Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

ささやか挑戦

2007-03-07 12:56:35 | diary
カルチニン&フォースリーン


野放図に体重が増加してきたので、宣伝につられて購入してみました。
思えばこの2年で10kgは太ってしまった。
以前はいくら食べても太らない痩せ型を誇っていたが、
突如として代謝構造が変わってしまったのだ。

P.K.ディックの小説で、鏡の中の自分を見て、あの精悍な青年はどこへ行ってしまったのか?とつぶやくシーンがあるが、
今、まさに、あの心境。

今や古のスリム体型までは望まずとも、最近買ったスーツやベルトが使えなくなるのだけは避けたいと思う私。


使用感ですけど、
朝飲んでみたら、午前中は体内がぽかぽか。
なんか効果ありそげ^^


あとはウツクスリとの飲み合わせがダメだったりするとまずいんだけどな。。


痩せたら報告します。



人気blogランキングへ
↑ぼちっとオネガイします。

↑お買い物はこちらで。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャン=リュック・ゴダール「映画史第3章」

2007-03-07 03:20:40 | cinema
ジャン=リュック・ゴダール 映画史 全8章 BOX

紀伊國屋書店

このアイテムの詳細を見る


1998フランス
監督・編集:ジャン=リュック・ゴダール


第3章(2A)「映画だけが」鑑賞。

前半は評論家セルジュ・ダネーとの対話が、映画からの映像や音声とコラージュされる。

会話は意外とまっとうなもので、評論家は、ヌーベルバーグの世代だけが映画を歴史的にとらえることが出来たのだと説く。キャリアをスタートさせたのが50年代(=20世紀の中間点)であること。批評からスタートしたことによって、何が何の前で、何が何の後であるのかを自覚できたこと。ブレッソンもトリュフォーもそれに気づいていたけれど、ゴダールだけが突出して歴史家的であったこと。映画史的観点を持つ作家はヌーベルバーグ以降ヴェンダース世代までであることなどなど。

それに対するゴダールの受け答えは、彼の映画そのもののようだ。言ってることはわかるけど、総体ではなんだか煙にまかれるという・・・

で、まえに、20世紀の発明=映画+ファシズム+コミュニズム みたいなことを書いたけど、ここではゴダールは映画は19世紀の産物である、というようなことを言っている。しまった^^;

もちろんゴダールは額面どおり映画の発明時期のことを言っているのではない。
ひとつは、映画の起源を「投影」の発明に見る。像をなにかに投影するという発想。この発想は、ナポレオン軍の兵士がロシアに虜囚されている牢獄の中で発明したという。牢獄の中のフランス人に映画の起源をみるというのはなかなか刺激的である。
あとは勝手な憶測だけれど、映画の隆盛に伴って、映画は19世紀的な精神、ドラマ・ストーリー・説話に奉仕するようになった。そういうことも言っているのではないかしら。ドストエフスキーが提供していた心理的スペクタクルを、20世紀は映画が担うようになったのだ。

ほかにもゴダールは、ヌーヴェルヴァーグ以降の若い観客は見るべき映画が急増して追い付かない、という指摘にたいして、「いや、むしろ見るべき者は減っている。10本程度じゃないか?映画は10本、指も10本だ。」なんてかましてくれる(笑)やるなあ。

**

後半はうってかわって、美しいコラージュの世界。
ジュリー・デルピーがボードレールを読む顔のアップを中心に、映画からの引用、絵画からの引用、実写映像のコラージュ。夢みるような映像世界だ。

「映画だけが」歴史たりうる唯一の芸術だ。という命題をなぜかゴダールは過激と優しさで彩っている。
丸く抜き取られた映像は船に乗り、船着き場までそっとみちびかれ、「つづく」とクレジットされる。なんだか幸せな終わり方。



人気blogランキングへ
↑ぼちっとオネガイします。


↑お買い物はこちらで
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世界の端っこ

2007-03-06 04:55:19 | ウツ記
ストレス起因の難聴で耳の聴こえが芳しくなく。
二重音声世界で暮らし、すでにそれに慣れつつあるのがおそろしい聴覚。

&朝食後の強力な睡魔と脱力感による、もはや恒例となった仕事への遅刻。
なんとか週1日だけで納まると勝利した気分になるが、そもそも週1で遅刻するような奴は雇っていたくないだろう。全然勝っていない。

難聴&睡魔の二重苦


昨日も2時間遅刻していったにもかかわらず、会議2本でもうヨレヨレに。
会議の後、準備しなければいけない資料のチェックをして次回に備えないと、と思うが、以前ならここでどばーっとアドレナリンが出てはりきったとこだが、昨日はまったくやる気と集中力がわき起こらず。
資料を綴じることすらできず。


