遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁FC Film Commission』 今野 敏  毎日新聞社

2012-01-07 12:06:33 | レビュー
 今野敏氏の警察物は面白くてここでの記録を始める前からかなり読み進めてきている。
 本書は、ちょっと毛色の変わった警察小説となっていた。警察官が警察官の行動や発言をちょっと第三者的な目で眺めながら、内心で批評論評している独り言の部分がおもしろい。それは、同じ警察官でありながら、組織的職務内容的に違う領域に所属することから、感覚的に別世界ということなのだろう。民間巨大企業ならご同様かもしれない。
 この小説では、交通部の警察官が刑事部の警察官を醒めた目で見つめながら、捜査に巻き込まれるというもの。事件に関わりたくはないのに、事件のプロセスを論理的に解釈したいという欲求を抑えられず、刑事に背中を押されながら関わりを深めていくという設定になっている。この種のものを著者の作品で読んだ記憶はない。そういう意味でちょっと新鮮だった。

 主人公楠木肇は警視庁の地域部地域総務課に所属している。できれば努力しないで一生を終えたいと考えている警察官。時間から時間まで勤務して帰るという平凡な勤務を希望し理想としている。「地域部にいれば、日勤、当番、明け番、公休というローテーションでそれほど苦労もなく暮らしていくことができる」と考えている人物。
 その楠木が四月の人事異動の際に、新設された「警視庁FC室」の兼務という「特命」を受ける。地域部に設置された組織である。通信指令本部から異動した長門室長以外は楠木を含めて4名が兼務者の辞令を受けている。他には交通部都市交通対策課所属の島原静香、交通部交通機動隊所属の服部靖彦、組織犯罪対策本部組織犯罪対策四課、いわゆるマル暴に所属する山岡諒一である。

 新設のFC室。FCとはFilm Commissionの略称なのだ。映画やテレビドラマの街中での撮影に対して様々な便宜を図り、協力するという方針の下に新設された。つまり、街中で撮影隊が使用しているスペースを確保するために、歩道、車道の一部規制を行い、通行人や通行車両と撮影隊との摩擦をできるだけ軽減する役割などを担う。

 早速の仕事は、高杉洋平という頭角を現してきた監督が、野口美咲を主演女優として制作に入った『乾いた罠』という映画の街頭撮影にFC室として関わるという仕事だった。野口美咲は二十年前にデビューした劇場公開映画専門の女優である。楠木の周りの警察官から、有名女優の側で仕事ができることをうらやましがられ、サインをもらってほしいとまで言われ困っている。楠木自身は映画に興味が無く、まして野口という女優や高杉監督にも関心すら持っていない。定時でキッチリ終わらない余分な仕事を押しつけられたと嫌悪しているのだ。
 その街頭ロケ中に、ロケバスの中で変死体が発見される。助監督の江本弘幸が絞殺されたのだ。「吉川線があった。他殺と見て間違いがないだろう」と判断される。
 事件は起こったが、ロケは予定どおり継続されることになる。楠木は変死体の発見されたロケバスには近寄りたくもないとすら思っている警察官だ。

 捜査が開始されても所轄警察もあり、捜査する刑事もいることだから、FC室兼務で地域部所属の自分には職務外で関係ないと楠木は思っていた。山岡刑事は大いに事件に関心を示している。静香は野口美咲と助監督が言い争っているところを目撃したと言う。それが長門室長に山岡から報告されたことから、長門室長がロケ中に起こったことだからと、事件に関わっていくことを宣言する。そして楠木は山岡刑事と組んで捜査に加わるよう指示されてしまう。
 今まで事件捜査に関心もなく、捜査手順すら考えたことも無かった楠木が、マルBとはいえ刑事の山岡とペアで、この事件に巻き込まれていくのだ。山岡刑事の行動、質問の仕方などを、あれこれと内心批判論評しながら、山岡刑事とは違った視点で経緯を論理的に考えていたり、違った目で周囲を観察していたりする。
 捜査分野と無関係な警察官が、刑事の捜査のやり方をあれこれ批判する目線が、一般人が見る目線と似ていて、結構おもしろく、コミカルでさえある。山岡刑事は、楠木の発言を聞き、楠木に捜査能力があるとほめあげる。楠木は少しもありがたいとは思っていない。捜査のために長時間引っ張り回されることに閉口しているのだ。
 しかし、捜査の進展とともに、楠木は事件を論理的に考え、矛盾点に気付いていく・・・。

 絞殺事件が起こった直後あたりからヤクザがロケ現場付近に貼り付いている。その不審なグループに楠木が最初に気付く。静香は野口と助監督の言い争いを目撃したという。服部は助監督が別の場所でロケ班といた、幽霊を見たと告げる。また、この映画ロケが始まる直前にプロデューサーが失踪していたという事実がその後から出てくる・・・・山岡刑事はまず現場に貼り付いているヤクザに職務質問し、その後、組事務所への聞き込み捜査に楠木を連れて行く。
 FC室長と捜査の管理官の二人が、なぜか街頭ロケ中ずっとロケバスに陣取ってしまう。それも絞殺死体が発見されたロケバスなのだ。

 山岡刑事は楠木に尋ねる。「おまえ、この映画の原作を読んだことがあるか?」
 楠木は映画に無関心だから読むはずはない。当然「いいえ」と言ったところ、山岡は言う。「『乾いた罠』という原作の小説はな、映画の撮影中に現場で殺人事件が起きるという内容だ」と。

 なかなかおもしろい設定と構成になっている。
 最初に記したが、ある意味、警察官が警察組織と警察官の行動を、あたかも第三者視点でみているというくらいの隔たり感の独白をふんだんに盛り込んでいる。この視点がまず興味深い点だ。そして、ロケ班の活動に対するFC室本来の業務の活動描写と併行して、事件の捜査行動が進んで行く筋立てのストーリー展開だった。その二つが絡み合っていく。
 FC室兼務となった服部が静香に一方的に惚れ込んでいて何かと静香の気を惹こうとするエピソードも盛り込まれ、読者を楽しませるご愛敬も描かれている。
 そして、ロケ中に起こる事件そのものに、なんとどんでん返しが仕組まれていた!
 これから先は、読んでのお楽しみ・・・・・。

 肩が凝らずに、気楽に楠木の言動をおもしろがりながら読める警察物小説というところだろう。気分転換にはもってこいかも・・・・

ご一読、ありがとうございます。


本書の本筋とはかなり外れるが、本書に出てくる語句から脇道に入っていろいろ検索してみた。
背景情報は多くても困りはしない。

日本の警察官 :ウィキペディア
警察組織・機構図 
警視庁組織図 :警視庁

交通部   :ウィキペディア
刑事部   :ウィキペディア
管理官   :ウィキペディア

警察の制服 :「警察官のお仕事とウラ話」
女性警察官 :ウィキペディア
警察の歴史-制服、パトカー、白バイ :警察庁

吉川線   :ウィキペディア
検視官   :ウィキペディア
検死官   :「職業情報一覧」サイトから
鑑識  :Yahoo!百科事典 → 日本大百科全書(小学館)

供述調書の信頼性:「司法精神鑑定」久郷敏明氏
供述調書の例 :「自動車保険を見直すページ」
供述録取書の功罪(検察修習を振り返る~その1~)
供述録取書の例 :「人権問題のページ」→「Lさんの人権を守る会」ページ

ヤクザ  :ウィキペディア
暴力団  :ウィキペディア
Category:東京都の暴力団 :ウィキペディア
Category:大阪府の暴力団 :ウィキペディア

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)