遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ナニワ・モンスター』 海堂 尊  新潮社

2012-10-20 21:29:18 | レビュー
 ある意味で興味津々たる作品だ。厚生労働省と検察庁の組織風土及び役人の体質を、アイロニカルな観点から俎上に乗せている。俎に乗せた素材が、日本の中央官僚機構と政治構造である。地方復権、道州制構想を確立しようとする動きに対して、新種インフルエンザというパンデミックをぶつけ、防疫体制という狼煙を上げる、中央官僚の画策という対抗手段を配するという著者ならではの発想による素材の調理ということになる。さらに、そこに著者自身の専門領域である画像診断技術の導入問題を絡ませていく。
 海堂ワールドのなかで、絡み合う事象の一つのエピソードをまとめたという感じであり、この流れもこれから先が続きそうな印象を残す。まさにアメリカ映画のエンディング手法を取り入れた感じを受ける。話は一段落したけれど、完結感はない。よく言えば、早く続編を読みたい・・・という気にさせる。

 話はアフリカ大陸南端に近い内陸部の砂漠にいるラクダと少年から始まる。これはまあ、ラクダ、つまりキャメルを引き出すイントロにすぎない。そして、浪速市天目区の一角に在る浪速診療所の2009年2月4日から事が始まる。この作品、大阪府、大阪市を匂わせる雰囲気だが、当然ながら、架空の設定だ。現院長は事情により大学病院の職を辞し、父の経営してきた診療所を継ぐ。父、菊間徳衛は今は名誉院長で長年町医者として信頼を築いてきた人物だ。徳衛は、新聞で新型インフルエンザ・キャメルの蔓延の兆しありという記事を目にする。
 ちょうどその頃、USファーマという米国の製薬会社製で、日本のサンザシ薬品が代理店販売をする予定の「キャメル・ファインダー」という新型インフルエンザの迅速検出キッとが浪速市他数都市に医師会経由でサンプル配布される。一方、院長菊間祥一は母校の大学医学部の後輩から、医師会での講演会開催企画の根回しを頼まれる。父の協力も得て、その企画は実現する。タイトルは、「新型インフルエンザ・キャメルの脅威とその実態」、講師は浪速大学医学部衛生学教室・本田苗子である。講演は聴講した医師たちに好感を持って受け止められた。だが、徳衛は現場医師の経験からその講演内容に引っかかりを感じるのだ。その後、本田講師は准教授に昇進し、一方講演会や報道番組などで活躍を始める。つまり、新型インフルエンザ・キャメルのパンデミック対処として、空港を中心に防疫ラインの構築、水際作戦の先鋒に立つようになる。徳衛は息子祥一に本田講師の経歴を調べさせる。だが、その経歴は深くはたどれない、素っ気ないものにとどまるのだ。
 そして、あろうことか、水際防疫が敷かれているにも拘わらず、浪速診療所で、熱を出した小学生がこの新型インフルエンザ・キャメルに罹患しているという事実が発見される。厳重な水際防疫が敷かれている一方で、浪速市内の自診療所で患者が出たことにより、菊間親子は医師としてこの防疫問題に巻き込まれて行く。このキャメル・パニックへの対処プロセスに、厚生労働省の行政発想と対応が絡められており、同時に別の思惑が絡んでいくことになる。そこには著者の冷めた目線で、中央官僚の発想と対応の在り方が描き込まれていく。このあたりは本末転倒の馬鹿らしさを感じ実に興味深い。
 この第1部、パンデミックに対する水際防疫という対処が、実は隠された意図があったというところが、ストーリーをおもしろくする。水際防疫発想に対して、レッセフェール・スタイルをぶつけていく点も一つの読みどころかもしれない。

