遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ブリューゲルへの招待』 監修 小池寿子・廣川暁生   朝日新聞出版

2018-02-14 21:38:00 | レビュー
 B5判の大きさであり、基本は見開き2ページ単位で絵と説明が載っている。大きさとしては見やすいサイズである。画像が載っていないページはない。
「初めてでも楽しく鑑賞できる」招待シリーズとして、このブリューゲル以前に、既にフェルメール、ルノワール、ゴッホ、若冲が刊行されている。裏表紙の内側にその記載がある。本書は2017年4月に第1刷が発行されている。
 「美術初心者向け」と説明してあるが、この招待シリーズのこのブリューゲルを初めて通読し、鑑賞した印象を言えば、「初心者」にも楽しめるタッチで説明されているという方が適切と思う。初心者の域を超えて、もう一歩深く踏み込んでいる知識内容と判断した。美術愛好家でもここに説明されていることくらいは常識レベルと言いきれる人は少ないのではないか。
 美術館の展覧会通いを長年趣味の一つとしてきた。昨年、大阪の国立国際美術館で開催されたブリューゲル「バベルの塔」展を鑑賞した。そして今年、本書を通読した。その結果からの率直な感想である。95ページのボリュームの本書を見て読んでから「バベルの塔」展を鑑賞に行っていたら、もう少し鑑賞のしかたが変化していたのではと感じる次第。それは逆に言えば、私自身に鑑賞以前の基礎知識が不足していることを露呈しているに過ぎないのだろう。
 美術展を鑑賞するとき、会場内の説明文は大凡読みながら出展作品を鑑賞するものの、出口の近くのショッピングコーナーで趣味として購入している図録は事後的にみることになる。事前に図録を入手し、見て読んでから展覧会を鑑賞するということをしていない。その結果が、上記の感想につながるていたらくといえるのかもしれない。

 さて、本書はブリューゲルの油彩画を扱っている。展覧会には「バベルの塔」以外ではブリューゲルの版画が主体だったので、図録との対比的読み方はできない。
 本書から受けた印象としての特徴はいくつかある。
1.冒頭で「パーフェクト鑑賞講座」と題して、ブリューゲルの代表的な5つの油彩画を採り上げている。「バベルの塔」(昨年来日したのはボイマンス美術館所蔵の「小バベル」とも呼ばれる絵)、「ネーデルラントの諺」、「雪中の狩人」、「反逆者の転落」、「農民の婚宴」である。それらの絵の概説をした後に、絵に描かれた内容の細部をピンポイントで採り上げて、絵の読み解きをしている。そして、全体と部分の関係、絵の成立背景、ブリューゲルの構想意図などが簡明に説明されている。
 例えば、「バベルの塔」には、絵の中におよそ1400人もの様々な人が描かれているとか、塔に干した洗濯物が描き込まれているなどという細部の楽しみ方に触れている。構図として水平線を低く描くことで塔の偉容を強調している点や、塔にクレーンを描いているが、それは「驚くほど詳細に描いており、当時の建築技術を知る資料としても価値がある」(p4)と言わせるくらいだとか。このあたりのポイント解説部分は、実際にこの絵を会場で見た時にそこまでは鑑賞していなかった。絵の細部にこだわってみる面白さを本書で学んだ次第である。
 「ネーデルラントの諺」は、本書を読み、実際にネーデルラントの諺を知っていると、絵の楽しみ方が具体的になり、描かれた箇所の具象的な意味が感得できるようになるという点を知った。これは中世の絵画が聖書の記述を背景にしている故に、真にその絵画を鑑賞するには聖書の知識が不可欠と言われることと共通なのだろう。同様に、「雪中の狩人」では、当時のフランドルの農村の伝統的な月暦農事という知識やブリューゲルがイタリア旅行をしている経験が絵に及ぼした影響を考える視点の有無で、絵解きの面白さが異なるというポイント説明に、なるほどと思う。これはこの鑑賞講座の説明の数例のご紹介でしかない。

2.p32,33の見開きページには、日本の有名な高層建築物(スカイツリー、あべのハルカス、虎ノ門ヒルズなど)と「バベルの塔」の高さをある方式で想定し、並べて高さの比較をしている。この比較の発想がおもしろい。どうして高さを想定したかは、本書を開いてほしい。ネタバラシは回避しよう。
 
3.ブリューゲルの作品30点について、美術展の図録に記されるスタイルで、監修者の一人、廣川氏が作品解説を行っている。「誌上ギャラリー」という趣向である。これはブリューゲルという画家の生涯と代表作品及び作風を知る基礎知識として有益である。上記鑑賞講座の5作とは重ならないように配慮されている。

