遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『おもしろサイエンス 錯視の科学』 北岡明佳  日刊工業新聞社

2018-02-03 14:22:21 | レビュー
 個人的体験から入ろう。まず幾何学的な図形である。かなり昔のあるときに同じ長さの線分の両端に「矢羽」が内側を向いている図と外側を向いている図が上下に置かれている図形を見せられて、矢羽が外側を向いている方の線分を長く感じた経験をした。また、二等辺三角形のように二本の線が山形に描かれた内側に同じ長さの線分が横線として書かれている図で、上側を長く感じた経験を併せてした。こんな錯視体験がまずある。本書で、前者が「ミュラー・リヤー錯視」として、1889年に発表されたものであり、後者が「ボンゾ錯視」と称するものであることを知った。もう一つは、これまた有名だがエッシャーのだまし絵である。これも錯視を利用したもので、奇妙な感覚に囚われるおもしろい体験ができる絵である。その後エッシャーの作品集の図録を入手し手許にある。これらが「錯視」に関心を抱いていた私の原点となっている。

 そのためこの本のタイトルを見て、勿論手が伸びた。表紙に錯視の一事例が載っている。パラパラめくってみると、図が多い。これは楽しめそう。それが読む前の第一印象だった。
 読んでみてまず興味深いのは様々な錯視のメカニズムを章立てで整理してくれていることである。錯視のメカニズムについて、そのフレームワークを知ることに役立つ本である。本書を読んで初めて知り、早速アクセスしてみたが、著者は「北岡明佳の錯視ページ」というホームページを開設している。こちらからご覧いただくとよい。

 まず、このホームページにアクセスして、錯視の実体験をしてから本書を読む方が一層面白く、本書に入りやすいかもしれない。ホームページはカラーの図が掲載されているが、本書はモノクロ図で説明されていく。やはりカラーの図で見る方がインパクトがあると感じた。錯視のメカニズムに一歩踏み込んで理解を深め、人間の知覚の不思議さというか曖昧さを理解すると言う点ではモノクロ図でも十分と言えるのだけれど、カラーのパワー、インパクトはやはり大きいと思う。
 錯視のメカニズムの説明に関して、用語の使用を含め少し専門的な記述の仕方になっているので、ずぶの素人読者には読みづらさを感じるところがあると思う。私にとって一読で明瞭に理解できたとは言いがたい箇所があるという感想だ。その箇所はただ文字面を読んだという印象というニュアンスを意味している。敢えていえばそういうところがちょっと難点と感じる。まあ、これはこの種の分野の記述への慣れの部分なのかもしれない。だが図を中心にしながらの心理的な知覚のメカニズムの解説、絵解きであるので、読み進めていくのに大きな支障はない。そこをスルーしても、その先を楽しめる。

 錯視体験を楽しみたいだけの人は、上記のホームページにアクセスして錯視の作品(図)を楽しめば十分である。その上で、そのメカニズムを系統的に学ぼうと思った時点で、本書を手に取ると納得度が一層高まるかもしれない。かもしれないと書いたのは、私が本書を先に読んで、ホームページの存在を知ったから、同じ純粋な体験がもはやできないからである。

 ホームページの冒頭に掲示された錯視図は、本書の第1章の「1 錯視とポップアート」の冒頭で「ガンガゼ」という名称で図が掲載されて解説されている。本書もこの錯視図からスタートしている。
 なんと、著者の「ガンガゼ」という作品は、「2013年に、レディー・ガガのアルバム『アートポップ』のCDのインサイドデザインに採用された」(p9)という。そして、このCDのバックカバーに掲載されているのも著者の錯視作品だとか。本書には図2「オオウチ錯視」という名称で載っていて、基本図形だそうである。これもまた、内側の6段に描き分けっれた縦縞模様で構成された円が動いて見える図なのだ。
 著者は、この「ガンガゼ」で観察される錯視を「シマシマガクガク錯視」と名づけている。図を見て眼を動かした時に、確かに図がガクッと動き出す感じを実体験できた。
 本書のこの1を説明する4ぺージの中に、錯視図がはやくも4つ載っている。そのうちの図3が本書表紙に載っている「シマシマガクガク錯視」の基本図形である。これは「内側の円領域が動いて見える」もの。


この錯視図が上掲表紙の中から切り出したものである。注目の入口として引用する。

4つの図の中で私のお気に入りは図4で、「目が動いた時にリングが回転して見える」というシマシマガクガク錯視の典型例である。私が見る度に、動きを感じている。この錯視図は横3個、縦4個の12個が描かれたもの。その各リングは4つの同心円状のリングで構成されている。よく見ると、各リングのシマシマに工夫が施されていて、そこに錯視を感じさせる秘密がひそむようである。

 著者は第1章で、事例を挙げて「錯覚」と「錯視」の違いを区別する。
 物理的現象として生じたことに人間が感じ取るものを「錯覚」という。光の屈折という光学的現象(物理現象)により、実際は存在しないのに人間が見ることのできる「蜃気楼」がある。音に関してドップラー効果として説明される物理現象がある。通り過ぎる救急車のサイレンの音の変化をその例として挙げている。
 一方、「錯視」は「視覚性の錯覚」であり、「知覚的な(心理的な)錯覚を指すことが多い」(p16)と言う。この章では「斜塔錯視」、「『透明視』という錯視」が引きつづき説明される。前者は、奥行き方向に傾いて写っているものを並べたときに見える錯視である。後者は、知覚的にX接合部が成立する視点から見ると、透明でないものが知覚的に透明に見えるということをいう。後者では透明に見える山を写真で例示している。