 それに先行して、検察庁では大きな動きがあった。東京地検特捜部のエースと目されていた鎌形雅史、通称カマイタチが、浪速地検特捜部に2008年6月中旬に異動したのである。カマイタチと畏敬される凄腕の検事がすんなり浪速への都落ちを受諾したのだ。
 異動後当初は鳴りを潜めているが、浪速地検の内情を悉に調べ、組織の膿み出しを短時間にやってしまう。このあたりのストーリー展開はおもしろい。そして、浪速地検の組織を掌握すると、浪速府庁の内情を調べ、その問題点を材料に村雨知事と対決することになる。そして、国の大掃除という目的の下に、鎌形と村雨は協力し合う関係に進展していく。
 それから、1月後、鎌形は霞が関の厚生労働省を対象とした補助金不正疑惑問題を電光石火に取り仕切る。霞が関に乗り込むのだ。地検特捜部が東京の特捜部を差し置いてそのお膝元で摘発を行うという痛快さ。この展開が楽しいところである。
 大きな問題事象の沈静化、隠蔽化のために、小さな問題事象を顕在化させ、目くらましを世間に提供するための会議、省庁横断的組織防衛会議が霞が関のある場所で始まる。「不祥事ルーレット」という章の展開など、ほんと省庁間でやっていそうな気にさせる描写である。そこになぜかリアリティを感じる。そこに、警察庁の無声狂犬と揶揄されるあの斑鳩室長が一枚噛んでいるというところがおもしろい。
 本書には検察の正義とは何か、を考えさせるという副産物が潜んでいる。
 この第2部、特捜部という組織活動における地方と中央の関係、そして検察庁が何をするか何ができるか、を描いていて興味深いところだ。

 そして、第3部で、地方政治の問題が前面に出てくる。第1部、第2部が不可分に関わりを持つ中で、地方政治の確立その復権行動を一歩進める展開となる。地検特捜部対検察庁の本庁、浪速府の地方政治三権確立構想対国家行政・政治体制堅持、地方医療の現場発想対中央行政の中央集権医療発想などが複雑に絡み合ってくるのだ。ストーリーは複雑に絡み合っていく。しかし、これは従来から論じられてきている道州制構想や地方対中央の医療問題など、尖端テーマをフィクションの形で、かなりのアイロニーで味付けしながら俎上に乗せて、どんと目の前にこの作品として著者が投げ出してきたとも言える。
 ありそうな中央行政官僚の発想や対応行動、自己保身体質などが鮮やかにここに書き込まれている。二足の草鞋をはく著者の、医療分野専門家としての側面での経験や見聞が冷めた視点で盛り込まれているように感じるが、実際のところどうなのだろうか・・・・
 中央官僚的発想と行動の原点がどこにあるか、それにどう対処すべきなのか、を考えさせられる点も本作品の副産物といえようか。
 
 村雨知事の参謀としてそれまで陰にいた、医療界のスカラムーシュ(大ほら吹き)、彦根新吾が第3部で前面に出てくる。彼の構想と行動力はこの最後の詰めを読み応えのあるものにしている。
 「日本三分の計 2009年5月14日」の章には、こんな記述がある。「実は機上で考えた案があります。坂本龍馬の船中八策に倣い、機上八策と名付けたんですが」(p339)
そして、村雨知事が読み上げたメモが、
 一 医療立国(医療最優先の行政システム構築)
 一 教育立国(子ども主体の援助体制)
 一 治安確立(犯罪撲滅のための基本方針)
 一 健全財政(収支バランスの整合性維持)
 一 情報保護(個人情報の独立性維持)
 一 自由言論(自由闊達な公論の樹立)
 一 中立報道(不当な意見誘導の排除)
 一 笑顔の街(すべてはこの目的のために)
これって、今年の年初に某市長の下に大きなニュースになったことを先取りしていない?(元々の連載発表は2009年~2010年、本書発刊は2011年4月。)なんだかニュースの方がデジャヴィのような・・・・というか、二番煎じ的にみえて、おもしろい限りである。
あるいは、言葉に出せば誰も似たような政策列挙ということになるのか。実質は違っても・・・・。誰かさんはこの本をお読みだったのか?