4.画家を一歩踏み込んで知るには、その画家を育んだ時代を知ると知らないでは鑑賞の奥行きが違うことに改めて気づかされる。ここでは、ブリューゲルとい画家がどのような環境にいて、どのような位置づけにあって、活躍していたかが、地図、人物画、その時代の著名な絵画などを素材に使い理解できるように工夫されている。このあたりの工夫が「初心者向け」ということになるのかもしれない。
 もう一人の監修者である小池氏がこのパートを担当している。「イタリア・ルネサンスと北方ルネサンス」、「ハプスブルグ家は16世紀のヨーロッパをどう変えたか」、「ネーデルラントと宗教改革」というタイトルでの解説である。
 「太陽が沈まない世界帝国」と呼ばれるまでに支配領域を巨大化したハプスブルグ家がブリューゲル作品のコレクターでもあったということを初めて知った。また、ハプスブルグ家の略系図が載っていて興味深い。あのマリア・テレジアが略系図では末端に掲げられ、23歳でハプスブルグ家を相続しているのがわかる。
 ルターの宗教改革を含め、16~17世紀のヨーロッパの概説史的な側面をもっていて参考になる。

5.「バベルの塔」展での説明文と図録中の文を読んで、ブリューゲルの息子たちが画家になっていることを知った。ブリューゲルの子孫たちは、ブリューゲル以降5代にわたる画家の家だということを図入で解説されていて一層興味深い。だが、ブリューゲル1世を超える画家はいないという印象を受けた。

6.本書には、「ネーデルラントの画家たち」という「ちょっと美術史」的なセクションが記述され、作品の例示がある。これもブリューゲルを知る上で、重要な要素である。
 特にヒエロニムス・ボスがブリューゲルの人生とも直接関連している。「版画出版業者のヒエロニムス・コックの下で下絵画家として働いていたブリューゲルは、・・・・・版画<<大きな魚は小さな魚を食う>>を残しており、構図やモチーフをヒエロニムス・ボスに倣ったとされる」(p13)くらいなのだから。この版画は「バベルの塔」展に出展されていた。
 「バベルの塔」展でも、「16世紀ネーデルラントの彫刻」から始まり、ネーデルラントゆかりの同時代の画家たちの作品や、「奇想の画家ヒエロニムス・ボス」「ボスのように描く」というセクションがあった。画家の生まれた国の美術の変遷や同時代の画家を知ることが、ブリューゲルという画家の作品を鑑賞する上で不可欠ということがよくわかる。
7.本書の最後に、ブリューゲルの生涯史が解りやすく図入りで編年史プラス解説で5ページにまとめられている。「ネーデルラントとは現在のベルギー、オランダ、ルクセンブルクにまたがる地域。ブリューゲルが暮らしたアントワープとブリュッセルは、現在のベルギーに位置する」(p88)
 現存する40点余の油彩画が世界のどこで所蔵されているかが絵入りで見開き2ページにまとめられていて一目瞭然になっている。
 それでは一つ質問「ブリューゲルの油彩画をどこが一番数多く所蔵しているか?」
 答えは、オーストリアのウィーン美術史美術館。8点の油彩画を所蔵するそうである。「大バベル」とも呼ばれる「バベルの塔」はここが所蔵している。その他の作品名は、本書p94をご覧いただきたい。

 最後に、ブリューゲルを「語る」ための5つのキーワードをご紹介しておこう。その説明は、p6~7を一読していただくとよい。
「1.農民画家、2.第二のボス、3. 16世紀ネーデルラントの諺、4.特定の主役がいない、5.人文主義者とのネットワーク」と、本書は語る。

 ご一読ありがとうございます。

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ネット情報で、ブリューゲルとその作品について何がわかるか? 少し検索してみた。一覧にしておきたい。

本書を読み、関心の波紋から検索した事項を一覧にしておきたい。
ピーテル・ブリューゲル  :ウィキペディア
ピーテル・ブリューゲルの作品一覧  :ウィキペディア
ピーテル・ブリューゲル  :「Earl Art Gallery」
ピーテル・ブリューゲル :「Salvastyle.com」
Pieter Bruegel the Elder: A collection of 42 paintings (HD) :YouTube
東京都美術館 ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展 ピーテル・ブリューゲル1世《バベルの塔》1568年頃 :YouTube

Pieter Bruegel and the Tower of Babel :YouTube
Bruegel, Tower of Babel :YouTube
Pieter Brueghel the Elder part1 :YouTube
Pieter Brueghel the Elder part2 :YouTube

Pieter Bruegel the Elder, Peasant Wedding :YouTube
Bruegel, the Dutch Proverbs :YouTube
Bruegel's Netherlandish Proverbs explained in detail (HD) :YouTube
Bruegel, Hunters in the Snow (Winter) :YouTube

The Harvesters :YouTube
The Harvesters (1565) by Pieter Bruegel the Elder :YouTube

Bruegel / Unseen Masterpieces / at the Royal Museums of Fine Arts of Belgium
Bruegel #UnseenMasterpieces :YouTube

The Bird Trap by Pieter Brueghel the Younger :YouTube

Northern Renaissance Art :YouTube

ブリューゲル展 東京都立美術館

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