Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「クラッシュ」デヴィッド・クローネンバーグ

2013-07-23 02:29:33 | cinema
クラッシュ [DVD]
クリエーター情報なし
ポニーキャニオン


クラッシュCRASH
1996カナダ
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
製作:デヴィッド・クローネンバーグ
原作:J・G・バラード
脚本:デヴィッド・クローネンバーグ
撮影:ピーター・サシツキー
音楽:ハワード・ショア
出演:ジェームズ・スペイダー、ホリー・ハンター、イライアス・コティーズ、デボラ・アンガー 他


これまたバラードの原作を読んでいないので残念なのですが、
主題的にはとてもクローネンバーグ的な倒錯。

車と女(失礼)は古来よりセットで男の欲望の向かう先として語られちゃうのであって、
こういう俗な言い回しはときに人間の深層をズバリ言い表しちゃうものなんだなあと思ったり。

なぜ車とセックスは結びつくのか。
その何故?を決して追求したりはしないのがこの映画である。
執拗に車の、それもクラッシュするかしないかの「クラッシュ周辺」のところを見せて
それと深く結びついてしまった男女の興奮と頽廃の姿を見せる。
ひたすら結びついている映画なのだ。

だから色濃く死の影が染み付いている。
実際冒頭から死体がフロントガラスを突き破って飛んでくるし
(いや、飛んできてから死体となったのか)
だいたいそういうフェティッシュな性にはタナトスの影が濃いのだし
本当に結びついちゃっているヤツはスタントまがいのカークラッシュショウで
命を落とす寸前の激突に恍惚となったりする。
(やるほうも観る方も恍惚)

あるいは廃車になった車に乗り込んで恍惚となったり
あるいはスクラップ寸前の事故車を動かして走ってみたり
あるいは交通事故の現場に魅入られて写真を撮ってみたり現場を歩いてみたり
あるいはハイウェイでカーチェイスのまねごとをしてみたり
あるいは。。。

というふうに、車とエロス(とタナトス)の見本集のような映画なのだった。
「見せること」だけにより核心に近づくという映画の基本スペックを用いた人間/世界像の暴露ということで、
ある意味とても映画的な映画であるかもしれない。
それゆえそこには映画自体の持つ「見ること」の迫真性のようなものをも感じさせて、
この映画の寒々しさはそのことによっても成立しているのかもしれない。
見るもの=観客を巻き込んで。

****

ギターがカッコイイ音楽はすごくいいのだが
あれもハワード・ショアなのだろうか
ああいう音楽は作曲家というよりギタリストの腕次第という気もするね


@自宅DVD
コメント (2)
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