Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「ルポ 貧困大国アメリカ」堤 未果

2010-05-19 23:32:48 | book
ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)
堤 未果
岩波書店

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ルポ 貧困大国アメリカ II (岩波新書)
堤 未果
岩波書店

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先日ランキングのぽちっとするのやってみてください~と
ここで呼びかけましたが、
皆様にやっていただいたせいかどうか、
800番台だったwのが一気に100番台にあがりました。
気にするわけでもありませんが、ちょっと気分が楽になりました(笑)
て、気にしてるんじゃんねww

*****

と能天気な書き出しが実に似合わない今回の本。

「貧困大国アメリカ」堤 未果

このところこの本の重さにずっしりとやられぎみなのだけれど、飲み込まれず大きな視野でとらえるように努力した方がいいんだろうな。と、とりあえず自分を律する。

*****

ひとことで言ってしまうならば、アメリカで特に80年代以降に推し進められた新自由主義政策の結果社会に広がった歪みについて書かれた本である。

何度かの不況やテロ対策、イラク戦争を背景に、政府は軍事予算などを増大させ社会福祉費の削減を進めてきた。
経費削減の手法は、大幅な規制緩和と市場原理の導入。かつて政府が担っていた業務がどんどん民間に委託もしくは民営化され、市場原理による運営がなされる。

その結果どういうことが起こったか。

著者の見方は大きく言ってこんなことだろう。
○民間会社の目的は消費者サービスではなく株主を喜ばすことである。
○民間会社は収益を上げ配当を増やすため業務のサービスの質を下げと人件費を削減する。
○消費者は高負担低サービスの経済システムに取り込まれ困窮し、中間層は崩壊し貧困化し、貧困層はますます追い込まれる。

これは論旨を抽象的に整理してみただけなので、観念的に聴こえるかもしれない。が、実際はこれらについての具体的な事例に取材した例示がたくさんこの本にはあり、特に従来は公的サービスによって担保されると考えられていた領域の民営化による弊害に絞って取り上げられているようである。

***

例えば教育。
大学の民営化による学費高騰と設備・内容レベルの低下、高校に導入された成果主義と競争主義による教員の疲弊などの、直接的なことも十分に深刻だが、それ以上に学費公費負担の削減と学費ローンの民営化が恐ろしいらしい。

貯蓄率の低いアメリカでは現在高等教育を受けるためにほとんどの学生が学資ローンを組むが、その利率はかなりの高率で、在学中・卒業後に昼夜の別なく働いても返済できなくなるケースがあると。しかも返済が滞ると違約金が加算されさらに返済額が大きくなる。たとえ卒業でき学位を取得しても満足な職に就ける可能性はほとんどない状況のなかでは、返済額は膨れる一方、収入はまったく追いつかない。

この仕組みはさらに、ローン会社の独占化(巧妙に複雑な下請け関係を築き一見何社かあるように見えるが・・・)、破産宣告しても学資ローンだけは免責にならない、あるいは他の低金利ローンへの借り換えができないという法制度(!)などにより下支えされ、一度はまったら死ぬまで抜け出せず深刻化する構造になっている。(というか、死後もローンは残るのだとか!)

学生の多くは、本来自身や国家のよき未来への投資であるはずの教育により、一生ローン返済のために働き、それでも返済しきれずに生活水準を落とし、ブラックリストに載りクレジットカードも作れない貧困層に落ちてゆく運命に足を突っ込むのである。

これを自己責任の名の下に個人の責任にしてしまうのもまた、自由主義的社会の思考回路を利用した罠であるだろう。本当なら当事者を取り巻いた社会経済制度に問題はないのか、構造的な問題であるかどうかを見極めてから、それでも自分の責任なのよってことなら言ってもいいのかもしれないが。体のよい搾取隠し、それなら程度のいいほうで、どこかの国では単なるルサンチマンを発散するためのバッシングの道具にしかなっていない。

閑話休題

この学資ローン問題の悲しいところは、学生の親の世代がそれを理解していないことである。親の世代は公的負担により現在と比較にならないほど少ない自己負担学費で大学を卒業し、高収入の職を得た自由主義者であるから、子供のふがいない状況も自助努力の不足と考えてしまう。高等教育を受けるのは当然で、そうすればよき未来が待っているという家庭のなかで、若者は高額のローンでも躊躇なくサインする。そうした中産階級がまさにターゲットとなっているのだ。そして中産階級のステイタスは実は親の代で終わり。The End. その子供は二極化する社会の「下の方」へとどんどん吸い込まれていく。

