遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『黄金の太刀 刀剣商ちょうじ屋光三郎』 山本兼一 講談社

2013-04-02 11:32:57 | レビュー
 御腰物奉行黒沢勝義の長男・光三郎は勘当されて、町人となり己の好きな道を歩んでいる。刀剣商ちょうじ屋光三郎となって、刀剣の売買に勤しんでいるのである。この話は「黄金の太刀」にからむ因縁話に巻き込まれていくというものだ。

 話は、毘沙門天門前の料理屋で、旗本の刀剣好きの集まり「よだれの会」(垂涎ものの刀を見て、純粋に刀の鉄と鍛練の良さを愛でるのが眼目)に、光三郎が久しぶりに参加することから始まる。
 その席で話題になるのが、田村庄五郎持参の黄金鍛えの刀。鉄の鍛練に黄金をまぜて仕上げるのだという。金の筋が入って、剣相が良くなると大評判になっているものである。田村はその黄金鍛えが毘沙門天につくられた鍛冶場で実演されるという。全員がその実演を見物に行く。黄金鍛えをするのは剣相家の白石瑞祥。田村庄五郎は最近この白石瑞祥の剣相見識に傾倒しているのだ。そこでこの見物を企画した。一方、この瑞祥が細工して悪い剣相のついた刀を光三郎が入手し、瑞祥との間で前年の暮れに一悶着起こしていたのだ。光三郎からみれば、瑞祥は詐欺師だという。傾倒する庄五郎は目を?いて怒る。これがまあイントロである。

 話は、光三郎が父・勝義の呼び出しを受けることから動き出す。勘当した嫡男を呼び出すのは、刀に絡んだ話のこじれに違いないと見当をつけてでかけると、正にそのもの。白石瑞祥が剣相し、伊勢家所蔵のものとは違い、これぞ正真正銘の黄金の太刀だと称し、名宝小烏丸をさる大名に売りつけたのが発端となっているのだ。それが贋物だと判明する。 事件関係者は光三郎にとって無視できない人々ばかり。
 庄五郎が瑞祥の剣相した黄金の太刀のことを教えられ、現物の来歴を聞き、持ち主の庄屋に礼金百両を渡して持ち帰る。四人いる勘定奉行の一人である父・忠明にそれを見せる。伊勢家の小烏丸はかつて権現様・家康が不要としりぞけたもの。だから今も、黄金の太刀は徳川家には不要だろうということになり、忠明は家宝として保持しようと考える。だが、さる大名から譲ってほしいと頼まれる。1万両で買うと言われ譲ることになる。
 忠明はお礼のために瑞祥を招くが、瑞祥はその1万両の小判に妖気が漂うと言い、田村屋敷の庭で三日三晩護摩を修法することを申し出る。だが二晩目の夜明けに、1万両すべてが消えており、瑞祥は逐電してしまったのである。この経緯に、光三郎の父も関わっていたのだ。
 詐欺師白石瑞祥を取り押さえ、1万両を取り戻さなければ、忠明は切腹しわびなければならない立場に追い込まれる。事件の発端は庄五郎である。光三郎にとっては友人だ。

 光三郎は鍛冶平と一緒に、庄五郎の家来という形になって、瑞祥の追跡・捕縛の旅に出る。というのは、瑞祥が五か伝の名刀を揃えたいと言っていたという話を聞き込んだ為である。そこで、五か伝の地に瑞祥を追跡していく旅が始まる。
 江戸を振り出しに、瑞祥に一歩先に進まれ、鍛冶場で出くわしてもうまくすり抜けられてほぞを?む。あれやこれやで五か伝の鍛冶どころを西へ西へと追いかけていくという旅もののストーリー展開である。五か伝の鍛冶どころをめぐる地に足を向けるのは、光三郎にとりこころがときめく、行ってみたいに決まっている土地でもある。刀剣・鍛冶の蘊蓄話と瑞祥追跡譚が重ねあわされているところがおもしろい。
 
