遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『卒業』  東野圭吾   講談社文庫

2016-10-04 09:04:37 | レビュー
 まずは、私の失敗談。冒頭に引用したのは、同じ文庫本なのだがカバーのタイトルが少し違ったので、うっかりと両方購入してしまったのである。後で、調べると単行本が出版された時点(1986/5)では、『卒業 -雪月花殺人ゲーム』というタイトルだった。それが1989/5に文庫本化された時点ではそのまま引き継がれたようである。しかし、増刷のどこかの時点で『卒業』というタイトルに切り替えられたと推察する。手許の文庫本は2010/10の第77刷発行。内表紙も「卒業」なのだが、その後の最初のページが「卒業 ー雪月花殺人ゲーム」となっている。この作品も継続的に増刷されていることが良く分かる。

 余談はさておき、私はたまたま事前の情報も無く、タイトルに引かれて『麒麟の翼』を読み、そこから『新参者』を読んだ。その印象から既に出版されているシリーズだと気づき、第一作から読んでみようと文庫本を買う事にした。それは加賀恭一郎という刑事のキャラクターに惹かれたことと、この加賀刑事の過去がどのように想定されていて、日本橋警察署の刑事に異動してきたのか? 父親とはどういう確執(?)が内在するのか? ・・・などが既に描かれているのかどうかに関心を寄せた結果である。そこで、この『卒業』がこのシリーズの第1作だと知った。これを読了して、しばらく後に、加賀刑事シリーズ全作リストが『新参者』の後の最新刊のための新聞広告の一環で出ているのを見る事になった。

 この第1作、まずおもしろいのは、加賀が刑事になる前の話だということ。加賀は県庁所在地T市にある国立T大学の学生で、卒業まで半年弱という時期に居る。大学では剣道部に所属し、大学での最後の試合、学生剣道個人選手大会出場のためのトレーニングに励んでいる。
 その加賀が「君が好きだ。結婚して欲しいと思っている」と少しのためらいもなく、相原沙都子に告白するというシーンからストーリーが始まって行く。将来、沙都子との関係がどのように進展していくのか、という期待がまず冒頭に出てくるのだからおもしろい。
 次に、その沙都子には、T大の学生であり、友人・金井波香が居る。波香は学生剣道個人選手大会県予選・女子の部の決勝戦まで進み、最後にS大の三島亮子との試合に敗れたのだ。試合の翌朝、沙都子は『白鷺荘』という学生アパートに住む波香の部屋を訪れる。波香を起こすと、序でに友人の祥子の部屋にも行き、祥子を起こそうするが鍵がかかっていて、室内で人が動く気配もない。様子がおかしいと感じ、管理人室に行き、事情を話し鍵を借りて、祥子の部屋に入る。沙都子はそこに祥子の遺体を発見する。
 死体は左腕を洗面器の中に入れていた。祥子の死因は左手首創傷による出血多量である。これが自殺なのか? 自殺に見せかけた殺人なのか? 沙都子が部屋に入る前はドアには鍵がかかっていたのである。
 沙都子を介して、加賀はこの事件に巻き込まれていく。沙都子、波香、祥子は友人関係にあり、加賀もその仲間だった。この事件は、県警の佐山と名乗る刑事が担当していく。当然ながら、祥子の友人たちへの聞き込み捜査も行われる。
 加賀は友人として、祥子の死の原因究明に関わって行く。つまり、この小説は、加賀が刑事になる前の青春ミステリーなのだ。

 祥子の死を契機に、仲間の溜まり場『首を振るピエロ』に友人全員が集合することになる。全員集合で集まった仲間が主な登場人物になっていく。彼らは同じ県立R高校の出身でもあった。全員がT大に進学したのである。
 集合したのは、加賀恭一郎、相沢沙都子、金井波香、井沢華江、若生勇である。このグループには、死んだ牧村祥子と彼女の恋人・藤堂正彦もメンバーである。藤堂はこのとき、祥子の家に出向いていた。井沢と若生はともにテニス部で活躍し、恋人関係にあった。また祥子と藤堂も恋人関係だった。
 沙都子と華江は文学部国文科、金井波香と牧村祥子は文学部英米文学科だった。
 藤堂は理工学部金属工学科に進学していた。

