遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ケルベロスの肖像』  海堂 尊   宝島社

2013-09-11 10:22:10 | レビュー
 いつものことながら本書も作品のイトルづくりがうまいなと思う。ケルベロスという知る人ぞ知る名称をポンと象徴的に投げかけてきて、関心をまず引きつけている。そして、作品の冒頭で、その名称に対する説明を少し加える。
 「ケルベロスは地獄の番犬、冥界の犬と呼ばれる。三つの頭を持つ異形の犬である。弟のオルトロスは双頭の犬で、雌牛の番犬に格下げされていることはよく知られている。ところが、彼らは三兄弟だった、という事実はほとんど知られていない。」(p8)と。
 この何となく怪奇なムードが、何を語るのだとうと、読者を引きつけていく。なかなかの手練である。
 「よく知られている・・・よく知られていない」それそのものが、非常に曖昧であり、知りたくなる誘因となる。ケルベロスもオルトロスも、よく知られているだろうか?私は知らなかった。ヨーロッパの知識人にはよく知られていることなのかも知れないが。

 たぶんとあたりをつけて、読後に手元の本を参照してみたら、やはりギリシャ神話に出てくる。『ギリシャ神話』(呉茂一著・新潮社)に「地獄の猛犬ケルベロス」(p22)と出てきて、「大体頭が三つあって口から火を吐き、尾は一匹の蛇になっている。その上に背筋からも何匹もの蛇が頭をもたげる姿で想像された、また酷いのは頭が五十あるいは百あったという説まである。彼は冥王の館の玄関につながれていて、入って来る者には特に吼え立てないが、出ていこうとすると烈しく吼えついて許さない、ともいわれる」(p195)と具体的に記す。また、『ギリシャ・ローマ神話辞典』(高津春繁著・岩波書店)の「ケルベロス」は「冥府の入口の番犬.・・・ヘーシオドスはこの犬は50頭をもち、青銅の声をもっていると言っているが、100頭とする詩人もある。もっとも一般に古典期に通用したのは、3頭で尾が蛇の形をし、頸のまわりに無数の蛇の頭が生える形である」(p123)と。高津氏はケルベロスが「テューボーンとエキドナの子。したがってゲーリュオーンの怪犬、レルネーのヒュドラー、ネメアのライオンの兄弟」と補足する。このゲーリュオーンの怪犬というのがオルトロスのことである(呉氏の記載と照合)。しかし、両書ともオルトロスの姿については語っていない。オルトロスが双頭というのはウィキペディアには説明が載っている。本作品の著者が「三兄弟」というのはそんな説もあるということか、あるいは著者の創作部分だろうか。まあ、余談だが気になる。

 さて、このケルベロスがどう関わっているのか? 実は東城大学医学部付属病院の高階病院長宛に「八の月、東城大とケルベロスの塔を破壊する」という差出人不明の脅迫文が送られてきていたのだ。この作品の一応の主人公はあの田口先生である。この田口先生が高階病院長の巧妙な話術による頼み事を引き受ける羽目になって、話が展開していく。
 この脅迫文の裏には、過去の複雑に絡み合った事象が関係しているのではないかという推測を、白鳥室長の部下の姫宮が、高階病院長の許に持ち込んで来るのだ。姫宮がその最大の問題として、碧翠院桜宮病院の炎上事件で、桜宮巌雄先生ほか一族全員が死亡したと思われていたが、小百合とすみれの双子のいずれかが生き延びたのではないか、という疑惑が出てきたという。そして、この生き残りの一人が、脅迫文に関わりがあるのではないかと言うのだ。
 つまり、ケルベロスの塔とは、時あたかも桜宮岬に建てられたAiセンターの開所が迫ってきている段階であり、田口先生はこのAiセンターのセンター長を拝命してしまっているのだ。また、碧翠院桜宮病院の炎上事件における双子の姉妹にも、過去、田口先生が関わったことがあるのだ。ケルベロスの塔=Aiセンターならば、さらに東城大学も破壊の対象となれば、リスクマネジメント委員会の委員長でもある田口先生が関わらざるを得ない立場である。既にそんな状況に田口先生が追い込まれているとも言える。
 かくて、ストーリーが展開していく。

 本書は二部構成となっている。全体としては謎解きでありながら、その人間関係の関わり方がコミカルなタッチで描かれていて、ところどころで笑えてくるシーンもあって、おもしろい。そして、話は次々に意外な展開をしていく。
 第一部は、脅迫文が起点になりながら、桜宮の双子姉妹のいずれかが生存する可能性が浮上し、炎上事件の当日のことが一歩深く明らかになってくる。そして、Aiセンターの開所を目前にして、ノーベル賞候補者と目されているマサチューセッツ医科大学上席教授・東堂文昭がウルトラ・スーパーザイザーとしてAiセンターに参入してくるのだ。彼は高階病院長を、高階の嫌う呼び方「ゴン」を連発する。高階の学友でもあった。ビッグマウスの東堂が、プレゼントだと言って、Aiセンターに9テスラのマンモスMRIマシン「リヴァイアサン」を持ち込もうとする。それが引き起こすあれやこれやのエピソードがけっこう楽しめる。エピソードは第2部前半で展開されるのだが。思惑が錯綜するAiセンター運営連絡会議の展開がおもしろい。
 会議の最後の段階で、出席者の一人、あの斑鳩室長がこんな説明をする。ケルベロスの塔とは警視庁が発祥らしい隠語でAiセンターをを指すのだと。そして、ケルベロスの3つの首と同様に、Aiセンターも3つの顔を持っているという共通点があると説く。
 第二部は、「リヴァイアサン」の搬入顛末、司法解剖の見落とし問題、そしてAiセンター開所日に企画された公開シンポジウム。このシンポジウムがとんでもない方向に急速に展開していくのだ。それが、忌まわしい過去を浮上させてくる。そして、Aiセンターの建設そのもののプロセスすらも。最終章「東城大よ、永遠に」で意外な結末を最後の最後に迎える。

 海堂の桜宮市東城大を中心にした海堂ワールドは、今後どう展開していくのか。興味津々だ。

 本書は2012年7月下旬に出版された。この時点での二足の草鞋の作家・海堂尊のもう一つの現在の仕事の肩書きは「独立行政法人放射線医学総合研究所・重粒子医科学センター・Ai情報研究推進室室長」である。現実のAiにもやはり波風の烈しい局面があるのだろうか。事実は小説より奇なり、ともよく言われるが・・・・。

 ご一読ありがとうございます。

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本書と関連した用語をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

ケルベロス  :ウィキペディア
オルトロス  :ウィィペディア
テューポーン :ウィキペディア

テスラ :ウィキペディア
MRIのホームページ    MRI(磁気共鳴画像)
核磁気共鳴画像法 :ウィキペディア

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  重粒子医科学センター
 

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今までに、次の読後印象を掲載しています。お読みいただければ幸です。

『玉村警部補の災難』   宝島社
『ナニワ・モンスター』 新潮社 
『モルフェウスの領域』 角川書店
『極北ラプソディ』  朝日新聞出版





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