 五か伝とは、相州鎌倉、美濃関、山城、大和、備前の地である。
 作者は、これら鍛冶どころの歴史と名だたる刀匠の来歴や名刀話をストーリーの彩りとして絡ませながら、この追跡譚を展開していく。
 ここには次の刀匠名などが次々と語られていく。そして、光三郎の刀剣屋の目利きとしての批評がはさまれるのも楽しいところだ。
 相州鎌倉: 新藤五国光、五郎入道正宗、
  ・相州伝の上出来の刀が、あれもこれも正宗と極められてしまった。 p67
  ・正宗はよい鍛冶だったに違いないが、ただ一人の正宗がそのようにたくさん
   の名刀を鍛えられるわけではない。 p82
 美濃関: 関七流-善定、三阿弥、奈良、得印、徳永、義賢、室屋。兼門宗九郎。
  関孫六兼元。関兼定(之定)。
  ・関の刀鍛冶が、もっとも腕を振るい、数も多かったのは、永正、大永、天文の
   ころである。 p110
  ・関には、領主がいなかった・・・支配者がいないのなら、どこの大名から注文が
   あっても、それに応じて刀を売ることができる。鍛冶にとっては、まさに自由を
   謳歌できる別天地であったわけだ。 p113-114
  ・善定流は、大和手掻派の作風を伝える一流である。鎬が高く、柾目まじりの地金
   が特徴だ。 p116
 山城: 三条小鍛治宗近。粟田口一門(国友、久国、藤四郎吉光)。来。堀川国広。
  ・宗近の在銘は、「三条」か、もしくは「宗近」、あるいは「宗近造」と決まって
   いる。「三条宗近」と切ってあるのは、まちがいなく贋物であるというのが、刀
   好きの常識である。 p163
 大和: 天国(あまくに)、大和五派-千手院、当麻、手掻、保昌、尻懸。
  ・地味ながらも、実用的で質実な刀を鍛えていた。しかし、それはせいぜい南北朝
   から室町末期ころまでの話である。・・・いま奈良刀といえば、安物の刀のことで
   ある。 p176
 備前長船: 祐定。友成。正恒。包平。一文字の名工たち。長光。景光。
  ・備前伝のなによりの特色は、可憐な丁子刃にある。 p226
   拳丁子、逆丁子、腰開きの丁子など、・・・さまざまな変化がある。
 激しさのある相州の刀は、鮮烈である。備前の丁子刃は、優美で美しくも鋭利である。大坂新刀の濤瀾刃は、相手を竦ませる効果がある。・・・美濃刀はちがう。・・・ただ、人を斬る道具として、ゆるぎなくそこに屹立している。  p131-132

 刀鍛冶についての蘊蓄話も興味深いところ。相州鎌倉での語りをいくつか引用しておこう。
*姿だけできた刀に、へらで焼刃土を置いて、焼き入れする。火床の炭火で、熟柿ほどに赤めた刀を、細長い水舟に入れて急速に冷やすのだが、じつは、そのときこそ、相州伝の特徴である沸(にえ)や刃中のはたらきがあわわれる。 p84
*よい沸は潤いがあふれ、光にかざすと、七色にきらめいて輝く。 p85
*気泡が刀の表面についてしまうと、急速な冷却ができない。きりりと引き締まった焼刃にならず、滓がついたように眠く曇ってしまう。 p85
*相州伝は、焼き入れの温度が高いといわれている。温度が高ければ、刃が硬くなるが、その一方で折れやすくもなる。・・・正宗のころなら、おそらくは、鎌倉の浜の砂鉄をつかっていたにちがいない。鉄が違えば、焼き入れの条件もがらりと変わってくるから、いちがいに温度だけがどうのこうのとはいえない。 p86-87
 こういう風に、鍛冶話が各所にちりばめられていて、刀剣鍛冶入門的な側面が学べるのが本書の副産物といえる。

 旅ものはどの作品でもそうだろうが、土地土地の名所旧跡での小話が作品に花を添える。この作品も、そんなシーンがいくつも出てくる。銭洗弁財天、相槌稲荷、宮川町、お水取り(修二会)など。作品中のコラムのような楽しさのある箇所だ。


 相州鎌倉の野鍛冶の鍛冶場で、白石瑞祥の忘れ物だという掛け守りの錦の袋を会う機会があれば渡して欲しいと、野鍛冶から光三郎は預かる。紫色の錦の袋の中の紙包みを開くと、入っていたのは二寸ばかりの折れた切先だった。数打ちの束刀の切先のようなのだ。親の形見か・・・刃こぼれは人を斬った跡だろうと判断する。細かくささくれた刃こぼれに、強烈な怨念がこもるような気を光三郎は感じ取る。この切先が実はこの作品を成り立たせるコインの片面でもあったのだ。
 どのように結びついて行くか・・・それは本書を開いて、お楽しみいただくとよい。

 最後に、いくつか印象深い文をメモさせていただこう。
*人も刀も同じだ。
 深奥を見極めたいなら、ただ虚心坦懐に、じっと観ればいい。怒ったり、嘆いたり、惚れたり、こちらが余計な感情をもっていると、目が曇ってしまう。ただ、なにも思わずに、そこにあるものとして観るがいい。  p108
*刀身に反りがあれば、振り下ろす力に遠心力がはたらき、物打ちあたりで物を断ち切る力が格段に増す。加藤清正が、反りの大きな力を好んだというのは、馬上から打ち下ろす打撃力の強さを知っていたからだろう。打撃力があれば、たとえ兜がわれなくても、脳震盪を起こさせて、兵を撃退できる。  p191
*水は殺してあるのをつかえよ。  p234

 「刀は男の生き方だ」
 つぶやいて、光三郎は深々と頷いた。
黄金の刀騒動が落着して、清麿の鍛冶場で己が鍛える刀焼き入れをし終えたときの呟きである。この終わり方が、こきみよい。


ご一読ありがとうございます。

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