遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ガンコロリン』 海堂 尊  新潮社

2015-03-06 09:26:56 | レビュー
 タイトルが少しおふざけ調でなので、どんな作品なのかと興味本位で手にとってみた。内容は5つの短編小説集である。1作品が40ページ前後でまとめられた作品集。その内容はマクロで見ると、桜宮市を基軸とする海堂ワールドに片足だけでも踏み込んでいると思える小説の集合体であるが、それぞれの作品は独立していて直接に関連性を持たせてはいない。
 この作品集は、けっこう著者が軽いノリで楽しんで書いているような印象を受ける。気楽に楽しめる短編の寄せ集めというところ。

 簡単に各作品の印象をまとめてみたい。

<健康増進モデル事業>
 厚生労働省医療健康推進室・久光穣治の名前で、木佐誠一にダイレクトメールが届く。それは厚生労働省第三種特別企画・健康優良成人策定委員会が行うプロジェクトのモデルに選ばれたというもの。無作為に3名選んだ1人として、健康追求のモデルになって欲しいというものである。
 連日会社で奈良課長から重箱の隅を突っつくようなお小言の集中砲火を浴びる木佐は、医療健康推進室からのメールに応じてみる気になる。電話連絡して、霞が関に出かけるのだが、待ち合わせ場所はビル最上階のレストラン、『星・空・夜(スターリー・ナイト)』である。どこかで似たような設定が時折出て来たことをつい連想してしまう。
 狙いは、モデルに選ばれた木佐が応じれば、木佐を「健康優良成人」ボディの持ち主に変身させる試みの企画だという。そのために、有能なアシスタントを付けて企画を推進するという。木佐が契約書にサインしたところから、木佐にとっては会社人生活での前代未聞の行動が始まるというストーリー。
 実に滑稽で、おもしろい。奈良課長にアシスタントが国家権力なるものを強引に使っていくとこともユーモアたっぷり。結果的に、木佐の人生ががらりと変わる。

<緑?樹の下で>
 ベルデグリ:緑青(ろくしょう)という顔料は存在する。著者はエンパイア・ベルデグリという架空の樹木を南アフリカ・ノルガ王国の国樹として創作し、セイと呼ばれる医師と少年の物語を語る。今は医者というよりクラマルタを飲み過ぎた飲んだくれ。少年の求めに応じて、算数を教えているという存在。その少年がある日、シシィという子がベルデグリの木に呪われたという話を持ち込んで来る。俗信と医療のせめぎ合いとなる。
 セイと呼ばれていた男はトカイという名だった。彼はノルガの国王の7歳の息子を診察する。そして、その子を助けるには難度の高いバチスタ手術が必要なのだ告げる。トカイは言う。「病気というのは、医療があって初めて存在する。医療がないところには診断もなく、診断がなければ病気も存在しない。俺は病気と判断し、長老は祟りと言うだろう」と。寓話を秘めたストーリーである。俗信と知識の分離。政治と医療の分離。教育。

<ガンコロリン>
 天才的なひらめきを連発するスター研究者の倉田教授が癌の特効薬を開発する。倉田教授は人前では失語症的な譫妄状態い陥るという人物。助教の吉田がその倉田の発言を的確に理解し、医療専門用語などを使って、翻訳伝達する。二人は名コンビ。倉田は雪見市にある極北大学薬学部教授。サンザシ薬品の営業部で若き日にトップセールスを誇った木下が今は創薬開発部の部長となっている。二代目社長からは創薬開発部の再生を期待される。木下は新薬開発をしている大学の研究室とのタイアップを大義名分に掲げる。カニが大好物の木下は、部下の大浜がもたらした極北大倉田教授の新薬開発の話に乗り気になる。頭にあるのは出張先でのカニ料理。だが、瓢箪から駒の展開に。このストーリーに、時風新報の別宮葉子記者が絡んでくるからおもしろい。そして、病気と治療のイタチごっこのアナロジーと薬剤耐性という視点を投げかけていて、一種のシニカルさのオチがある。

