遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『極悪専用』  大沢在昌  徳間書店

2017-09-26 16:54:54 | レビュー
 TOKUMA NOVELS として出版された小説。ハードボイルドのコミカルタッチなストーリー作品。ブログで読書印象記を書き始める以前に『新宿鮫』の1冊を読んだことが始まりで、このシリーズを読み終えた後、狩人シリーズ他、適宜読み進めてきた。しかし、大沢作品において、私はこんなバーチャルで漫画的な小説を読むのは初めてである。
 タイトルが面白くて手に取った。極悪専用って何だろう? その関心が最初である。
 ストーリーの途中に、ズバリそのものの一文が数カ所で出てくる。曰く、「極悪人しか住まない、『反社会的勢力』による、『反社会的勢力』に属する者のための、専用高級住宅」(p195)、つまり極悪専用のマンションが想定されている。

 このストーリーの舞台は、「リバーサイドシャトウ」というマンション。大田区にあり、その名称の通り、多摩川の傍に建つ。対岸は神奈川県。このマンションの極悪住人は、いざという時川を渡り神奈川県に逃げ込めば、警視庁の管轄外となる。このマンションは危機管理として、川向こうに逃げ込むための地下避難通路を完備している。ストーリーの最後には、その避難通路も使われる展開になる。

 このストーリーのコミカルなところは、このマンションを経営する「会社」が厳選した金払いのすごく良い厳選された極悪人しか住人にはなれないことにある。60㎡の2LDKで月100万円の家賃というマンションなのだ。このマンション内ではプライバシーの尊重が絶対的な優先度を持ち、住民のプライバシーが完全に保たれる。住人は相互に干渉しないというもの。マンション内の部屋には、銃器類は持ち込み禁止だが、地下にあるロッカーに保管することは認められているというとんでもないところ。銃器類は何でもOK。お構いなし。爆弾やロケットランチャーまでが持ち込まれている。
 このマンション内で殺人による死人が出ても、管理人に連絡すれば済む。管理人が会社に連絡を取り、特別回収による処理として手配する。勿論、特別回収費が課せられるが、金でカタがつくという次第。まさに金がある極悪人のオアシスであり、治外法権的空間世界という奇想天外な設定である。これ自体がバーチャル世界といえよう。

 さて、主人公は二人居る。一人は、望月拓馬。彼の祖父は裏社会では恐れられるドン的存在。その孫は虎の威を借る形で、遊び呆けていワルガキ。知り合いの中国人留学生が密輸したバツ(MSDAの錠剤)を仲介してナイジェリア人に売るという目的で六本木に悪友のメルセデスで乗り着ける。だが、そこで会社から指示を受けた連中に拉致される。そして、このマンションの管理人助手の仕事を1年間やれと命じられる。そこには祖父の意思が背景に秘められていた。
 もう一人の主人公は、マンションの管理人。拓馬が目にした管理人は、ゴリラのような体つきで、上半身が異様にでかく、腕は毛むくじゃら。唇をはさんで両頬には横一文字に傷跡が左右に走っていて、口をま横に裂かれたような容貌だった。口がきちんと閉じられないために、息の抜けたしゃべり方しかできない。だが、拓馬にはその管理人の話すことが即座に聞き取れた。コミュニケーションに支障がなかった。拓馬はこの管理人にゴリラというあだ名を付けて呼ぶ。後ほど、このゴリラの姓が白旗と分かる。
 拓馬はこのマンションでの管理人助手として様々な局面に遭遇していくのだが、語り部的役割を担っている。いわば脇役的主人公といった役回りといえよう。私は読み進める内に、ゴリラが真の主人公と受け止めるようになった。

 ストーリーは十話構成となっている。そして、それぞれがいわば短編小説風に一応完結していく構成のオムニバス形式である。ショート・ストーリーが結末を迎える一方で、そのストーリーの中に緩やかにその後の話にリンクしていくある局面の事情、情報が明らかになり、それらが一つの底流の流れを広げて行くことになる。この構想が面白い。
 このストーリー、ある意味で拓馬が治外法権的な限定空間で、極悪人と接しながらワルガキ意識から脱し成熟(?)していくという成長物語的な側面を持つ。他方、ゴリラがなぜ、このマンションの管理人になったのか? それ以前のゴリラの実像は何だったのか? なぜ平然とこの極悪専用の閉鎖的空間で管理人として勤務できる力量を持つのか? その謎が徐々に解き明かされていく。
 