さらに背筋が寒くなるのは、この状況を軍がリクルートに巧妙に利用しているということ。9.11を契機に公的機関や民間会社の保有する個人情報を国家が集めることが合法化されている(無制限ではないにしろ)ことを背景に、軍はローン返済に困っている学生の情報を得て、ピンポイントでリクルータを送り込むという。いきなり本人のケータイに電話が来るんだと!
で、こうささやく。入隊すれば残った学費を軍が肩代わりするぞ。職がない一方返済額が膨れ上がっていく状況にある学生にはもはや選択の余地はない。
そのうえさらに、リクルータの提示条件もいざ入隊すると実は虚偽だったりすることもある。学費肩代わりにも実は上減額があり結局ローンはなくならない、とか、実は肩代わりは前納金の納入が条件だったり(そんな金はないので結局返済はできない)、イラク戦争は終結していて危険な地域への派遣はないという話だったのが、さっさと前線に送られたり・・

アメリカ合衆国は徴兵制を廃止しているが、もはや徴兵制は必要ではない。経済的徴兵制により若者はちょっと働きかければ自発的に悪条件で軍に入隊するのである。

**********

という息苦しい話が、ほかにも医療、年金、災害対策、軍隊!などの分野にわたってこれでもかと書かれているのがこの本。

「「小さい政府」「民間活力の導入」「競争原理」で、国民の負担する経費は削減され、サービスは向上する」、というのが新自由主義的改革のうたい文句である。口当たりのいい、一見理にかなったことのように思ってしまうのだが、ものごとには何事も暗い面がある。実際にはその理想とはかけ離れた事態が出来しているわけだ。

日本においても実際小泉改革路線で一旦はその方向に歩み出し、すぐに製造業派遣の問題などが明らかになったわけだけど、こういう制度の改正・導入にはよほど注意してかからなければいけないのだなと、あらためて認識するイチ有権者なのであった。

思えば過去、アメリカの圧力での一連の規制緩和などには、こういうブラックな市場原理主義の世界的拡大という側面があったのだなあ・・と、のんびり回顧している場合ではない。

日本では改革したとたんにリーマンショックとかで景気が悪くなり、制度のマズイ点が一気に議論になったわけだが、冷たく眺めてしまえばこれはまだ傷の浅いうちに立ち止まる機会を与えられたのだともいえるだろう。

自民党政権の末期wには「安心社会実現会議」てのが設けられ、新自由主義的路線を反省し、活力はあるけれどセイフティネットのしっかりした社会を目指すという提言がなされたのは、きっと誰も記憶に新しくないだろうけれど(苦笑)、その地味な反省については、今後の政権もぜひ振り返って受け継いでもらわないと困るかも。
(会議の意見集約素案では「社会的公正と自由市場経済を統合した日本型の自由市場経済」を目指す」とある、と手元のメモにはあるな)

**********

ググってたら、この本に「異議あり」と言っているページがあったので、無断リンクしてみる。http://newsweekjapan.jp/reizei/2009/06/post-15.php

読んでみると「異議」の主旨は、
○アメリカの制度にもいいところがあるのにそれに触れていないのはもったいない
○貧困を問題だといいながら、当事者への愛情や連帯の気持ちが伝わってこない
てことのようである。
○アメリカのリベラルと日本の左翼との相性の悪さを解き明かすヒントが得られない。

まあ、わからんでもないが、異議を唱えるならもっと核心の部分でやってもらいたいという気もする。ここがこのように事実と反する、とかさ。

制度が構造的に暗部を拡大生産しているのだという指摘に対して、いや、こんないい面もある、と言って見たところで、その構造悪が帳消しになるわけでは全然ない。

当事者に愛情を注いで連帯の発想を持ってもいいのだけれど、それがないからと言って社会経済構造の分析結果の価値がなくなるわけではない。そういう冷たい観察者の言葉にだって学ぶべきことはいくらでもあるはずだ。

相性が悪い云々については、もはやこの本の責任ではないしな。

内容的なことについての批判や反論はないので、いったいなんのための「異議」なのか理解に苦しむなあ。(というか、新自由主義の手先なの?とか思ってしまうが・・)


確かに本書では、資本家と投資家の富裕層が(黒幕的に)悪意ある存在であると断じすぎていたり、結論先にありき的に論を急いでいる感じもないことはないが、少なくとも挙げられている事例や分析は一面の事実であることは確かだろう?