<被災地の空へ>
 雪見市の極北救急センターのセンター長代理・速水晃一と師長・五條郁美が久々に登場する。東北地方に地震がありDMAT(救急災害派遣隊)が発動され、機動性を持った医療チームが派遣されるのだ。北海道からの派遣として、速水のチームがその一つになる。各地域で独立自尊の活動をするチームが、地震後の緊急救護の状況に集められたらどなるか。速水がどのような行動を取るかが読ませどころである。速水は今までの彼の思考枠を超えた次元での体験を学ぶ機会となる。
 この作品は「小説新潮」2011年11月号に発表されている。現実の東北地方の地震における緊急医療活動の実態を取材した上での創作なのだろう。最後のページにこんな詞章がある。「医療の新しい意味に気がついた人々もいたことは、未来への希望につながることだろう。」と。そして、「被災地から戻った速水は、・・・・ドクターヘリの搬送業務に文句は言わなくなったという」で短編の末尾を締めくくる。この短編集の中で、ストーリー展開において惹かれる一編である。
 
<ランクA病院の愉悦>
 売れない作家が川柳を趣味としていて、ツイッターでのペンネームを「終田千粒(ついたせんりゅう)=ツイッター川柳」とした。だが、漢字を読むツイッターは「おわりだ」としか読まない。その終田に『週刊来世』という雑誌から医療機関への受診体験による取材記事を依頼されるというストーリー。それも同行する依頼者Rが終田の受診体験を見聞して下書き原稿を作るというおいしい話である。狙いはランクCの病院での受診とランクAの病院での受診を対比してみるという企画記事なのだ。
 この短編小説は、医療についてかなりアイロニカルな観点で、病院での受診行為を漫画チックに極端化して描いている。見かけは大きく違うが、根底の部分はほとんど変わらないというオチが実に面白い。その違う点、共通点の描き方を楽しみながら読める作品。
 ここには、ヨイショ記事にだまされないようにという寓意が一つありそうだ。
 最後の最後になって、終田は、カネかプライドかで、プライドを選択する。ヨイショ記事は書かないと選択したのだ。ここまでの展開がおもしろいものになっている。
 そして、表面的な甘言に惑わされやすい弱さを指摘している。次の箇所はそれだろう。「TPPやら何やらで日本の医療という果実を米国保険業界という守銭奴共に売り渡してからも2年が経つ。その結果、哀しいまでの医療格差が出現してしまった。TPPに付随した自由診療推進は国民のためだという甘言に騙されて、自由には格差がついて回るという、当たり前の前提にも気づかずに、付和雷同してしまった連中=国民は哀れなものだ」(p154)
 

 バラエティに富む短編集である。ちょっとコショウが効いて味がある。


ご一読ありがとうございます。

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本書を読んで、関心ポイントの関連でネット検索してみた。一覧にしておきたい。

DMAT ホームページ  
  DMATとは? 
被災地における医療・介護  
 国立国会図書館 ISSUE BRUIEF NUMBER 713(2011.6.2)
東日本大震災に対する日本医科大学医療支援報告 :「日本医科大学」
東日本大震災地における地域医療を守る会 ホームページ
被災者への医療体制  :「全国保険医団体連合会」
医療自由化  :ウィキペディア
TPPに参加したら私たちが受ける医療にどんな問題が起こるのか :「保険のまもり」


インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に、次の読後印象を掲載しています。お読みいただければ幸です。
『カレイドスコープの箱庭』  宝島社
『スリジェセンター 1991』  講談社
『輝天炎上』 角川書店
『螺鈿迷宮』 角川書店
『ケルベロスの肖像』   宝島社
『玉村警部補の災難』   宝島社
『ナニワ・モンスター』 新潮社  
『モルフェウスの領域』 角川書店
『極北ラプソディ』  朝日新聞出版