 本書に出てくる大胆な発言記述がフィクションの中とはいえ印象深い。いくつか引用しておこう。
*流行病の死亡者数に「超過死亡」という概念が使われる。「超過死亡者数」とは「その病の流行によって平年より増加したと推定される死亡者数」のことだ。死亡者数をセンセーショナルに扱いたくない場合に医療行政が使う用語で毎年インフルエンザにより何千人単位で死者が出ているという事実を都合良く隠蔽できる。今回の季節性インフルエンザはいつもよりやや危ないタイプだと予想された時、平年よりこれだけ多く死んだという形で数字を伝える。これが通常の季節性インフルエンザでの報道姿勢だ。冬季に蔓延する季節性インフルエンザでさえ死者数を一定数以上減らすことができないという状況は、厚労省が以前行ったワクチン行政の舵取りの結果なので、彼らはバイアスの掛かりやすい用語を駆使してでも隠蔽したいのだろう。  p95
*法医学者は画像診断でろくすっぽ読影しない。その上Aiを施行しても、その画像診断情報は捜査情報と称し、検討もしなければ学会発表もしない。挙げ句の果てに医療現場や遺族にも情報を伝えない。そんな彼らにまかせたらどうなる?・・・・法医学者主導なら必ず解剖しているという印象を持ってるんだろうけど、あの連中は、解剖するかどうかの判断はせず、解剖が決定した遺体を解剖するだけ。決めるのは法医学者ではなく警官さ。その時はAi画像の診断には誰も責任を取らない。ただの記念撮影になってしまうだろ。 p237
*司法と官僚の過ちを、新聞、テレビといった大メディアは糾弾しない。彼らは現代日本における真の権力者が誰か、よく熟知している。大メディアは権力批判という牙を抜かれた従順な飼い犬だ。刃向かってこない弱者だけ、齲歯だらけの歯で一方的に噛みつき、あたかも正義の雄叫びを上げているようなフリをしている。  p268
*解剖率百パーセント、いや、死因究明率百パーセントになれば、医療事故や医療訴訟がゼロになるんですか。  p299
*検証なき予防医学はただのバカ騒ぎ、ということなんですね。  p301
*病理学会上層部が認定試験の受験資格をどんどん厳しく高度化した。結果、病理専門医試験を受験しようという人材が減少していったんです。  p309
*新しいものを作るなら、古い何かを壊さなければならない。でも、古い何かを壊すには、お祭り騒ぎの中で鎮魂するしかないんじゃないか、とね。  p315


ご一読、ありがとうございます。


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 本書に出てくる語句や関連事項をネット検索してみた。その一覧をまとめておきたい。
ヘマグルチニン  :ウィキペディア
ウイルス・ノイラミニダーゼ :ウィキペディア
リボ核酸(RNA) :ウィキペディア
メタボリックシンドローム :ウィキペディア
パンデミック  :ウィキペディア
ノロウィルス  :ウィキペディア
公衆衛生    :ウィキペディア
サーモグラフィー  :ウィキペディア
インフルエンザによる死亡者数の推移  :「社会実情データ図録」
インフルエンザ超過死亡「感染研モデル」2002/03シーズン報告 :「IASR」
エボラ出血熱  :ウィキペディア
SARS ← 重症急性呼吸器症候群 :ウィキペディア

検察疔 :ウィキペディア
検察疔 のHP

オートプシー・イメージング :ウィキペディア
監察医 :ウィキペディア
検視と監察医制度  :「コトバンク」
司法解剖  :ウィキペディア
外事情報部 :「警察庁 採用情報サイト」
道州制  :ウィキペディア
道州制 新しい地域づくりのために  :経済広報センター
道州制ビジョン懇談会 :内閣官房
道州制導入のメリットと課題等について 参考資料1
道州制の正体

病理専門医 :ウィキペディア
日本病理学会 のHP

船中八策 :ウィキペディア


序でにちょっとこんな検索も・・・

大阪地検特捜部主任検事証拠改ざん事件 :ウィキペディア

Category:検察不祥事  :ウィキペディア

ブログ 公務員の不祥事

橋下維新 これが「維新八策」だ! 骨子全文  :産経新聞

大阪維新の会を応援する  :池田信夫blog
初代内閣安全保障室長・佐々淳行 「維新」の「船中八策」に異議あり
橋下・大阪維新「船中八策」の骨格に現時点でツッコミを入れる。 - 佐藤鴻全
大阪維新「船中八策」の「馬脚」  :「雪斉の随想録」


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今までに、以下の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『モルフェウスの領域』

『極北ラプソディ』  



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