 著者は錯視のメカニズムとして、第2章、第3章で2つの観点からそのフレームワークを錯視作品例を提示して順次解説していく。フレームワークとしてのキーワードをまとめておく。その具体的意味と理解のためには、本書を開いていただければよい。
 ☆明暗が作り出す錯視
  1)明るさの恒常性という錯視    2)グラデーションによる明るさの錯視
  3)グラデーションによる凹凸の知覚 4)視覚的ファントム(霧や雲の知覚の基礎)
  5)2つの並置混色と明るさの錯視  6)ホワイト効果 (注:ホワイトは人名)
 ☆形と線が織りなす錯視
  1)傾き錯視: ミュンスターベルク錯視(1979以降、カフェウォール錯視とも)
         フレーザー錯視、ツェルナー錯視
     ⇒ 渦巻き錯視: 傾き錯視の特別な形態
  2)彎曲錯視: 傾き錯視の別の表現法  ヘリング錯視
  3)膨らみの錯視: 横方向と縦方向の両方に仕掛けた彎曲錯視の発展形
  4)4つの要素から成る傾き錯視: ずれた線の錯視、ずれたエッジの錯視
  5)4つの要素から成る静止画が動いて見える錯視
    4つの要素を同じ位置に時間的に順番に提示すると特定の方向に動いて見える
    「四コマ運動」(ファイ・リバースファイ・ファイ・リバースファイの4つの組み合わせ)
  6)逆遠近法というだまし絵 ⇒「両眼立体視」と「形の恒常性」が競合する現象
  7)不可能な図形: ペンローズの三角形、エッシャーの無限階段
    不可能図形の最小の要素数は3である。
 この第2章・第3章のメカニズム分析から、さらに高度化した組み合わせの発展段階として第4章に繋がっていると私は理解した。第4章を一種の高度応用編と受け止めた。

 第4章はその分、錯視作品は面白くなる。ここで登場する錯視の名称を列挙しておこう。
 フレーザー・ウィルコックス錯視とその仲間としての「蛇の回転」錯視
 エンボスドリフト錯視(⇒2016年に著者が発見した錯視)、
 遅延錯視(⇒輝度量と輝度コントラスト量の要因;ヘス効果とプルフリッヒ効果)
 消失錯視: トロクスラー効果、ニニオの消える錯視
       マッカナニーとレヴァインの消失錯視
       コントラストが高くて曲がった輪郭の近くで起こる消える錯視
       コントラストの高い輪郭の近くで起こる消える錯視
 きらめき格子錯視 ⇒オプ効果の錯視  
       バーゲン格子錯視、ヘルマン格子錯視、ギンガム錯視
 閃光線錯視とその仲間:  針差し格子錯視
 その他の錯視

 第3章で触れられていることを一点付け加えておこう。錯視が見えることには個人差があるという点である。著者はこのことを説明するのに、冒頭で私が原点の体験で触れた幾何学的図形を使っている。それで、この図形の名称を遅まきながら知ったという次第。
 著者は記す。「要するに、『○○錯視では、本当は××だが△△のように見える』と記述されていても、それは平均の話であって、心理学的特性には個人差は付きものであるから、その錯視が見えない人も相当数存在することに留意する必要がある。また、すべての錯視が見えない人もいなければ、すべての錯視が見える人もいない。」と。(p89-90)
 一つ、個人的体験を追加しておこう。本書のp95に図1として、モノクロ画「蛇の回転」が載っている。私はこの図を幾度見ても回転が見えない。ところが、これのカラー版を見た。何と即座に回転している。おもしろい! 不思議!

 さて、これだけ錯視の名称を本書に沿って列挙したら、野次馬根性でどんなものか好奇心が湧くのではないだろうか? 
 この本の続きは、この本の続きを著者のホームページで楽しもうと考えている。

 ご一読ありがとうございます。

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本書の関心から、少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
脳がだまされる!?「錯視」の不思議を探ってみよう  :「フロントランナー」
  立命館大学文学部 教授 北岡 明佳
MEGを用いた「蛇の回転」錯視のメカニズムの解明  :「樋口研究室」
騙される脳-なぜ蛇は回転して見えるのか 2012.5.3 :「科学ニュースの森」

錯視  :ウィキペディア
Visual Phenomena & Optical Illusions
Here's why you can't see all twelve black dots in this optical illusion
Schrauf and Wist's Flashing Junction Illusion

Flash-Lag Effect
Flashing anomalous color contrast
Flash lag illusion From Wikipedia, the free encyclopedia
Optical Illusion Flashing Lines  :YouTube
Optical Illusion - Mysterious Black Dots
Trippy Optical Illusion Eye Trick  :YouTube
The Muller-Lyer, Poggendorff and More Illusions

無限を描いた錯視画家 “視覚の魔術師”エッシャーの『騙し絵』まとめ :「目ディア」
だまし絵の奇才「マウリッツ・エッシャー」の世界 :「NAVERまとめ」
M.C.ESCHER 公式サイト
ミラクルエッシャー展 公式ホームページ

The dress :ウィキペディア
What Colors Are This Dress? White & Gold or Black & Blue? The Internet Is Going Insane Trying To Find Out ? PHOTO
What Colors Are This Dress?
Viral phenomenon  From Wikipedia, the free encyclopedia


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