遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『十字架の王女 特殊捜査班カルテット3』 大沢在昌  角川文庫

2016-12-15 15:03:46 | レビュー
 当初、原題が『カルテット』で始まったシリーズだが、文庫本として出版される際に、「特殊捜査班カルテット」という名称が副題に付けられた。『生贄のマチ』、『解放者』(リベレーター)、に続く第3巻が本書であり、このシリーズの完結巻となる。
 文庫本の奥書によると、「小説 野性時代」の2013年12月号~2015年9月号に「相続人」というタイトルで連載されたこの作品が、『十字架の王女』と改題され「特殊捜査班カルテット3」で2015年11月に文庫本として出版された。
 前作『解放者』のラストで、タケルとホウの頭脳であるカスミが背中に銃弾を受け、救急車で搬送されるという事態に陥る。搬送されたカスミが行方不明という状況からこの完結編が始まる。この第3巻、前2巻を読んでいなくても、一応作品全体のストーリーは理解できる。この『十字架の王女』だけ読んでも構想がおもしろい作品に仕上がっている。 しかしである、やはり『生贄のマチ』、『解放者』を読んでから、読み進めた方が特殊捜査班の背景の理解と奥行き、その陰翳の深みを楽しめると思う。

 『解放者』の舞台となったタワーホテルでの一件以来、藤堂とヤクザの組織である”本社”は全面戦争に入ったという状況からこのストーリーが始まる。藤堂はヤクザではないが、裏社会で国際的犯罪組織を運営し、独自の帝国を築いている。その藤堂が日本国内を任せていた部下の村雲に裏切られた。これが一つのトリガーになっている。村雲の裏切りを藤堂は許せない。村雲は藤堂の報復を恐れて、日本のヤクザ組織「一木(いちもく)会」と”本社”を巧みに使い分けて利用し藤堂から逃れようとする。一方「一木会」と”本社”は対立関係にある。藤堂が”本社”と抗争状態に入ったのは村雲が絡んでいるからである。

 法の範囲を超える覚悟で警視正クチナワが発足させた特殊捜査班の活動を支援する委員会が、タワーホテルでの一件後に解散したことにより、クチナワは己の行動をバックアップしてくれる存在がない状況に置かれる。行方不明になっているカスミ、そのカスミがまだ生きていると信じて、タケルとホウはカスミを探し出そうと頭脳を絞る。クチナワは警察組織を動かせない状況の中で、タケルとホウをバックアップする決断をする。トカゲはそのクチナワにどこまでも付き合っていく道を選択する。クチナワはかつての部下であるバー「グリーン」のマスターを藤堂を捕らえる目的のために呼び戻すことを決意する。そこには併せてアバシリと呼ばれる元部下も参画してくることになる。

 タケルとホウは行方不明のカスミが生きていると信じ、カスミをどのようにして探すかに知恵を絞る。カスミの安否をつきとめるには、藤堂の居場所をつきとめるのが一番早い。しかし、藤堂が”本社”と戦争をしている中では、容易なことではない。その藤堂についての情報を得るには、藤堂の元部下だった村雲を見つけることで打開できると結論づける。だが、クチナワからは、村雲が藤堂の資金を盗み、グルカキラーを使って郡上を殺し、報復を恐れて、国外に脱出したと聞かされていた。その後の情報を得るため、タケルはトカゲの携帯に電話し、村雲がアフリカのナイジェリアに所在するラゴスに向かい消息を絶ったと知らされる。村雲を見つけたい理由をトカゲに話し、調べてみるという返事を得る。
 一方で、タケルとホウは独自に、村雲がラゴスで消息を絶ったという情報からの先を調べようとする。ホウの知り合いであるナイジェリア人・レビブを通じ彼らの独自ルートを使った情報を得られないかという行動することから始めて行く。そのレビブから、”本社”に繋がる人物がホウを捜しているということを聞く。そのことを逆にタケルとホウは利用しようと考える。ホウを囮にして情報を引き出そうという行動に出る。ホウを捜していたのは”本社”の若手で頭が切れる倉田啓一だった。罠を仕掛けるつもりが、逆に罠に陥りかけるという危うい場面に陥る。それを救うのがクチナワとトカゲである。しかしこれが一つの突破口となり事態が前進し始める。
 倉田を介してクチナワやタケルたちは、村雲が”本社”により密かに日本に戻っていることと村雲が己の安全確保の保険にしているのが、「マッカーサー・プロトコル」と称される議定書だった。それは朝鮮戦争が勃発した当時に端を発している話だった。当時日本は米軍の占領下にあった。マッカーサーの率いる占領軍司令部は日本の政府を飛び越して、日本の極道勢力をうまく利用したいがためにマッカーサー側と極道側が協力関係を結ぶという密約を交わしたと言うのである。その「マッカーサー・プロトコル」と称される密約書のほとんどが朝鮮戦争後に密かに回収されていったのだが、ただ一つ残っていたのだ。それを藤堂の部下がある経緯から保有していた。それを村雲が入手したのである。藤堂にとっては反故紙同然の無用の一物だが、ヤクザ組織にとっては武器となる一物である。村雲はそれを己の命の保険にしていたのだ。このことから全体の構図が見え始める。
 倉田から村雲の居場所を突き止めるが、クチナワたちはその場所に至ったときには、倉田の部下たちは殺され、村雲は何者かに連れ去られていたのだった。そこにグルカキラーが関わっていることは、倉田の部下たちの殺され方から歴然としていた。グルカキラーは一木会が操っていたはずだが、一木会は関与していない。状況が混迷していく。

