必ずガイド(この場合はいずれか)が一緒に居る。
*宿泊先のホテルから、自由に外に出られない。ホテル内だけ自由にぶらぶらできる。
*「観光」先の現地では、現地ガイドが加わる。ガイドが全員一緒に行動する。
 つまり現地ガイドは国語で説明し、同行ガイドが観光客に伝えたい事だけを通訳する。
*1日の観光日程に、8~10の予定が予めびっしりとスケジュールに組み込まれている。
*撮影が厳しく禁じられている項目が予め示されている。←本当に撮りたいものは撮れない!
*三人の金(キム)がノコを統治していることを早々に悟らされることになる。
*観光先巡りはノコに都合の良いプロパガンダツアーになっている。一方的な説明だけの入れ替わり立ち替わりの言葉の集中砲火となる。
*観光客側の質問にはガイドは答えない。あるいは、はぐらかす。

これがホリディの観光と呼べるのかどうか・・・・。

 著者は明言している。「平壌では、撮りたいと思う写真はたいてい撮ることができる。平壌は朝鮮労働党の輝かしい威光を示すためのショーケースだからだ。とはいえ、党とガイドは公式のツアアールートからそれるような行動は全力で阻止しようとしてくるし、ほとんどあらゆるものは演出されたものでしかない」(p41)。10日間の観光は、ノコが見せたいところだけを見せるプロパガンダツアーだったと。それでも、わずかの見聞の隙間から、実態が見えて来ると。

 本書を読んで初めて知ったこと。
*ノコでは、金日成の誕生日を基準にした暦を採用している。西暦1912年が紀元1年に読み替えられた暦だそうである。
*本書に掲載の写真の数多くに、金日成(故人)と息子の金正日(故人)の銅像や肖像写真などが写っている。
*プロパガンダがいたるところにある。
*妙香山の山腹に敷地面積10万平方メートルの二棟からなる巨大な施設が作られていて、「国際親善展覧館」と称される。過去に金一族に献じられた贈り物すべて、20万点以上の品が160の部屋に収蔵されている。これまたプロパガンダ施設。
 ⇒ここをガイドに案内された著者が書いているエピソードと描写がおもしろい。

 著者はこの旅行記の末尾近くでこう記している。「北朝鮮は秘密とウソと答えのない疑問が渦巻く国」(p283)と。一方で、限られた範囲で著者が接した人々を見つめてみて、「北朝鮮と北朝鮮人を同一視するのは間違ってる。私たち同様、彼らもまた人間。党から切り離し、偉大にして親愛なる指導者から引き離してみれば、北朝鮮人はリアルな人々だ」(p283)と。この文章のニュアンスは、本書を読んで感じていただくとよい。ノコのイメージを一歩踏み込んで感じるために。

 この観光体験記、自分で体験したいとは思わないが、本書を介してイメージを含めて疑似体験をする分には、興味深くてかつおもしろい。アリスの気分が味わえる!

 ご一読ありがとうございます。

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本書からの関心の波紋を広げてみた。検索結果を一覧にしておきたい。
北朝鮮 North Korea :「外務省」
North Korea  From Wikipedia, the free encyclopedia
North Korea BBC NEWS
North Korea CNN
North Korea The New York Times
北朝鮮に列車で入国してみたら「期待を裏切らない風景」が待っていた :「世界新聞」
北朝鮮旅行をオススメしないたった1つの理由  :「世界新聞」
実は近くて普通に行ける、北朝鮮旅行  :「Daily NK」
この目で見たい北朝鮮旅行! 10万円安くする行き方3パターン  :「NAVERまとめ」
「北朝鮮と韓国」の違いを比較した動画が興味深すぎる! 実際に両国を旅行した青年のレポートが見応えタップリ  :「ROCKET NEWS 24」
「この世の地獄」の1歩手前で再会…北朝鮮の4歳男児と母親 :「YAHOO!ニュース」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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