Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「グロテスク」桐野夏生

2008-02-02 18:23:20 | book
グロテスク〈上〉 (文春文庫)
桐野 夏生
文藝春秋

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グロテスク〈下〉 (文春文庫)
桐野 夏生
文藝春秋

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「グロテスク」~凡庸な価値観から育つ怪物

本を持って出るのを忘れてお出かけしてしまった週末、スタバで読む本を途中で買うベエと思い、20分くらい悩んだ末買った文庫版。

読んでみると、読者の生にひそむグロテスクを根こそぎかき出してでろでろと陳列するような、鮮烈ではないけれどじっとりボディブローを効かせるような小説だった。
実際の出来事に取材しつつ、読む者が傍観者でいられない地平へと引きずり込むフィクションとなっているあたりは、まさに小説という名にふさわしい力をもっているだろう。

「わたし」、その妹ユリコ、級友佐藤和恵、ミチルの4人の女性と、木島(父)、木島タカシ、チャン、百合雄の4人の男性。彼ら彼女らの半生を、それぞれ互いに関わりつつも驚くほど違う観点から描き分ける。しかも著者はその観点のどれにも組しない。冷ややかに突き放す。その構成がまた全体の負のエネルギーを増幅させる。ぐるぐるに渦巻く負の力場。

そもそも正も負も、善も悪も、ほんとうに対立するものなのだろうか。堕落の果てが孤高の高みであることがあるように、至高も堕落も表裏一体、どちらにころんでもおかしくない混沌として人の生のなかに、人の世のなかにどっしりと巣食うのではないだろうか。
そんな風に思わせて誰もが人事ではいられない居心地の悪さを誘う。生の明かりも暗闇も等しく汲み上げて価値判断の虚しさを提示する。恐ろしい冷徹。

***

登場人物の誰もが、自分なりの生きる論理を持っているのに、なにものかにさいなまれいびつである。

「わたし」の独白を中心に物語は進むが、「わたし」は語り部ではない。怪物的な美貌を持つ妹との絶対的な差異に一生をさいなまれ、極度に世間や男社会と決然と距離を保つゆがんだ者の一人だ。

その美貌が引き起こす強力な引力の渦のなかで、男に抱かれることに自身の存在の根拠を置くようになったユリコも、40代になって人並み以上に容姿の衰えが進むことで存在の空虚を生きることになる。

しかしもっとも印象深いのが佐藤和恵だろう。中流家庭に生まれ、「ミスター世間」と呼ばれる父親の価値観を信じ、努力が人を向上させると信じ、実際努力して有名高校に進学し、やや自己を客観視する能力に欠け、それでも努力を積み重ねればいつかはその溝を埋められると信じる少女時代。すなわちどこにでもいる凡庸な存在。その少女がその資質そのままに長じて有名企業の社員となるが、その資質を突き詰めて自らの置き場を定めていった結果が、社内ではトイレで弁当を食べる変人となること、そして外では娼婦として街に立つこと、そうした自分を孤高の存在と考えること、すなわち怪物となることだったとは。

凡庸な価値観を突き詰めることで異形の怪物となる。それがこの小説の恐ろしいところではないだろうか。
彼女たちそれぞれのグロテスクが、少女時代に自らの内外にまかれた種とそこに与えられた水によって濃密なジャングルのように育っていく様は空恐ろしい。そしてその出自と環境は、日本のこの時代を生きるものならば程度の差はあれ共有している時空であろうことがまた恐ろしい。

特にいま中年にさしかかっているワタシのような(いや、わたしは中年まっただなかか?)年代の読者は、まさにここで提示される「世間」の価値観を素朴に信仰してきた者ではないのか?佐藤和恵たちのような怪物になっていく資質が自分にもあることに目をつぶることができるだろうか。(特に女性の読者)

****

特に女性、と書いたが、同じくこの世代の男性についても凡庸な価値観~怪物化の物語が書けるように思う。この本でも、不法滞在中国人であるチャンの想像を絶する苦労の軌跡や、世間と隔絶した感覚のある学園の教師であった木島の空を掻くような思索で、男性の空疎にも触れるが、彼らが怪物化するところまでは筆は及びきらない。
「グロテスク男性版」は例えばミチルの存在が示唆するように、某悪名高い教団の教祖のような存在が主人公となったりするのだろうか。それも「普通」の価値観を突き詰めて生きた結果の存在として描かれるだろうか。。




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