夜の熟睡度が足らない・・というのがドクターの見解。
ちゃんと眠れる眠剤出しましょうとマイスリー5mgを処方されるが、
う~ん、眠剤、あまり効かない体質かも・・・・昨夜は2錠飲んだけれど結局5時間しか眠れず。

職場の産業医からは、1週間くらい休んでみるのも手ですと言われているが、以前の復職時も1週間くらい休む戦法でいった実績あり。
結果は、結局休暇がなくなって休職へ^^;
今回も同じ道をたどるであろうことは目に見えている。

とはいえ、このペースで遅刻していくと、まちがいなく休暇0となる日がそう遅くなくやってくる。

休暇なし
変調あり
体力なし
お金なし
休職やだ

う~~ん、人生弱ってきたぞぉ
どおする?どおするねん?


・・・ふとペットボトルの影に見える十字架だかクリオネだかに永遠をかいま見る夕方でありました。



金曜日は職場の健康相談日なので、よく相談しまふ。

***

さて、二重音声耳ですが、よく分析すると以下の特徴があります。

その1:音に対して、低い周波数での「影」がまとわりつく。
その2:そのため、高音域の音ではさほど影響がでないが、低音域では、
    「影」と現音が干渉して異様な音となる。
その3:なので、例えば音楽を聴くと、ボーカルやギターなんかは普通に
    聴こえるがベースやピアノの低音は異様な音程で聴こえる。
    ベースが音程をはずして弾いているようにきこえちゃうのだ。

これは長年ベーシストでいることにも関係するのかもしれないな。
もともと難聴ぎみで、自分が聴いていたウォークマンをそのままのボリュームで他人に聴かせると「え~こんな大きい音で聴いてるの??」と驚かれたりした。


などと楽しんでる場合でもないんだが・・・・



人気blogランキングへ
↑こんなんでよければぼちっとオネガイします。


↑お買い物はこちらで
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガルシア=マルケスだらけ

2007-03-05 17:43:31 | book
これから読むんですけど、新装版全集が刊行中ですね。
そろえたはいいけどいつ読めることやら・・・


初期作品群ですね。
落葉 他12篇

新潮社

このアイテムの詳細を見る




新訳の新装版ですな。
新訳の初版の装丁も大仰でよかったが、この装丁もこわい。
百年の孤独

新潮社

このアイテムの詳細を見る




百年の孤独に匹敵する分厚さ。
コレラの時代の愛

新潮社

このアイテムの詳細を見る




川端康成に構想を得た最近作は、90歳を迎える夜に若い処女と淫乱にすごしたいと願う人物の話。う~~ん 気持ちはわかるかも。
わが悲しき娼婦たちの思い出

新潮社

このアイテムの詳細を見る



今後も続々刊行予定のようですね。
新潮社HP
コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャン=リュック・ゴダール「映画史第2章ただひとつの歴史」

2007-03-04 18:54:02 | cinema
ジャン=リュック・ゴダール 映画史 全8章 BOX

紀伊國屋書店

このアイテムの詳細を見る


第2章(1B)鑑賞

第1章(1A)が入口と出口が無数にある開かれた迷路だとするなら、第2章は閉じた迷宮。
「ただひとつの歴史」とは独断と偏見にしか集約され得ない映画の個人史のことなのか。編集機のリールがまわる音と電動タイプライターの耳障りな音に縁取られて、他者の侵入を許さないかのような怒濤の引用とオーバーラップ。これはゴダールの不可侵の意識/無意識なのか。

というわけで、第1章にくらべるとだいぶ手強い印象である。途中長く引用されるパゾリーニの「奇跡の丘」のイエスの垂訓を聞いて(読んで)いるうちに、これは受難の追体験なんじゃないかというような気分になる。受難とは20世紀のことであり、映画のことである。そんな気分を味わいたくて映画を見る人がどれだけいるのかはわからないが、映画は宿命的に現代的なのだ。

**

なんつってゴダール風に煙にまいて見るわけですが、基本的には1章と同じような作りなんだけど、印象が極私的な感じで、映画史てしてみるととっつきにくい気がしましたね。わざとやっているんだろうあの耳障りなノイズも、とっつきにくさを100倍くらいに増幅していて。まるで拒絶の中にうかぶエンゲルハンス島(意味不明)

さて3章(2A)はいかに?