 この完結編の興味深いところがいくつかある。
1.委員会が解散し、警察組織のバックアップが得られない状況の中で、クチナワがどういう行動でタケルとホウをバックアップし、サポートしていくかということ。クチナワの捨て身の行動は10年前の失敗の根本原因の解明に繋がって行くというところが興味深い。

2.「マッカーサー・プロトコル」という1950年代、朝鮮戦争の最中に結ばれた秘密の議定書が、全体構図に深く関わっているということが明らかになっていく。ストーリーが日本とアメリカの関係にまでスケールアップしていくという側面が加わる。その議定書を村雲が入手し、己の安全の保険としていることから、全体の構図が二重三重に複雑さを加えていることになる。その議定書が最後まで切り札として使われていくというところがおもしろい。
3.タケルの両親と妹が誰によりなぜ殺されたのか、その経緯がどうなっていたのかが遂に明らかになる。両親と妹が惨殺された事件は大きな全体構図に嵌め込まれた一片だったのである。それはグルカキラーの実態がわかることでもあった。

4.カスミの置かれていた状況、カスミが自ら選択してきた生き方が遂に明らかになる。
 藤堂は国際的犯罪組織として己の帝国を築き、運営してきた。それを娘のカスミに継承させることを想定して、藤堂はカスミに戦闘実技から帝王学まであらゆる教育を施してきたのだ。だがカスミは父の母に対する扱いを契機にして、父を心底憎むようになる。それが、カスミがクチナワと手を結び利用し利用される関係にしていったのだ。犯罪者側の父に対し、警察側の立場に与することで、父を狩る側に身を置いてきた。
 背中を銃で撃たれた後、父の許に居るカスミは、独自の行動を取る。それは、特殊捜査班にカスミが引きこんだタケルとホウを死なせないという大前提に立っての行動である。カスミとタケルとホウの3人の微妙な関係が最後までまとわりつく。
 父への憎しみを抱きつつ、悪の帝国の王女として、その組織の継承者の道をとるのか、どこまでも父を憎み、悪を狩る側に立つ道をえらぶのか。カスミはま逆の生き方の選択という十字架を背負うことになる。そして、カスミが危地に陥ることで、藤堂の真の思いも明らかになっていく。最後の修羅場が結論を導くことになる。

5.クライマックスの舞台は、再び「ムーン」へと戻って行く。中国残留孤児三世のホウが、親友であり天才的DJだったリンを失った場所である。今や墓場同然と化している場所だった。そこに主な登場人物が集まらざるを得ない必然性が生まれていくのである。そして大活劇となる。このクライマックスの構想がおもしろい。この完結編、落とし所がなかなかうまく仕組まれていた。ある意味で、ハッピーエンドに納めているくころが巧みである。
 クチナワの運用する特殊捜査班の新バージョン、パート2がいずれ創作されるのではないか、という期待すら抱かせるエンディングは実にうまい。

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