 この十話構成について簡略に触れておこう。目次を見ると見出しだけである。
<極悪専用> 
 本書のタイトルは最初のこの見出しに由来する。
 望月拓馬が拉致され、「リバーサイドシャトウ」に連行される。管理人ゴリラの助手にさせられる。ゴリラの助手としての最初の仕事が、管理人室に住人からの連絡があり、取り扱う羽目になった特別回収処理だった。マンションの生ゴミ集積所に放置された人間の腕。手には手榴弾が握りしめられていた。ゴリラは平然と行動する。拓馬は恐る恐るそれを手伝う羽目に・・・・。

<603号室>
 702号室のタカダさんにヤクザが直談判に来る。勿論、マンションは部外者一切立入禁止。603号室の住人は、姉と弟でコバヤシさん。この弟はすぐにナイフを取り出してくる短気な性分。マンションを車で外出しようとしたとき、入ろうとするヤクザにカチンときてナイフで切りつける。そこからどんどんエスカレートしていく。遂に姉がピストルを持って出てくることに。事態は勿論、特別回収処理事案に発展する。その経緯がおもしろい。

<日曜日は戦争>
 極悪専用のこのマンションでも、管理人室が一応生活懇談会の開催を住人に通知する。会社から関係者が出てくる。参加者が少ないとはいえ、会合が開催される。議題の一つは、なんと特別回収手数料の値上げ問題という次第。
 会議をしている最中に、プロの侵入者が現れる。会議に出ていたイケミヤさんは、侵入者は中央アフリカあたりの傭兵だと見抜く。侵入者は住人の一人、ハミルさんが目当てらしい。住人の一人、スミスさんは交渉の余地があると判断するのだが・・・・。

<つかのまの・・・・>
 6月10日に1402号室に山田憲子と名乗る新規入居者がある。本人が現れたとき、拓馬がまず助手として対応した。拓馬はその女がテレビタレントの「山之みくる」だと気づく。キャバ嬢あがりで、毒舌が売りの美人。拓馬がネット情報を調べると、ストーカーのようにしつこく追いかけて、プライベートの行動や写真をネットにアップしている「みかん会」(み○ちゃんを観察する会)に追いかけられているもようなのだ。
 山之みくるが入居した直後から、マンションの外での写真がネットに流れ始める。管理人の白旗はマンションの外の事は無関係と言う。だが拓馬は放っておけないと動き出す。その顛末エピソードである。

<闇の術師>
 管内を巡回し、掃き掃除をしていた拓馬は突然体に異変を感じる。体が動かなくなる。白旗に背負われて管理人室に戻る。1401号室のモグリの外科医ケンモツさんは診断しギックリ腰だと見立てる。管理人白旗がヨギさんに連絡を入れる。そこで、601号室の住人、ヨギさんが登場する。闇の整体師である。ヨギさんの手技で拓馬は半日もすれば治ると言われる。ただし、術料は1回100万円だと告げられる。明後日、闇の整体師たちの施術研究会があり、流派対抗の施術試合があるという。ヨギさんは現在研究会の会長。施術試合で挑戦を受ける立場にある。拓馬は100万円の術料の代わりに、施術試合のために施術をうける体を提供することになる。その顛末のストーリー。これまた、とんでもない施術試合になる。挑戦者はヨギさんに完敗する結果となるのだが、ヨギさんは拓馬に言う。「死んでよみがえったのだ。もう少し遅ければ、脳はよみがえらんかったかもしれん」と。
 一風変わったストーリーの展開がおもしろい。

<最凶のお嬢様>
 会社への定時報告は拓馬の役割となる。白旗の話し方が分かりづらいことから、会社の担当者も拓馬との会話を喜ぶ。拓馬は会社の担当者から、来月4日、301号室に新入居があり、契約者は「市川みずき」と連絡を受ける。荷物が先に到着し、本人の入居は翌日以降だと。
 会社さしまわしの業者にまず持ち込まれた荷物の中に、ジュラルミン製のケースがあり、ケースには黒い紋章のようなマークが入っていた。中身次第で、それらのケースは居室ではなく地下のトランクルーム預りとなる。確認する必要があると、拓馬は業者と押し問答をしていた。通りかかったイケミヤさんは、そのマークを目にして、いつもの笑みから表情が変わった。拓馬はそれに気づく。拓馬が後でイケミヤさんに尋ねると、そのマークは竜胴家の家紋だと言う。
 そして、市川みずきと名乗る女が、挨拶に来ただけだと言い、ついに現れる。モニターでその顔を見た白旗がなぜか呆然としたのを、拓馬は見た。白旗は拓馬にいう「気をつけろ。あの女にだけは」と。
 