だとすれば、この本の価値はまったく下がることはないし、多くの人が読んで、今後の自国の行く末を考える材料とすることは大いに「異議」ならぬ「意義」があることなのだ。

****

この本を読むべき!と発信し続けていたお友達もりくみさんに感謝。




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「オーケストラ!」ラデュ・ミヘイレアニュ

2010-05-19 00:04:12 | cinema
オーケストラ!LE CONCERT
2009フランス
監督:ラデュ・ミヘイレアニュ
原案:エクトル・カベロ・レイエス、ティエリー・デグランディ
脚本:ラデュ・ミヘイレアニュ、アラン=ミシェル・ブラン、マシュー・ロビンス
出演:アレクセイ・グシュコフ、メラニー・ロラン、フランソワ・ベルレアン、ミュウ=ミュウ、ドミトリー・ナザロフ

監督はルーマニアの生まれ。80年にチャウシェスク圧政から逃れフランスに移住。マルコ・フェレーリの助監督などを経て長編を撮るように。日本では『約束の旅路』(2005・同年セザール賞で脚本賞)が知られる。
てことです。
ワタシはお初にお目にかかります。

前作『約束~』もそうだったようだが、本作『オーケストラ!』でもユダヤ人に関わる問題が題材となっている。

ワタシは知らなかったのだが、ソ連時代、ブレジネフ政権下でユダヤ人排斥が行われたそうで、この映画はその渦中にあったユダヤ人音楽家たちの、その29年後の出来事である。
「ホロコースト後」に、あるいはスターリン批判後に、なおユダヤ人の公職追放などが行われたというのもちょっとしたショックであるが、考えてみればわかるように、特にヨーロッパ~中東世界でのそのへんの話は一筋縄で理解できないし、今に始まった話でもなければいつ終わるというモノでもないだろう。

そういう重たい題材を背景にしつつも、この作品はコミカルで人情味にあふれた軽さを持っている。何につけても深くはっきり掘り下げられることはなく、ほのめかされる程度に描かれるこの映画では、苦しい困難や運命をどっしり提示しないかわりに、悲痛な願いをこめた未来への希望もまた描かれない。こんなんでいいのかな?とふと思わなくもないのだが、時代をそうやって軽くとらえておくというノリもある面では必要なことで、そういう観点でとりあえず認めておくとしよう。

そういう意味で、一番不満を集めそうな点=結局最後にどうなったのかがはっきり描かれない、というところも、逆にワタシには面白く思えたな。音楽家たちが地位を回復したとか、若い世代は希望を持っているとか、そういう「結末」を回避したところに、「事を軽く見る」スタンスを選択した者なりの誠実な一貫性を感じるからだ。「結末」を提示できるほどに大胆不敵な者など本当はそうそういるはずはないのだし、1958年に生まれたルーマニア人の監督にそれが可能だとは決して思ってはいけない。(「結末」が許される映画作家なんて、今はざっと見回した中ではワイダくらいしか思いつかん。)

さて、ということで、結末はいろいろ想像しなきゃいけない。聡明なアンヌ=マリーはおそらくギレーヌの置手紙の段階である程度のことが理解できたのだろう。チャイコフスキーを完奏したことはアンドレイの物語の結末でもあり、アンヌ=マリーの物語のひとつの終わりでもある。どうやら世界を演奏旅行したらしい?彼らの未来はしかしまったく明るくない。よくてもとの鞘に、清掃員に闇市に救急車運転手にポルノビデオの音入れ係に戻るだけ。ギレーヌはアンヌ=マリーのもとに戻りあらためて真実を語り涙のうちにアンヌ=マリーと抱擁するだろう。キャビアは売れず韓国産SIMフリー携帯が飛ぶように売れるロシアの経済は?なお共産党復権に賭けるイヴァン(だったかな?)の忠誠心は?そして、世界のユダヤ人たちは・・・

*********

チャイコフスキーの演奏はクレジットによるとブダペストのオケのもののようだけど、なかなかにダイナミック。あの音がなければ感動はもうちょっと薄いものになっただろう。

これはルーマニア出身監督によるロシア人の物語を描いたフランス映画である。このところのフランスの映画への貢献はこのような越境的なものであるのはなんだかうれしいと思う。CANAL+などの資本の懐の広さなのか。クストリッツァなどのヨーロッパ勢や、トラン・アン・ユンやツァイ・ミンリャンなどのアジア勢まで。

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twitter上の仮想行政区粒谷区に属するオケ「粒谷区立管弦楽団サジタリウス」のメンバーでやった「オーケストラ!」鑑賞オフに参加して観たのでした。
しかしその日、不覚にも、というかいつものように前半眠りこけてしまったので^^;その翌週、一人で再鑑賞したのでした。銀座シネスイッチは外まで行列ができる盛況ぶりでした。


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