 結果的に言えば、友人全員が巻き込まれていくのである。なぜなら、友人たちの集まる場の中で、第二の事件が発生するという展開になるからである。
 それは、この仲間たちが、県立R高校で茶道部の顧問をし、古文の教師だったで南沢雅子に何らかの形で世話になっていた。そこで、南沢が教師をやめた後も、年に何度かは南沢家に集まり、近況報告をすることが恒例になっていたことによる。
 祥子の葬儀が終わった後、ある日に南沢家に恒例のこととして、亡くなった祥子を除き、全員が集まることになる。たまたま加賀は警察の道場で稽古をつけてもらう日と重なり、欠席したので、沙都子・波香・華江・藤堂・若生の5人が集合する。一通り、南沢雅子の手前を味わった後、恒例の『雪月花之式』という七事式に準じた茶事を行う。
 そして、この茶事の最中に波香が死ぬ。毒殺ということになる。茶室という一つの空間で、六人の座する中で発生した事件である。
 余談だが、『花月之式』に準じた形で描かれる場面は、茶道の門外漢にとっても、その七事式が行われるプロセスはゲーム性を取り入れた茶道の学び方として興味深い。

 2つの事件は、相互につながりがあるのか、ないのか?
 ドアがロックされていた部屋での祥子の死は、自殺なのか他殺なのか? 他殺なら犯人はどのようにして部屋に入れたのか。白鷺荘の管理人は住人以外の人の出入りにはうるさくて、そう簡単に入れないと言われる学生アパートだった。
 茶室という密室空間での波香の死は、毒がどのようにして茶碗に入れられたのか? 波香にだけ毒を飲まさせる方法は何なのか? 毎回引くクジで、茶を飲む人、菓子を食べる人、次の茶を準備する人、が決められているというクジ引きゲームを取り入れたこの茶事で、どうして波香にだけ、毒を飲ませられるのか? 
 波香は剣道大会の予選の決勝戦で敗退したのだが、その原因について不審を抱き、独自に調査を推しすすめていた。それが何らかの関わりとなり、波香の死に結びつくのか?
 加賀は、祥子の葬儀の日、こまめに日記を付けるという習慣のあった祥子の残した日記を家族の了解を得て借り出す。また、加賀は白鷺荘の祥子の部屋を見せてもらおうと管理人に頼むが拒絶される。たまたまそれをみていた古川智子が加賀に声をかけ、手助けしてくれることになる。智子は祥子の隣の部屋の住人だったのだ。彼女と出会えたことが、加賀の推理を前進させる契機になる。
 二人の友を亡くした加賀の徹底的な推理が始まって行く。加賀は警察官である父に意見を求めることまで行う。一方で、私の関心事になった恭一郎と父との関係は、警察官の父の行動とほとんどがとすれ違いの日々であり、二人を繋ぐのはメモ書きによるコミュミケーションだけということがわかるだけである。事件に対する父の考えは書かれたメッセージとして、加賀に伝えられた。
 加賀の推理が行きついた結果は? 加賀の推理プロセスが読ませどころである。
 
 加賀は大学を卒業後は教師になるというプランを持っていた。だが、この小説は事件の解明とその結果及び加賀の参加する剣道試合の局面が語られることに終始し、卒業式当日で終わる。加賀が卒業後にどうするかについて直接には触れられていない。

 単純な青春ミステリーものではなく本格的推理ものになっていく小説である。加賀が結果的に刑事の道を選択することになる片鱗がここに発揮される。佐山刑事の捜査活動の一歩先を行くことになった。大学卒業前の半年弱の期間に仲間の間で起こった事件という悲しく苦い記憶を残す形で、青春時代の一幕が閉じる。仲間に起こった事件の影響を受けながら、卒業する一人一人はそれぞれが改めて己の道を決めていく。

 沙都子はやはり家を出て東京に行くことを決意する。ある出版社で働くことが決まっていた。『首を振るピエロ』での沙都子と加賀の会話でこの小説は締めくくられる。
 「今でも、あたしと結婚したいと思ってる!」
 「思ってるよ」
 「そう・・・・ありがとう」
 「残念だな」
 「残念だわ」

 加賀と沙都子の関係は、これで完全に切れるのか・・・。どうなのだろうか、という余韻が残る。『卒業』から『麒麟の翼』『新参者』までの時の経過において、加賀に何があったのか? 遅ればせながら、まずは読み継いで行きたい。

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『新参者』 講談社
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