<黒変>
 拓馬が昼の休憩時間に多摩川の堤で弁当を食べ、階段を登ったとき、いきなり襲われる。襲ったのはなんと警察の人間で、ワンボックスカーに連れ込まれる。刑事はこのマンションの実情並びに拓馬の素性も承知していた。そして、拓馬に1枚の写真をみせ「知ってるか」と尋ねた。それは香港出身の歌手兼女優としてアジアでは有名なジェーン・ホワイトだった。拓馬は単に有名人として知っていただけである。「まだ現れていないんだな」「住人なのかよ」というとんちんかんな会話になる。刑事は拓馬を放り出せと開放するが、拓馬に伝言するよう命令する。「白旗に伝言しとけ。コクヘンした、と」。
 休憩時間を過ぎて管理人室に戻った拓馬は、管理人の白旗からどやされるが、伝言を伝えると、白旗の表情が暗くなる。コクヘンの意味が伝わったのだ。
 指示を受けて、9階の床のタイル貼りの修理作業をしていた拓馬は904号室の住人、タチバナと知り合うことになる。タチバナはハッカーだった。部屋に招かれ、話をする内に、色々と情報を得る。タチバナは会社のデーターベースにも侵入していた。そこで、403号室の住人が黒小蘭ということがわかる。
 管理人室に拓馬が戻ると、しばらくして、住人の一人が車で外出する。マンションを出た矢先に、事件が起こる。それはコクヘンの意味するところに繋がるのだった。これが始まりとなっていく。
 この「黒変」は一つの結末を持ちながら、最終ステージへの重要な布石となる。なんと、白旗が背景情報に熟知しているのだった。白旗は拓馬に言う。「問題は、次の彼女の標的だ。まちがいなく、ここの住人だ」と。

<201号室>
 寒い12月初めに、サダムというエジプト人が入居してくる。2階が希望という条件を出す。2部屋の空きがあったので、201号室に入居する。彼は長持ちのような衣装ケースを5つほど持ち込んでくる。故郷のアスワンの砂で祖先と関係する砂だと言う。
 翌日、京都ナンバーのロールスがマンション前に現れる。雪かきをしていた白旗と拓馬の前に立つ。「先日は妹が迷惑をかけた」と、兄が白旗に告げる。竜胴寺と白旗の会話が管理人室で始まる。話題はドバイの仕事とUAEの情報機関に及ぶ。拓馬には竜胴寺と白旗の関係が徐々に分かってくる。
 思わぬ方向からの竜胴寺の話が、砂が入っているという長持を部屋に持ち込んだサダムという新規住人に直結していく。白旗の推理は思わぬ俊敏な行動に転換していく。拓馬は白旗に協力し、サダムの企みを阻止することになっていく。再び特別回収措置が必要な結末となる。

<元旦の訪問者>
 元旦の午前6時に起きた拓馬が白旗に新年の挨拶をすると、白旗はそっけなく頷いただけで、「侵入者だ」と告げる。モニター映像を白旗が巻き戻し調べると、午前3時26分に異変が始まったらしい。プロの侵入。建物内に潜んでいるようである。空き部屋を一つずつチェックしていく羽目になる。
 そんな最中に、市川みずきという偽名で入居し、荷物を先に搬入していた竜胴寺さくらが和服姿で現れる。白旗に協力するという。
 侵入者を白旗たちは捕まえるが、そこから、既に死んだ住人との関わりが分かってくる。さらに、拓馬を襲い「コクヘン」の伝言を命じた刑事までが、管理人室に現れるという結末になる。そこに電話が入る。拓馬が電話を受けるが、女の声が管理人に代われという。白旗がやり取りをしたあと、拓馬と刑事を見て、息を吐く。「明後日、ジェーン・ブラックがくる。それまでにさくらを退去させろといわれた」と。
 今までの連作ストーリーをまとめ上げていくような位置づけにもなっていて、おもしろい。白旗の大凡の正体もわかりだす。

<緊急避難通路>
 1月3日の午前6時30分、館内巡回中の拓馬に、ジョギングウェア姿の竜胴寺さくらが声をかける。これからジョギングに出かけるという。そんなシーンから始まる。そして、最後の対決が始まって行く。川縁に貼り込んでいた刑事に死人も出ていた。
 マンション内に留まらず、外部を巻き込む事件に発展していた。管理人の白旗は、会社に状況を報告し、最後の指示を受ける立場になる。そして緊急避難通路の確認と使用に進展して行く。死闘の始まりである。誰が生き残るのか・・・・・。

 このオムニバス形式の作品、ハードボイルドであり、奇想天外そのもののヴァーチャル世界である。「極悪人の安全とプライバシーを守る専用住宅」を舞台にしつつ、住人はこのマンション外、境界の外で、次々に死んで行く。
 読者としては退屈せずに一気読みできるエンターテインメント作品になっている。まさに活字版超弩級劇画である。マンガ化してもおもしろい飛んだ作品になるだろう。

 ご一読ありがとうございます。

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