人気blogランキングへ
↑ぼちっとオネガイします。


↑お買い物はこちらで
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャン=リュック・ゴダール「映画史第1章すべての歴史」

2007-03-02 12:58:17 | cinema
ジャン=リュック・ゴダール 映画史 全8章 BOX

紀伊國屋書店

このアイテムの詳細を見る


ゴダールによる、無数の映画やテキストの引用からなる「映画史」。
8章のうち、1章を再見。

ビデオ編集技術を駆使してめまぐるしく入れ替わりオーバーラップする映像と音、文字とナレーションの嵐は、さらにわたしたちの場合二箇所に出現する字幕も相俟ってもうえらいこと。

さあ、どう楽しもう。

**

もともと映画が引用と編集によって成り立つという仕組みを十二分に逆手に(いや順手に?)とって、引用と編集のなかにこそ映画史を現出させようというこころみなのだと思う。

それは引用者および編集者の独断と偏見を強く反映するとともに、その反映をあたかも自然の摂理であるかのように隠蔽しようともする。
そうした映画自身の作用の魔法をすら現してやろうというゴダールの熱意(反旗?)を感じるこの作品は、当然のごとく難解でかつ退屈である。(笑)

**

わかりやすく退屈でない映画が映画の表の意識(氷山の一角)だとすると「映画史」はなんちゅうか、映画のエゴだのイドだのスーパーエゴだののマップ(氷山の海面下)という感じでしょうか。
映画を、それがはらむ記憶や物語や意図や無意識やそういうものを可視化(可視聴化)しようというスーパーホログラフなのだと思って、五感で(いや二感で)ひたりきることこそがこの「映画」の体験なのだ。
と思うとなんだかSFちっく。

また、「存在した映画史だけでなくあったかもしれない歴史、複数の歴史についての記述の試み」ということは、オルターエゴまでを含むマップなのだ、なにやら量子力学的決定論、もしくはパラレルワールドの歴史に肉薄しようという、これもまたSF的試みと考えることができるかもしれない。

映画史=SF

他の作品にも見られるゴダールの編集の叙情性はこうしたSF的志向の結果なのかもしれないな。

**

そのホログラムにはナチズムの台頭とジェノサイドが織り込まれている。これは映画史という文脈で何を意味するのか?いや、文脈での意味を探ることはこの際空しいことなのかもしれない。全体主義と映画はともに20世紀の発明であり事件なのだ。避けては通れないというゴダールの直感なのだ。

コミュニズムもそうだ。レーニン。マオイズム。5月革命(これはちょっと違う?)20世紀の事件。

映画史=20世紀の事件=映画+ジェノサイド+コミュニズム
この認識(偏見・オブセッション)

(言及されていない事件はどうなんだろ。
相対性理論、量子力学、宇宙開発、遺伝子工学、生命工学
20世紀の発明)

**

いすとわーる(歴史=物語)というのもなんだか皮肉っぽくてよいなあ。映画の表層たる物語(説話)の要素を極限まで拒否した(いや、平準化したというべきか)編集によってこそ物語(歴史)が現れるのだという確信(直感?)


あとは刺激的な言葉たち。

「映画は世界を置き換える。その欲望のとおりに。」
「映画=銃と女(gun/girl)」
などなど。

1B以降も楽しみだ。


***

第1章の1Aと1Bは以前wowwowで放送したが、そのときのバージョンとDVD版はかなり違っているようだ。
これまた「もうひとつの映画史」?

DVD版は3000ページに及ぶ引用の解説を参照でき、労作。
この解説を読むだけでかなり楽しめる。
値段のことはあるな。




人気blogランキングへ
↑ぼちっとオネガイします。

↑お買い物はこちらで。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

39プレゼント応募

2007-03-02 03:28:03 | diary
ios kissがいいなあ。
持ってるけど。
あとはいらないです。

あ、いや、くれるものは何でも喜んでいただきます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

??

2007-03-01 12:52:14 | diary
昨日のこのブログ。
史上最高1700ページビューを記録。

しかしそのアクセス、午前4時代に集中しており、その時間帯のユニークビジター数は2。
かつ、アクセスが集中した特定のページはない。

このブログの記事総数は760件だから、その二人ですべてのページを満遍なく1回以上1時間以内に集中して見た、ということ?

そんな・・ありえない~・・^^;

可能性としては
1 gooの集計機能に障害が発生していた。
2 Dos攻撃。(gooへの?)

んなもんかしら。

気になるのは、adminとかblogpresentとかいうURL(=存在しないページ)でのアクセスが10件以上あること。

う~んよくわからん。
ブログを乗っ取ってなんかしようってことかなあ


どうなの?


人気blogランキングへ
↑ぼちっとオネガイします。

↑お買い物はこちらで。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする