遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『雷神の筒』 山本兼一  集英社

2013-05-02 13:28:26 | レビュー
 織田家鉄炮頭だった橋本一巴の鉄炮狂いの生き様を描いた作品である。
「骨太だが、無骨ではない。洒落者にして無欲恬淡。九年前、初めて鉄炮を手にしたその日から、鉄炮の威力に魅了され、鉄炮のことばかり考えて生きてきた。尾張近国で、鉄炮狂いの一巴を知らぬ侍はまずいない」(p4)と、著者は冒頭に端的に記す。

 本書は、織田鉄炮衆の初陣、天文23年(1554)1月24日の村木砦攻めから始まる。
 「鉄炮の力で天下を平定すれば、それが万人のためになる」という信念で、鉄炮の威力に魅了され、鉄炮使いの名手となり、鉄炮狂いになる一巴である。だが、その一巴の信念も、鉄炮が合戦に大量に投入されていく過程で大きく揺らいでいく。その精神的内面のプロセスが底流にある。
 天下平定のため、人のために生きるという一巴は、「尊厳をもって殺し奉る」それが人を殺める礼節だと考えている人物である。「南無マリア観音」と念じながら、鉄炮の引き金をしぼり、敵兵を殺生していく。ある意味、当時の侍としては特異な精神性を保った人物像が浮彫にされていく。

 本書で信長は一巴を通じて鉄炮の威力を知り、織田軍に鉄炮を導入するメリットと戦略を広げて行く。鉄炮を介した信長と一巴の主従関係、人間関係が一巴の人生、生き様を大きく左右する。鉄炮を使い、天下平定を万民のためにめざすという考えを信長に示唆したのが一巴だとしている点が、面白い。
 信長は一巴が有用である限り、使い尽くす、無益ならば去れ、死ねという姿勢に徹している。その信長に対する一巴の対処・生き様が読ませどころである。

 本書には、他に3つの観点が興味深く、読ませどころとなっていく。
 1つ目は、鉄炮衆の初陣・木村砦の戦から、石山本願寺の戦いで本願寺法主教如が大坂石山を退去するまでの期間における信長の戦いが、鉄炮の観点から描き込まれていく。鉄炮が天下布武のプロセスでどのように使われたかである。
 だが、そのために必要な局面がある。2つ目の観点だ。鉄炮そのものを如何に入手するか。鉄炮に必要な塩硝を如何に獲得するか。鉄炮の入手ルート、鉄炮の製造、新規改良の工夫。そして、弾丸となる鉛の確保あるいはその代替品の確保。火薬・塩硝の確保と継続的入手経路の確立。これらの側面に一巴がいかに関わっていったのか。そこに一巴の生き様が出てくる。
 この鉄炮の有用性を維持するための一巴の苦辛、創意工夫、開拓精神がもう一つの読ませどころといえる。ある意味で、鉄炮の導入・普及は鉄炮史を学ぶことにつながっている。
 3つ目は、一巴の戦に必然的に絡んでくる局面なのだが、雑賀の孫市との出会いだ。堺の武具商人武野紹鷗の屋敷で塩硝一斤(600g)が銀百匁(375g)だと言われ、塩硝が入手できないため、種子島に直接出かける決意をした一巴がその船中で孫市と出会う。海路で海賊に出会うが、孫市が「てつはう 天下一」の旗を掲げ、一巴は「日本一 てつはう」の旗を掲げる。ここに将来の二人の対決が始まるというもの。協力関係、対立関係の両面が描かれていく。本書を締め括るのが、この両者の鉄炮による決闘だ。 

 第2の観点に補足をしておくと、一巴と国友藤兵衛の信頼関係が鉄炮にまつわる生き様の一局面として興味深い。
 第3の観点では、鉄炮に対する一巴と孫市の考え方の違いの描写もおもしろい。鉄炮は道具、それをどう扱うかは、人間次第なのだろう。それはまた、一巴と一巴の息子達の鉄炮の扱い・鉄炮への考え方の違いとしても、描き込まれていく。

 最後に、興味深い、あるいは印象深い箇所の文を引用しておこう。
*(種子島に伝わった鉄炮は:付記)トルコ式の嚕蜜(ルミ)銃が、陸路、あるいは海路でマラッカに伝わり、そこで製造されたとする説が有力だが、ヨーロッパ製の銃がそのまま持ち込まれたという説も否定できない。  p99  
*塩硝に道あり、鉄炮にも道あり。ポルトガル国から、はるばると、ゴア、マラッカ、シャムを通って、日の本までまいりました。生駒の油と灰が、京、堺への道をもつことく、世のすべての産品には道がありゃあす。そのことを種子島への旅でしかと学び申した。 p126
*小鳥が蟲を喰い、鷹が小鳥を貪るように、人は戦って生き、戦って死ぬ。・・・天地のあわいに露の滴のごとくに生まれ落ちた命だ。芋の葉が大きく揺らげばあちこちに転がる。精一杯もがいて、死ぬまで生きていたい。  p205
*さらにいまひとつ、眉に唾をつけねばならぬ伝説がある。
 信長は、三千挺の鉄炮衆を、三列横隊にならべ、前列の者が撃ち終わると、後列に退いて玉を込めさせ、二列目の者が前に出て玉を撃たせたといわれている。しかし、当時の記録のなにを見ても、そんなきじゅつはない。  p313
*信長はちがっている。眼前の城を手に入れてなにがしたいか。明確な欲を語っている。武者たちに、はっきりと志をしめしている。欲を語る言葉が、まわりに渦を巻き起こすのだと、一巴はあらためて感じ入った。  p321


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本書に出てくる語句をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

石臼&粉体工学  三輪茂雄氏のホームページ
 本書の参考文献に挙げられているもののひとつ。

火縄銃 :ウィキペディア
橋本一巴 :ウィキペディア
片原一色城 :「帝國博物学協会」
橋本道一 :ウィキペディア
浮野の戦い :ウィキペディア
長篠の戦い :ウィキペディア
稲葉山城 ← 岐阜城 :ウィキペディア

王直 :ウィキペディア
王直、六角井戸
倭寇と王直 三宅 享 氏

国友鉄砲の里資料館 ホームページ
国友 :ウィキペディア
国友藤兵衛 ← 国友一貫斎 :ウィキペディア

雑賀衆 と 雑賀孫市 :「雑賀衆武将名鑑」
鈴木孫一 :ウィキペディア

熊野水軍(九鬼水軍) :「Dekoのメモ帖」
  安宅船(鉄甲船)の図が載っています
鉄甲船  :ウィキペディア
関船   :ウィキペディア
関船 ← 軍船 :「日本の船/和船」

ギリシャ火薬 :ウィキペディア

てつはう → 鉄砲 :ウィキペディア


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 以前に、次の読後印象を掲載しています。お読みいただければ幸です。

『おれは清麿』 祥伝社

『黄金の太刀 刀剣商ちょうじ屋光三郎』 講談社

『まりしてん千代姫』 PHP

『信長死すべし』 角川書店

『銀の島』   朝日新聞出版

『役小角絵巻 神変』  中央公論社

『弾正の鷹』   祥伝社


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